王子様
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〈ねえ〜〜健人くん!このネイル可愛くない?!〉
『うん、可愛い。△△さんのもともとの可愛さをさらに引き立たせてるね』
〈健人くん、わたし彼氏に振られちゃった〜〜〉
『信じられない。こんな魅力的な女の子を振る男の顔が見てみたいよ』
昼休みの教室は、いつもその一角が盛り上がっている。
「……今日もかっとばしてんねー王子」
一群から少し離れた席で昼食後のおやつを食べながら、友だちののんちゃんがぼそりと呟いた。
そーねぇ、ともぐもぐクッキーを食べながら相槌を打つ。
「てか、ぶっちゃけ王子が彼氏ってどんななの?女の子たちにあんな甘い言葉かけてて嫉妬しないの?」
「んーでもそれが中島健人だからねぇ」
「あんたすごいね、わたしだったら耐えられる自信ないわ…」
と、のんちゃんは呆れたような目でわたしを見た。
『〇〇〜〜!かえろ!』
健人が部活のない日は一緒に帰るのが付き合ってからの習慣だ。
『あ、〇〇、前髪切った?』
「昨日切った。でもちょっと切り過ぎちゃったんだよね」
『短いのもすごくいいね!印象変わってまた新しい〇〇の可愛さ発見できた』
「はは、ありがとー」
視線を感じ横を見ると、健人がわたしを見つめなぜかにこにこと笑っていた。
「え、なに」
『〇〇のそういうとこ大好きだなって改めて思ってたとこ!他の女の子たちと反応がちょっとちがっていつも新鮮』
そう言って、きゅっと手を繋いでくる。
健人はレディファーストを幼い頃から叩き込まれたらしく、女性を前にすると無意識に紳士に振る舞うようにできているらしい。
噂では聞いていたものの、初めて彼の言葉遣いを聞いたときは「こんな人、この日本に本当に存在するんだ…」と驚いた。
それと同時に、彼が「王子」と呼ばれる所以がわかった気がし、ドキドキというよりむしろ尊敬の念を抱いた。
だから、彼が女の子たちに親切にしていたり、少女マンガみたいな言葉をかけていたりするのも、尊敬はしても、そこに嫉妬することなんてなかった。
………なかったはずなのに。
「健人せんぱ〜〜い!」
この甘ったるい声。
最近よく教室に来る、健人のサッカー部のマネージャー。
「も〜〜健人せんぱい、昨日タオル部室に忘れてったでしょ?洗ってきました!」
『わ、忘れてた!ありがとう!さすがマネージャー』
遠くからのわたしの視線に気づいたのだろうか。マネージャーがこちらをチラッと見てくすりと笑った。
「…めーちゃくちゃナメられてますがな、お姉さん」
「…のんちゃん、顔怖い」
「あの女、完全に王子狙いだよ!ぶちのめしてやろうとか思わないの?!」
「んー…」
正直もやっとしてしまう、から困ってる。こんなこと初めてで。
今まで健人がどんなに女の子に優しくしてもこんな気持ちにならなかったのに。
だけど、きっと健人はいつもと同じように女の子に接してるだけなんだろう。
そんな健人を尊敬してるから、わたしは健人と付き合ってるのに。
そして、わたしのそういうところをたぶん彼は好いてくれてるのに。
だから、こんな気持ちは、健人には絶対に知られたくない。
曖昧に笑うわたしに、のんちゃんは「もう!」と怒ったように呟いた。
放課後、補講の前になにかおやつを買おう、と思いコンビニへ向かうと、
『あ、〇〇だ!どしたの』
と、にこにこ笑いながら健人が向かい側から駆け寄ってきた。
「んーコンビニ」
『オレもさっき行ってきた!見て、パピコ!』
ほら!と勢いよく取り出して見せてくるのが子どもみたいで、笑ってしまう。
王子って言われてても、こういうとこあるんだよなあ。
きっと尻尾があったらブンブンちぎれるくらい振ってるんだろう。
そう思うと、家で飼ってる犬と健人が重なって見えてきて、ツボにハマり、ますます1人で笑ってしまう。
『え、なんでそんな笑ってるの』
と覗き込んでくる健人に、なんでもないよと顔を上げようとしたとき、
「あ、健人せんぱいだ〜〜!」
と甘い声が聞こえ、楽しい気持ちがスッとひいていく。
「も〜〜探しましたよ!部長に呼ばれてたんじゃないんですか?」
さりげなく、健人の袖を持ち上目遣いで話す彼女。
あーやばい呼び出されてたの完全に忘れてた、と頭を抱える健人に、もう!優秀なマネージャーに感謝してください!と笑う彼女。
疎外感に、思わず俯く。
「あ!それパピコですか?!いーなあ、食べたいな〜わざわざせんぱい呼びに来たお駄賃ほしいな〜」
半分こしてくださいよ〜とせがむ彼女に今までにないほどの嫌悪感を感じた。
え、まって。やだ、やめて。
そんなわたしの思いは、言葉にならず。
『はいはい、ありがとうね。半分どうぞ』
そのときわたしはものすごく醜い顔をしていただろう。
単にアイスを半分こしただけ。
それなのに、目の前でキスをされるより嫌だった。
わーありがとうございます!と嬉しそうにはしゃぐマネージャーに、しょうがないなあと笑う健人を見ていられず、それなのにそこから一歩も動けず。
「じゃー健人せんぱい早く来てくださいね!」
彼女さんも失礼しまーす、と笑った顔が勝ち誇っているように見えたのは、わたしのこのどす黒い気持ちのせいなんだろう。
『わー、すっかり忘れてた!じゃ、オレ行かなきゃ。帰ってからまた連絡するね』
いつものようにきゅっと握ってこようとする手を
「いや!!!!!」
と、気づいたら払いのけ、逃げるようにその場を去っていた。
「あーーーついにやってしまった」
昨日、帰ってからもあの光景を反芻するたび気持ちの整理がつかなくて、健人からのラインも電話も全部無視してしまった。
眠れない夜が明けて、学校に来てみると健人はどうやら熱で休んだようだった。
これは完全にわたしが悪いよなあ、とますます後悔が募る。
放課後になり、スポーツドリンクやゼリーを買い込み健人の家に向かう。
健人が一人暮らしをしているマンションの前まで来たはいいものの、今まで喧嘩らしい喧嘩なんてしたことがなかったから、顔を合わせるのが気まずくてロビーでウロウロしていると、
「あれ、彼女さんだ〜〜〜〜」
と昨日の夜、何度も頭の中を巡った声が聞こえた。
「え、なんで…」
「お見舞いですか?わたしは部活のスケジュール渡しに来たんです〜〜」
甘ったるく高いその声がやけに耳に障る。
「えと、じゃそのスケジュール、わたしが健人に渡しとく、よ」
なけなしの彼女のプライドで、声を絞り出すと、
「……ここはあなたが遠慮してくださいよ」
今までのハイテンションな声と全く違う低い声が聞こえ、え?と思わず聞き返す。
彼女は健人の前とは全然違う表情だった。
「この際だから言いますけど、正直、なんであなたと健人先輩が付き合ってるか超疑問です。健人先輩、優しいし、あなただけを特別好きってわけじゃないんじゃないですか?!それにあなたも健人先輩に可愛いとか言われたって全然スルーしてるし!そんなんだったらわたしにくれたっていいじゃないですか!あなたなんかよりわたしの方が全然健人先輩のこと好きですし必要としてます!」
………ああ、この子本当に健人のこと好きなんだな。
こんな状況なのに、初めて彼女の生々しい感情を目の当たりにして、今までのどの彼女よりも好きだなと思った。
それでも。
「…ごめんね、健人だけは誰にもあげられない」
「…っ!そんなのわかんないじゃないですか!!」
『わかるよ』
突然聞こえたその声に、彼女もわたしも同じ方を振り返った。
いつもの犬みたいな表情とも王子様とも違う顔をした健人がそこにいた。
ふらっと現れた健人は、つかつかとこちらに歩み寄ってわたしの肩を抱きよせた。
いつもよりも少し高いその手の熱に、心臓が高鳴る。
健人がマネージャーの方に向き直る。
『ごめんね、この子が俺じゃなくてもよかったとしても、俺がこの子じゃなきゃだめなんだ。だから本当に申し訳ないけど、君とは付き合えない』
ごめんね、ともう一度繰り返した健人に、彼女はぎゅっと唇を噛みながら走り去った。
マネージャーがいなくなった途端に、力が抜けたように、ふらふらと健人がそのまま肩にのしかかってくる。
「え?!やっぱすごい熱じゃん!」
なんとか健人を肩で支え、部屋まで連れて行く。
「もーとにかく寝て!なんか今作るから」
健人をベッドに寝かせ、台所に行こうとしたらベッドから伸びた腕にグイッと引っ張られ、引き止められた。
熱っぽい潤んだ目で、健人がこっちを見上げている。
『……昨日の、ほんとにごめんね。普段女の子と話してても普通にしてる〇〇が、まさか嫉妬してくれるなんて、思いもしなかったから』
「健人は全然悪くないよ。わたしも自分がこんな人間だと思わなかった」
もう怒ってない?と掠れた声で聞く健人に、怒ってないから早く寝て、と返すと、よかったぁ、と彼は安心したようにふにゃっと笑った。
『オレ、ほんとに〇〇に拒否られんのダメ…ショックすぎて熱まで出すし、細胞レベルで〇〇のこと好きだって実感した……』
だからさ、と呟きぎゅっとわたしの腕をつかむ力を強くなる。
『絶対オレのこと捨てないで。手振り払われただけでこんなんなるんだから、別れるなんて言われたらほんとに心臓発作起こして死ぬかもしんない』
「…誰にもあげないってさっき言ったじゃん。それに、こんな重い男と付き合えるのわたしくらいでしょ」
ドヤ顔で言うわたしを見て、健人がたしかに、なんて真面目な顔で言うからおかしくて、2人して笑った。
『あー風邪じゃなかったらいっぱい抱きしめてキスしてるのに』
そうぼやく健人に思わず愛しさが溢れ、その首元に唇を寄せきゅうっと吸いつく。彼の肌は、少し汗の味がした。
「…風邪治るまでの所有印、つけといた」
ぺろっと唇を舐めたわたしを、もともと大きな目をさらにまんまるく見開き、真っ赤な顔で見つめ、オレの彼女かっこよすぎ、と王子様は手で顔を覆ってしまった。