ハロウィンの憂鬱
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ガチャン、と扉が閉まる音が階下から聞こえ、彼の帰宅を知る。
階段を上る足音がすれば、程なくして、部屋のドアが開けられた。
『またいる……幼なじみだからって勝手に部屋入るのやめてって言ってんじゃん』
「ちゃんと毎回おばさんに許可とってるし、なんなら幼なじみの前に彼女ですし、可愛い彼女が放課後部屋で待ってるってむしろご褒美でしょ」
漫画を読みながらそう返したわたしに、勝利はため息をつき、もう諦めてるからいいけど、とカバンを下ろした。
「今日帰り遅かったじゃん」
『うん、ハロウィンだったから』
「ハロウィン?勝利ハロウィンするタイプじゃなくない?」
『うん、だからまわりが』
「まわり?」
『そう』
着替えるからあっち向いてて、と制服のネクタイを緩めながら彼が言う。
『去年のハロウィン、覚えてる?』
「ああ…女の子たちにトリックオアトリートって言われて、勝利どうしていいかわかんなくてすごいへこへこしてたアレ?」
『言い方に若干の悪意を感じるけど、まぁ、それ』
こっち向いていいよ、と言われて振り向けば、いつもの黒スウェットをきた勝利がベッドに腰掛けている。
『だから今年は去年の二の舞にならないように、大量のお菓子を持ってったんだよ。トリックオアトリートって言われたらお菓子渡せばいいように。そしたら噂を聞きつけた女子たちが列作っちゃって。最後の方はお菓子の配給みたいになって大変だった』
「……相変わらずモテてんねぇ。勝利ってそんなかっこいい顔かな、昔から見てるからわかんないけど」
『仮にも彼氏に対する発言とは思えないけど、まあ、そうだよね』
たくさん持ってったのにこれだけしか余らなかった、と勝利が2つ飴を取り出し、1つをわたしに渡して、もう1つを自分の口に放り込んだ。
ありがと、と言いながら渡された飴を口に入れ、ガリガリと噛みくだく。
『ねえ、歯がかわいそうだからやめなよそのクセ』
勝利が眉間にシワをよせて、まるで自分が痛みを感じてるような顔をする。
────ああ、ほんとうに可愛い。
その顔がみたくて、心配するような言葉が嬉しくて、だからいつまでもこのクセが直せないんだよ。
そう言ったら、彼はどんな反応をするだろうか。
ベッドに寝転がりながらスマホをいじる彼を、そっと見る。
勝利ってそんなかっこいい顔かな、なんて、そんなしらじらしい嘘。
本当はきっとこの世の誰より、わたしは勝利の顔を綺麗だと思ってるし、勝利に群がってお菓子をねだる女子たちを、本当はものすごくものすごく不快に思っている。
それ、わたしのなんだから、ベタベタ触らないでよ。
だけど、そんなことは言えない。言わない。
そういう束縛を勝利は嫌うし、何よりわたしは「いつも余裕に笑う幼なじみの彼女」でいなければいけないのだ。
それが、勝利に近づく女の子たちへの1番の牽制になるから。
勝利が女の子たちに囲まれる姿を見て、いちいち嫉妬してたり、不安になってたりしているなんて、絶対に知られてはいけない。
くすぶった気持ちを、噛み砕く。
口の中の飴は、粉々になって、あっという間になくなってしまった。
作業的にめくり続ける漫画の内容は、さっきから全然頭に入ってこない。
ねえ勝利、君の彼女はこんなにも醜い。
「……トリックオアトリート」
漫画に目を落としたまま呟いた言葉は、宙に浮かび音もなく消えた。
嫉妬心にまみれた響きに思わず自嘲的な笑みがこぼれ、ドツボにはまりそうな思考を断ち切るように小さく頭を振った。
「勝利この漫画、次の巻どこ……」
振り向いたのと、唇を奪われたのは同時だった。
「……ンっ…?!」
驚くわたしに、勝利は舌でむりやりわたしの唇をこじ開ける。
侵入した舌が口内をひと通りかき乱して、わたしをぐずぐずにしたあと、彼の唇はそっと離れた。
気づけば、口の中にはいつのまにか甘い物体が残されていた。
『……最後のお菓子、残っててよかった』
ぽつ、とひとりごとのように呟くと、彼は何事もなかったかのようにベッドに寝転がり雑誌を読み始めた。
『今度はちゃんと舐めて食べなよ』
視線を落としたまま素知らぬ顔で言う彼の肩を、抗議するように無言でバンバン叩くと、顔が崩れキュッと笑う。
雑誌から顔を上げ、綺麗な二重がわたしを覗き込む。
『〇〇って、意外とオレのこと大好きだよね』
そう言って愉快そうに笑う幼なじみは、もしかしたらもうとっくの昔からわたしの醜さなんて気づいて、それすらまるごと受け入れてくれていたのかもしれない。
『そういうとこ、可愛いと思いますよ、オレは』
赤面した額に軽く口づけを落とされれば、飴が甘く、溶けた。