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たまたま本屋で同じ本を取ろうとして手が触れて…ってマジで少女マンガみたいじゃね?と、照れくさそうに鼻をかいて。
清楚系っていうか華奢で守りたくなるっていうか、要するに超可愛いのよ、って頬を緩めて。
だけど、それが全部、なんて、まさか。
「どこから話せばいいんですかね。どうせ風磨くんから逐一聞いてるんでしょうし」
唇をゆるく持ち上げて、彼女はアイスティーを一口飲んだ。
カラン、と崩れた氷の音がやけに響いた。
「…まあ、全然タイプじゃなかったけど、付き合ってもいいかなって思ったんです。わたし、わりと見た目だけは“清純派(笑)”じゃないですか。外見に合わせてちょっと猫かぶったら気に入られたみたいで、告られたからOKしました。だって顔が良かったし。まあ感情なんて追々ついてくるかなって」
淡々と話すサエちゃんに、わたしの指先は比例して冷たくなっていく。
ピンと張り詰めた空気の中で、[カルボナーラです]と不釣り合いに間延びした声とともに、目の前に湯気のたった皿が置かれた。
だけど、さっきまでの食欲なんてもうどこにも見当たらなかった。
「風磨くんは思った以上にハイスペで、優しくて紳士的でした。エッチも物凄くうまかったし。今まで付き合った人の中で間違いなく1番の当たり物件でした……〇〇さんのことを除いては」
名前を呼ばれて、思わず肩が揺れた。
「あれだけ気を遣える人なのに、なんでそこだけズルズルのスルーなのか、ムカつきを通り越して不思議なくらいでした。風磨くん、わたしのこと可愛いとか好きだよとか言いながら、だけど1番楽しそうな顔をするのは全部 “仲のいい女友達” の話なんですよ。本人、完全に無意識なんでしょうけど」
パチン、と綺麗な爪先が弾かれる。
「イラッとしたし失礼だなあと思いました。だけど、同時にすごく興味が湧きました。今まで付き合った人は、わたしに尽くしてくれるばかりで、こんな扱いされたことなかったから。風磨くんにこんな顔させるのってどんな人なんだろうって好奇心で、風磨くんからさりげなくその人のバイト先を聞き出して、同じところにバイト応募して。………いざ会ってみて、話してみて思いました」
サエちゃんはくすりと笑った。
「なんて最悪な2人なんだろうって」
ねえ、覚えてますか?と鈴のような声が鳴る。
「〇〇さん、わたしに言いましたよね。“好きなタイプも、歴代彼女も、お持ち帰りの手口も、好きな体位も、全部知ってる”。わたし、その日のエッチ、それ思い出して何度か笑っちゃいそうになりました。そして納得しました。なんで風磨くんが女の子と長続きしないのか」
唇が震えそうになるのを、きつく噛んでおさえた。
サエちゃんが放つ言葉ひとつひとつがナイフのようにわたしの喉元に突き立てられているようで、でも、ちがう。
ナイフを振り回していたのは、紛れもなくわたしの方だった。
「“親友” とか “そういうふうに見れない” を免罪符にして笑うあなたたちに、いったいどれだけの人が傷つけられてきたんでしょうね。……ねえ〇〇さん、知ってますか?この世で1番タチの悪い暴力は、 “無自覚” ですよ」
いつかのサエちゃんの言葉がよみがえる。
──“ちゃんとそれ自覚しなきゃダメですよ”。
知らなかった、なんて言葉はなんの言い訳にもならない。
だって、風磨がわたしの頬を撫でたとき、わたしの頭をくしゃりと乱したとき、嬉しくて、くすぐったくて、───罪悪感なんてひとつも感じなかったんだから。
それが、おかしいことにさえ気づけなかった。気づこうとしなかった。
「なんとなく2人の関係が動いたみたいだったから、ちょっとした悪戯心で、試しに言ってみたんです。しおらしい態度で “もう関わらないで。話もしないで”って。風磨くん、最初は神妙な顔でそれ守ってたみたいですけど、数日後には熱を出したわたしを部屋に置いてって、〇〇さんの方に行っちゃいました。ほんと笑えたな、アレ」
サエちゃんはおどけるようにくるりと目を回した。
「最悪なあなたたちがどうなるか今のまま静観しようと思ってましたけど、さすがにそれをされちゃ、もう別れざるを得ませんよね」
「…え」
「これから、風磨くんとサクッと別れ話をしてきます」
「それっ、て…」
「ほんと〇〇さん、気づくの今さらすぎですってば」
アイスティーを最後まで飲み切って、サエちゃんは立ち上がった。
わたしのせいだ。わたしたちのせいだ。
だけど何も言えず、動けず、わたしは浅い呼吸を繰り返すばかりで。
「……最初、あなたの口から語られる風磨くんが、わたしの前での風磨くんとずいぶん違って驚いたんです。でもそれって、風磨くんがわたしにだけ見せてくれる面があるってことじゃなくて、あなたの前だけでしか見せない面があるってことなんです。………ねえ〇〇さん、ちゃんと背負ってくださいね」
サエちゃんは、ふわりと笑って伝票を持って出て行った。
食べたかったはずのカルボナーラは、冷えて固まってしまって、結局、一口も手をつけられることはなかった。