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3月の終わりになると、周りの状況はだいぶ落ち着いた。
まだ、たまに構内を歩いていてちらりと振り向かれることはあるけど、教室に入っただけでザワザワ噂されたり、知らない後輩から声をかけられたりすることもなくなった。
あのストーカーの1件も、このあいだ無事解決した。
風磨が連れてきたのは、驚いたことにまだ高校生の女の子だった。
動画を見てわたしに憧れ、そんなときたまたま道でわたしを見かけてつい尾け始めてしまった、と言った彼女は、“自分の行動がここまで人を追い詰めてるなんて思わなかった” と泣きながら何度も謝った。
風磨は警察に突き出したほうがいいと言ったけど、目の前で身を縮こまらせている彼女を見たら、それはあまりに酷な気がして、親御さんを交えて正式に謝罪してもらうことで事を収めた。
『おまえは女に甘すぎる。男には辛辣なくせに』
「だってなんか可哀想になっちゃって…」
『泣きながらオレに電話かけるほど怖がってたのにずいぶんな余裕だな』
「な、っ!」
睨みつけて背中を叩こうとした手は、簡単に掴まれた。
『まあでもこれで、1個は整理ついた』
嬉しそうにふにゃりと笑うから、わたしの腕の力も抜けてしまう。
『……あと少し、待ってて』
わたしの腕を下ろした風磨の声は、あの海の日よりずっと甘くて、きゅっと心が鳴る。
「…どうだろ、年上のやさしいイケメンが現れたらわかんないよねっ」
『は?!おまえさあ…っ……』
可愛くねーと言いながらわたしの髪をくしゃりと乱す手も、やっぱり溶けそうに、甘い。
「〇〇さぁん、このあとちょっとお時間あります?」
「あるけど、どしたの?」
「ちょっとお話ししたいことがあって〜」
そう声をかけられ、バイト終わり、サエちゃんと一緒に近くのパスタ屋さんに入る。
「カフェでバイトしたあと、またカフェに入る気には流石になんないですよねぇ」
「それね。でもこのパスタ屋さん、前から入ってみたかったし、夜ごはん考えてなかったからちょうどよかった」
「そう言ってくれるとありがたいです」
にこり、と綺麗な弧を描く瞳とともに長い黒髪が揺れる。今日も儚げ美人は健在だ。
「わたしカルボナーラ頼むけど、サエちゃんは?」
「あ、わたしはこのあと人と会うんで、アイスティーでいいです」
「え、わたしだけ頼んじゃってごめん」
「いえいえ、気にせず食べてください」
注文してすぐにやってきたアイスティーを、サエちゃんはストローで少し飲んで、ふぅと息を吐いた。
「急に話なんて、何か相談事?」
「相談、ていうか」
サエちゃんは、ふふ、と可笑しそうに目を細めた。
「…〇〇さん、好きな人できたでしょう?」
「え!?」
硬直したわたしを見て、サエちゃんはまたケラケラ笑う。
「え、なんで……」
「わかりますよ、最近の〇〇さんの様子見てたら」
「うそ…」
思わず頬に手を当てる。
そんなに態度に出てたなんて、しかも完全に無意識にそうしてただなんて、恥ずかしすぎる。
パタパタと仰いでも頬の熱は簡単に引かなくて、手の甲で頬を押さえる。
「ああ、でも」
サエちゃんはストローでカランと氷を転がした。
「風磨くんのがわかりやすかったですね」
……あまりに変わらない調子で言われたから。
あまりに自然にその名前を呼んだから。
……その言葉がどういう意味を持つのか、本当に全然わからなかった。
「ここ半月くらい、ずーっと心ここにあらずって感じでソワソワして、風磨くんって一見飄々とした人に見えて、実はものすごく素直な人ですよね」
〇〇さんもそう思いません?と同意を求められてもなお、話が掴めなくて。
「…え……、どういう……え?」
そんな意味のない言葉しか出てこない。
「やだなあ、わからないフリしないでくださいよ。〇〇さん、そんなに鈍い人じゃ……ああ、でもお互いのことに関しては、2人とも暴力的に鈍いからしょうがないか」
サエちゃんは、はらりと落ちた黒髪を綺麗な所作で耳にかけた。
じゃあ改めまして、と彼女は背筋を伸ばす。
「わたし、風磨くんの一応 “現” 彼女のサエです」
目の前に座り、たおやかに微笑む彼女は、まるで知らない人のようだった。