④
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親友。好きな人。親友。好きな人。
2つを乗せてゆらゆら揺れていた天秤は、もうはっきりと片方に傾き始めていた。
「それじゃあ、動画製作の大成功を祝して、カンパイ!!」
会長の声とともに、ジョッキを合わせる音が一斉に聞こえる。
最近あまり夜に出歩くことがなくて飲み会もご無沙汰だったから、久しぶりのアルコールが体に染み渡った。
隣の同期たちと話しながら、ジョッキ越しにちらりと少し離れた向こう側の席を見る。
いつものオーバーサイズのパーカーにフープピアス。
………一度好きって認めてしまうと、なんでこんなにも全部かっこよく見えちゃうんだろう。
影を作る涙袋とかシュッとした顎のラインとか長くて細い指先とか。あんなに近くにいて、今までなんともなかったはずなのに、………あ。
不意に顔を上げた風磨と目が合って、2秒。
目線を重ねて、どちらからともなく逸らす。
この行為に、前とは違う熱がこもっている気がするのは、わたしのせいか、風磨のせいか、どちらとものせいなのか。
じわ、と喉を通り過ぎたアルコールが、熱い。
店を出て、二次会に行こうと盛り上がる輪をそっと抜ける。
電車の時間を調べていると、スマホに影が落ちた。
『帰るっしょ?』
…見上げなくても声の主はわかる。
小さく頷けば、『オレら二次会パスで!』と大きな声が響く。
「お前ら2人が主役だろー」というブーイングを笑って受け流して、『ほら、行こ』と風磨はこちらを振り向いた。
繁華街を抜けて、喧騒が遠ざかり、電灯がわたしたちの影を作る。
コンビニに迎えにきてもらったあの日から、風磨は何かと理由をつけてわたしを家まで送ってくれるようになった。
『あの動画見て、うちのサークル入りたいって問い合わせ、結構きてるらしいよ』
「……ん」
『新一年以外にも、他サークルと掛け持ちしたいってやつとか、あとは他大からも入りたいって連絡くるって』
「……うん」
『会長たち、対応が死ぬほど大変だっつって、でも嬉しそうだったけど』
「……」
『……あのさあ、いいかげん聞いていい?』
少し前を歩いていた風磨が、痺れを切らしたようにくるりと振り返る。
『なんで無視すんの』
「…してるわけじゃ」
『してるだろが。なんか理由あんのかと思って数日は黙ってたけど』
も、限界。
不機嫌な視線に、だって、と口を開く。
「話しかけないって言ったから」
『は?』
「…もう一生話しかけないって約束するって、あのとき電話で」
わたしの言葉に、風磨は目を見開いた。
そして、なぜか脱力したように肩を落とし、ガシガシと頭をかく。
『…それダメ。ナシ。今すぐ禁止』
ふてくされたようにわたしの手を掴む。
『…おまえに無視されんの、結構ダメージでかいからマジでやめて』
前を向いたまま、照れ隠しのように手を握り直して歩き始めた背中に、心臓がとくんと跳ねた。
繋がれた手は、夜なのにあったかくて、いつだったか“オレ平熱が高いんだよ”と言っていたのを思い出す。
もちもちした肌と合わせて、なんだか赤ちゃんみたいで可愛い……って、そんな些細なことでさえ、いまや天秤を傾ける材料になってしまうんだから、なんだかもうどうしようもない。
「……自分はいきなり避けてきたくせに」
『……それはごめん』
──いきなり優しくして、いきなり手なんか繋いでくるくせに。
言えない言葉の代わりに、手のひらに力を込めると、『痛えよ』とピンとおでこを指で弾かれる。………こんなことにも不本意ながら嬉しくなってしまって、ああもう本当にずるいし不公平だ。
『んは、顔赤いけど』
「久しぶりにお酒飲んで酔っただけ!」
あわてて顔を伏せようとしたけど、それは阻まれて、形の綺麗な手が、わたしの輪郭をなぞった。
「…風磨?」
長い親指が、ゆっくりと頬を往復する。
『おまえの肌すべすべで気持ちい』
「……酔ってる?」
『…かもな』
フッと笑う風磨はやっぱりずるくて、だけど「……じゃあ、しょうがないね」なんて返したわたしも、たいがいずるい。
赤ちゃんみたい、と思った熱い手は、頬の上ではっきりと男の人の手の感触を残す。
何度かわたしを撫でた指は、そっと離れて、代わりに奥二重の目に、視線を絡めとられる。
『……ちゃんとするから』
「…え?」
『ちゃんと、いろんなこと整理して片付けて、…次は酒のせいにもしねーから。……だから、待ってて』
前髪からのぞいた2つの目は、それだけ言うとそっと伏せられて。
「……はい」
天秤がまた、傾いた。