③
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌日の大学は、昨日よりももっと騒がしかった。
知らない人たちからガンガン話しかけられるし、どこにいっても目線がうるさい。
今だって大教室に入った瞬間、どこからかひそひそ声が聞こえてきてうんざりしてしまう。
「動画見たけど、最後のアレほんとにチューしてんの?」
「してないわバカ」
遠慮のえの字もなく冷やかすような口調で話しかけてきた友人に、そっけなく返す。
「だいたい風磨、彼女いるから」
「それはそうだけど、なんかおまえと菊池ってそういうの関係ないみたいな感じじゃん」
「何それ」
小さく睨めば、友人は肩をすくめて早々と謝罪のポーズを取った。
授業が終わって、いつもうちのサークルが陣取ってる学食のテーブルへ向かえば、遠目に風磨が見えた。
……そうだ、昨日のあのリプライ。あの他にも何件か悪意のある言葉が送られてきていて、風磨に相談しようと思ってたんだ。
「ね、ふう───、」
……ちらりと上がった目線はたしかにわたしの目線と交わったはずで。
声だって、そんな近いところから話しかけたわけじゃないけど、この距離なら聞こえてないわけないはず。
だけど風磨はわたしを見るなり、カバンを持って立ち上がり、逃げるように向こうへ行ってしまった。
……え……なに今の。
その後も、話しかけようとするたび、なぜか避けられて、を繰り返し。
……何あれ。何それ。
戸惑いは次第に怒りへと変わる。
みんなからの目線があったり囃し立てられたりするのが嫌だったとしても、あんな露骨に逃げることないじゃん。何か一言あっても良くない?そのくせ、喋りかけてくる女の子たちにはニコニコして。
ムカつく!ムカつく!!風磨に相談しようとしたわたしがバカだった!!
「…〇〇さん、なんかイライラしてません?」
バイト先でもサエちゃんにざっくり指摘されて、慌てて笑顔を作ったけど、今日一日ずっと無視してきた風磨への怒りは鎮火せず、それはバイト終わりの夜道を歩いていてもずっと続く。
わたしを見るなり席を立ったり、他の人と話し始めたり。……なんで。
「………あんな気まずそうな顔して避けなくてもいいじゃん」
怒りに任せてズンズンと歩んでいた足のスピードを、すこし緩めたときだった。
後ろを歩いていると思っていた靴音が、ザッ…ザッ…とわたしの歩みに合わせて遅くなった気がして、くるりと振り返ると、視界の端を影がかすめた。
「……っ」
慌てて前を向き早足で歩を進めると、後ろの足音も早くなる。
うそ、なんで。
辺りは暗く、人通りも少ない。
───頭によぎったのは、昨日のコメントの数々。…あの言葉を送ってきた人たちが後ろにいるなんて、そんなわけないってわかっているのに。それでもどうしても繋げて考えてしまって。
やだ、やだ、怖い、どうしよう。
早足でマンションへ駆け込むまで、後ろの気配は消えなかった。
次の日も、その次の日も、風磨はわたしのことを避け続けた。
気づけばもう一週間、言葉を交わすことはおろか、LINEでやりとりもしていない。
もう絶対わたしの方から話しかけるもんか、と意地になっていた怒りも、今は寂しさと諦めの域に達していた。
……風磨との関係をどうにか修復しなきゃ、と思う気持ちもちろんもあって、だけど、それ以上にわたしは、時折感じるあの気配に精神的に参ってしまっていた。
誰かに見られているという感覚は、あの日からずっと続いていた。
昼間の人の多い場所は平気だけど、夜1人で歩くのは怖くなって、なるべく明るい時間に帰るようにしたり、夜も近所の友人と一緒に帰るようにした。
SNSのアカウントも、全部鍵をつけたらほとんど中傷の言葉は届かなくなった。…それでもたまに、友人になりすましてフォロー申請してきて酷い言葉を投げかけて去っていく、なんていう手の込んだことをする人もいるけど。
とりあえず、当分こんなふうに静かに気をつけて過ごしていれば、きっと大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせて。
……でもそんな目測は甘かったと思い知らされる。
「〇〇ちゃん、ごめん!シフトこの後も続けて入れる?サエちゃんが熱出しちゃったらしくて急遽休みたいってさっき連絡入って」
「あ…、と」
このあとも入ると、終わりは夜になる。
……でも、最近あの気配を感じることも少なくなってきたし、何より店長がすごく困ったような顔をしていたから。
「大丈夫ですよ!」
笑って引き受けると、店長は申し訳なさそうに「ほんとごめんね!助かる!」と手を合わせた。
そのまま働き続けて、終わったのは22時過ぎ。
「おつかれさまでしたー!」とカフェを出て、電車に乗る。
最寄りで降りて、駅から離れ、人気の少ない道に入った途端。
サッと一気に鳥肌が立った。
……また、あの足音だ。
早足で歩いてもやっぱり同じ速度でついてくる。
それどころか、今日は前より距離が近い気がして、ぎゅっと震える唇を噛んだ。
ザッ…ザッ…と閑静な道に響く音に、どんどんパニックになって、呼吸がしづらくなる。
怖い、やだ、どうしよう、助けて。
どんどん近くなってくる気がする足音に、足をもつれさせながら無我夢中で走って近くのコンビニに駆け込んだ。
青ざめながら入ってきたわたしに店員さんが驚いたようにこちらを見たけど、そんなの気にしてる余裕すらない。
助けて、誰か。
そう思ったら、もう1人しか考えられなかった。
……っお願い、お願いだから出て。
『………もしもし』
「風磨…っ!」
ほぼ泣き叫んでいるようなわたしの声に、電話の向こうで風磨が息を飲んだ。
「っ、おねがい……!っも、もう一生話しかけないって約束するからっ……お願いだからすぐに来てっ…!」
『…っ今どこ』
久しぶりに聞く風磨の声に、堪えていた涙が頬をつたった。
ひたいに汗を浮かべて店に入ってきた風磨を見た途端、身体の力が抜けてその場にしゃがみこんでしまった。
しばらく背中をさすってくれる風磨に、途切れ途切れに中傷のこと、ストーカーのことを話せば、眉間のシワはどんどん深くなった。
『ッバカ、おまえなんで』
早く言わなかったんだよ、と続く言葉を飲み込んだ風磨は、自分の行動を思い返すようにギリっと強く唇を噛んだ。
『……悪い』
苦しそうに呟かれた言葉に、首を振る。
「…っ来て、くれたから……ありがとう……」
息を整えて立ち上がると、風磨の腕が優しく回って、支えてくれて。
『……もう大丈夫だから。全部オレがなんとかするから』
低く響いた声と腕は温かくて。
一生話しかけないってさっき言ったばかりなのに、もう後悔してしまった。
────好きな人に話しかけないなんて、そんなの絶対無理なのに。
がっしりとした腕の中で、スン、と小さく鼻をすすった。
〈Side F〉
最初に出会ったのは、サークルの新歓の飲み会だった。
なんとなくメンツが個性強そうで楽しそう。
そんな理由で入ったサークルには、可愛い女の子いればいいな〜とゆるく期待していたけど、その期待を軽く超えるくらいの美人がいた。
回ってくる自己紹介で、その子の名前が〇〇だということと、同じ一年生だということを知った。
彼女のただよう高嶺の花感に、周りはどこか遠慮がちに接していて、オレ自身も、そんな彼女にグイグイ話しかけにいくバイタリティーはなく、まあ、これからなんかのきっかけで仲良くなれればいいかと、絡んでくる先輩たちと話しながらそう思っていた。
だけど、その “きっかけ” は本当にすぐ、それから3時間後にやってきた。
店から出て、みんなそれぞれの方向へ帰っていくなか、これから友だちの家に泊まろうか迷って連絡をしようとしたとき。
「はあ?!別れる?」
隣から大きな声が聞こえてきて、ちらりと目線を上げると、〇〇が電話をしながら険しい顔をしていた。
……わお、美人の修羅場。
思わず、聞き耳を立ててしまった。
「いや、うん、いいけどさ、何?他に女できた?わたしという美人と付き合っておきながら?ヤっちゃったから責任とって??しょーもな!どうせならガッキーレベルと浮気しろ!」
もう2度と電話かけてくんな!と勢いよく通話を切った彼女と目があってしまい、数秒のち、オレが爆笑して、彼女が赤面したのが始まりだった。
ツンとすました高嶺の花なんてイメージがもったいないくらい、むちゃくちゃに面白い女。
お互いのどんなことだって言い合える最高の親友。
あっちの恋愛相談を受けることもあれば、オレの恋愛相談をすることもあって、そのたび結局アドバイスなんてお互い無視で、上手くいかずに別れたあとグチりながら酒を飲むのがいつものパターンだった。
〇〇との会話はいい意味で遠慮がなくて、気づけばひどい下ネタの応酬をして周りに引かれる、なんてことも多々あったけど。
……だから、あの日。
いつも強気でサバサバした感じの〇〇が、妙にぎこちない態度だったから。
体調でも悪いんだろうかと、心配しつつ進んでいった撮影の最後。
なぜか駄々をこね始めた〇〇が、拗ねたようにこちらを見上げたとき。
焚き火に照らされて、まつ毛が光を集め、目が熱に浮かされたように潤んでいて、唇はグロスのせいか濡れているように見えて。
────魔がさした。
カット、と響いた声に顔を離せば、〇〇は赤い頬を隠すように俯いた。
『…おつかれ』それだけ言って、その場を離れ、映像の出来を確認して、会長の絡みをハイハイといなしていれば、少しの沈黙があって。
「……最後、オレは “好きです” って台詞を台本に書いてたんだけどな」
意味ありげに向けられた目線に、動揺を隠すよう笑う。
『…でもキスの方が盛り上がりません?とっさのアドリブっすよ』
「…ふん、まあいいけどな」
見透かしたように笑う会長に、分が悪いことを悟って目をそらす。
海とか夜とか焚き火とか。
そんな青春ぽいものに囲まれて、……つい魔がさしてしまっただけ、だ。
だけど、その“魔”がここまでのことになるなんて思っていなかった。
「風磨くん、これ」
彼女に差し出されたスマホには、オレと〇〇の動画が映っていた。
「最後、なんでキスしてるの?」
責めるような目線に、とっさの言い訳はいくらでもできたはずだった。
本当にキスしてるわけじゃないからとか、演出のために仕方なくとか。
……でも、どんな言葉も“言い訳”に過ぎなかったから。
だって、“魔がさした”なんてごまかしていたけど、オレはあのとき〇〇を、“親友”と見ていなかった。
……〇〇を目の前にしたときの、あの衝動は。
「ねえ、風磨くん」
彼女の声が小さく揺れる。
「この人、風磨くんの話によく出てくる女の人だよね」
『…うん』
「わたしがこれ見てどう思うかって考えなかった?」
『…ごめん』
「……もういいよ。許す。…だから」
彼女はそっとオレの袖を掴んで、こちらを見上げた。
「もうこの人とあんまり関わらないで。…話もしないでほしい」
そう懇願されて、断る選択肢なんてオレにはなかった。
疾しさを隠すように、頷いて。
『…わかった』
次の日から露骨に避け出したオレに、〇〇は最初の方こそ何度か話しかけようとしてきたけど、そのうち怒ったように遠くから睨みつけるようになった。
その視線を恐る恐るスルーしながら、心の中でそっと謝る。ごめん、たぶんもう少し時間が経てば、彼女も、まわりも、……たぶんオレも、ほとぼりが冷めると思うから。その間だけ。
今思えば、あのとき彼女に嘘をついてでも〇〇と話していれば、こんなことにならなかったのに。
〇〇を避け始めて約1週間。
彼女の部屋にいるとき、電話が鳴った。
表示された〇〇という名前に違和感を覚えた。
……普段は緊急の用があるときしか電話してこないのに。
「…誰から?」
『…ん、友だち』
そう誤魔化してベランダに出て通話ボタンを押せば、聞いたことないような苦しげな〇〇の声が聞こえた。
オレの名前をすがるように呼ぶその声に、一瞬何も考えられなくなった。
ベランダから部屋に戻り、『…っ急用ができて、ごめん』と玄関へ向かうと、背中から「…あの人でしょ」と小さく声が聞こえて。
『……っ…ごめん』
そのまま部屋を飛び出した。