③
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あの海辺での撮影から一週間。
わたしと風磨は、特段何が変わったというわけでもなく、いつも通りに日々を過ごしていて、───ただ、私は不用意に風磨の方に身を乗り出したりしなくなったし、風磨は前みたいにわたしの飲み物を勝手に飲んだりしなくなったけど、だけど、そんなのは、気のせい、という言葉で片付けられる範囲のものだ。……たぶん。
「〇〇、なんか最近ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「あ、ごめんごめん大丈夫。ちょっと課題のこと考えてた」
「ならいいけど」
……こんなのわたしらしくない。
無意識のうちに頭を支配する考えを追い払うように、学食のカレーに、いただきます、と手を合わせると、ふと、どこかから目線を感じた。
その方向を見ると、ぱちりと知らない女の子たちと目が合う。
その子たちは慌てて目をそらしたかと思えば、「やっぱりそうだよ」とチラチラこちらを見ながら向こうで盛り上がっている。
……わたしを知ってるんだろうか。見覚えのない子たちだけど。
首を傾げたとき、「いた!!〇〇!!」と、なんだか興奮した様子でクラスメイトの女子数名がこちらに駆け足で向かってきた。
「えっ何どうしたの」
勢いにたじろぐわたしに、彼女たちは息を整えながら「どうしたのって、これ!」とスマホをかざした。
差し出された画面に映された動画には、わたしと風磨がいて、思わず無言で停止ボタンを押した。
「あっ何すんの!」
「無理無理無理!だってそれ、どうせうちのサークルの動画でしょ?!無理見れないほんと無理!」
「えっ〇〇まだ見てないの?」
「恥ずかしすぎて撮られたあと一切確認してないよ!ていうか完成してたんだ」
「昨日あんたのとこのサークルのアカウントで公開されてたよ…って、じゃあもしかして知らないの?!」
「何が?」
話の要旨が掴めていないわたしに、彼女たちはそろって語気を強めた。
「その動画、めちゃくちゃバズってるよ!!」
「……え?」
ホラ、と再び見せられた画面には、[この春、××大学へ入学するみなさんへ。キャンプをしませんか?]という短い文章と、海辺の動画が映っていて、その下に表示された数字に目を疑った。
「…………1万RTに3万いいね…?」
「マジやばいよ!ほら見てみな!」
促されるまま、画面をなぞれば、何スクロールしても最後にたどり着かないくらい、たくさんのコメントがずらりと並んでいた。
[この動画マジでキュンキュンした!!こんな大学生活送りたすぎる…]
[なんとなく再生したらエモすぎて泣いた。こんな青春どこ]
[動画編集うますぎ、サークル勧誘のレベルじゃないだろ。なんかのMVかと思ったわ]
[この美男美女、どこのモデル使ってんのかと思って調べたら普通にここのサークルの人らしくてワロタ。このサークルの顔面偏差値どうなってんだよww]
[特に最後のシーンヤバい!めっちゃリアルだけど、この2人本当のカップル?]
スクロールしている間にもコメントは増えていく。
本当にこれが自分たちに向けられた言葉なのか信じられない。
少しも実感がわかず、「なにかの間違いじゃ…」と言いかけた言葉は「あのっ!」と後ろからかけられた声に遮られた。
振り向くと女の子たちが数名、ソワソワとした様子で立っている。
「キャンプサークルの〇〇先輩ですよね!」
「え、あ、そうだけど…」
「動画見ました!めっちゃキュンキュンしました!あの、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
「あ、うん…」
勢いに流されて、向けられたカメラに条件反射で微笑む。
シャッター音が鳴り、画像を確かめると、彼女たちは「ありがとうございました!」と嬉しそうに去っていった。
戸惑いながら学食を出ても、同じようなことが何回もあって、そのたびにぎこちない笑顔を作った。
……バズるってこういうことなんだ。
わたしは相手を知らないけど相手はわたしを知っている、ということ。
常にどこかから視線を感じ、どうにも落ち着かなくて、結局その日は残りの授業をサボってしまった。
家へ帰って、ベッドに倒れ込む。
想像していなかった出来事に、身体が妙に重かった。
指だけ動かし、サークルのアカウントを開いて、1番上にある例の投稿をタップする。
……恥ずかしくて見ることができずにいたけれど。
再生ボタンを押せば、浜辺を歩くわたしと風磨が映って、………どうしよう、ほんとにこれ、ダメかもしれない。
ううう、と無意識に唸りながら、耐えられなくなって、何度も画面から目を逸らしてしまう。
だって、画面の中のわたしときたら。
「……全部だだ漏れてる…」
火照ったように染まった頬、挙動不審に動く目、近づかれるたび小さく跳ねる肩………こんなの。
「だぁぁぁぁぁああ!!」
点と点を繋いでいった先に辿り着いてはいけない答えが見えそうで、慌てて強制的に思考をシャットダウンした。
あり得ないあり得ないあり得ない!それはない!
あれはシチュエーションとギャップが作り出したもので、雰囲気に感化されただけで。
冷静になれ。間違えるな、わたし。
すうっと深呼吸して気持ちを鎮めて、再びそろりそろりと画面に目を戻す。
鈍い海の光。砂のなる音。
暗闇の中、火に照らされて、風磨の影がわたしに重なったところで、動画は終わった。
自然とつめていた息をゆっくり吐き出す。
なんだか大仕事を終えたような気持ちだった。
疲労困憊のまま自分のアカウントに戻ると、フォロワー数のゼロがひとつ増えていた。どうやら動画を見た人がわたしのアカウントを特定して、フォローしてくれているらしかった。
[動画見てファンになりました!]
[芸能事務所とか入ってないんですか?]
何十通か来ているリプライにもざっと目を通す。
知らない相手からの賛辞や好意の言葉は、分不相応すぎて、自分じゃない誰かに向けられてるように感じる。
どこかいたたまれないような気持ちの中スクロールすると、そのうちの一つが目に止まった。
[クソビッチ!調子こいてんじゃねーよ]