番外編 彼女の話
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最初の印象は、正直よく覚えてない。
そういえば、初めに挨拶した時にふっと目を逸らされたような、という記憶がかすかにあるだけ。
入社3年目の若手が支社に出向する、“支社研修”と称された3ヶ月間。会社の毎年の風習に倣うままやってきたその場所に、彼女はいた。
あとから周りの先輩たちが彼女について話すのを何度か耳にしたから、「綺麗な人なんだな」という認識は持ったけど、もともと人の容姿にあまり頓着がない方だからか、「綺麗な人なんだな」という認識はあくまでそれ以上でもそれ以下でもなく、自分自身になんら感情を付随させるものでもなかった。
彼女の最初の印象をあまり覚えていないのは、そういった自分の元からの気質のせいも確かにあった。
だけどなによりの理由は、そのあとの印象が劇的に強烈だったから。
支社に来て1週間ほど経ったころ、窓が北向きのせいでいつも少し薄暗い、あの資料室で。
同じタイミングで、同じファイルにかけられ、重なった指。
その手をたどり見下ろせば、………眉間と鼻にシワを寄せ、口元を引き攣らせ、まるで腐った玉ねぎを見るような。
そんな顔と、目が合った。
「おつかれさまでした~」
やや暖房の効きすぎた会議室をぞろぞろと後にする列の中、目の前を歩く先輩と篠田さんの会話が自然と耳に入る。
「あ~肩凝ったわ。なんで本部の人たちってあんなに圧あるんかな」
「怖かったですよね~」
「いや、思ってないだろ。篠田めちゃくちゃ言い返してたじゃん。最終的にはおまえの企画、通しちゃってたし」
先輩の言葉に、篠田さんは、「まあ、わたし口は回る方なんで」と悪戯っぽく笑う。
2つ年上の彼女は、飄々として肝が据わっていて、ハキハキと喋る人。頭がキレると評され、今日の会議でも重役を相手に臆せず自分の意見を述べていた篠田さんが、あのなんとも言えない、腐臭の元を見つけたような顔でこちらを見た彼女と同一人物なのか、数日前の自分の記憶に自信がなくなってくる。
「マジで下手な上司より頼りになるわぁ。もう養ってほしいくらい」
「え~嫌ですよぅ、わたし9頭身で年収1000万以上の人と結婚するって決めてるので」
「なんだそのイカつい理想…でもおまえならマジでやり遂げそうなのが怖いっつーか……ていうか、まずは優しい人とか家庭的な人とかそういうんじゃないの?」
「いや、何言ってるんですか先輩。そういう恋愛は10代までです。遺伝子は整形で変えられないし、優しさでごはんは食べていけないんですよ」
あきれたような口調でそう言い放った篠田さんに、先輩は「シビアすぎて怖ぇ~…」と身震いする。
「佐藤はどう思う?」
『…は?』
くるりと振り向いた先輩にいきなり話を振られ、目を瞬かせる。
「だから結婚!どういう相手としたい?」
『……オレは普通に好きな人と結婚したいです』
そう答えれば、先輩は「だよなあ?」と安心したようにまた前を向く。
────さっきの一瞬。
視線を横にずらした時に合った目線は、ひんやりとしたまますぐ逸らされた。
……こういうことがあるたび、記憶に確信を持ち直す。
きっと周りからはわからない程度の温度差だけど。
………オレはやっぱり、なぜか彼女から嫌われているらしい。