番外編 First Scene
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泊まる、ということは、きっとそういうこともするわけで。
約束の3日前。わたしはランジェリーショップにいた。
あとから気づいたけど、泊まりに行く日はちょうど付き合ってから1ヶ月の日で、たぶん風磨はそれを込みで予約してくれたんだろう。
付き合い始めてから、手を繋いだり、キスをしたりはしたけど、それ以上はしていない。別に何か特別な理由があってしてないわけじゃないけど、ただ、やっぱり今まで友だちとして接して、さんざんお互いの性癖やら何やらをぶちまけ合ってしまってきたから、歴代彼氏より格段に心理的ハードルは高い。
現に、今もどれにしようか迷うこともなく風磨の好きそうなデザインがわかってしまって、「こんなすんなりって逆にどうなの?!」と黒レースのブラの前で躊躇し、かれこれもう10分経つ。
………まあでも、せっかく来たんだから買って帰らないという選択肢はないし、わざわざホテルを予約してくれたわけだし、わたしもこのデザインは可愛いと思うし、……………どうせなら可愛いって思ってほしいし。
さんざん言い訳をしながら、ようやく目の前の黒レースを手に取った。
その日の時間ぴったりに、風磨は家まで車で迎えに来てくれた。
風磨はジャケットを羽織って、わたしは上品なワンピースを着て、今日は特別な日だからちゃんとしなきゃと思っていたのに、車に乗ってしまうと結局たった1時間弱の道中でも眠気に襲われ、『おーい、そろそろ起きろー』と風磨に起こされたときは、もうホテルの駐車場だった。
「……嘘、寝るつもりなかったのに」
『5分経たねぇうちに寝てたけどな』
「えっ、ほんとごめん!」
『いーよ、おまえのアホそうな寝顔で逆に緊張ほぐれたわ』
シャツのボタンをいくつか外して、『慣れねえもん着てると、やっぱ服に気持ち引っ張られんな〜』と風磨は首を鳴らした。
ホテルに入り、チェックインして部屋に荷物だけ置くと、すぐディナーの予約をしているレストランに向かう。
ホテル最上階のレストランから見る夜景は、まるでいろんな国の1番美しい石を集めて詰め込んだ宝石箱みたいにキラキラして綺麗。
ピアノ演奏をバックに運ばれてくる料理も、どれも言い表せないくらい美味しくて、「えっやばい美味しい」『死ぬほど美味い、なんだこれ』なんてお互い貧困すぎる語彙を露呈してしまって、思わず2人で笑った。
美味しい料理に釣られて、いつもよりお酒も進んで、部屋に帰る頃には2人とも程よく酔っ払っていた。
「っはぁ〜〜〜お腹いっぱい〜〜ベッドおっきい〜〜〜」
靴を脱ぎ散らかしてボフンッとベッドに飛び込むと、風磨も同じように隣に倒れ込んだ。
『ビビるぐらい美味かったな……あの雰囲気にもちょいビビッたけど』
「たしかに、だいぶ背伸びしてたよねうちら」
クスクスと2人で笑うと、その振動でベッドが小さく揺れる。
ふわふわして気持ちよくて、少しだけ腕を伸ばすと風磨の手に触れて、その小指にそっと自分の指を絡めた。
「……ありがとう。風磨の隣ですごく幸せ」
『………おまえそうやって緩急つけてくんの反則』
身体を起こした風磨に腕を引っ張られ、近づく顔に目を閉じた。
ついばむようなキスは、やがて隙間から入りこんで、絡めた舌はアルコールのせいかいつもより熱い。
この熱も、1ヶ月前までは知らなかった。
角度を変えるたび、奥へ奥へと深く侵入され、脳がじんじんと痺れてくる。
「……っは、シャワー…っ」
『……っ…いらね』
余裕がなさそうに後頭部に回された手に、たまらなくなった。
わたしを求める腕も、少し苦しそうに寄った眉間も、くらくら目眩がしてしまうくらい愛おしい。
「…っ……」
一瞬離れた唇を追いかけるように重ね合わせて。
舌を絡めながら、プチプチと風磨のシャツのボタンを外していく。
早く、早く。
わたしを風磨のものにして。
早くわたしだけのものになって。
緊張とかそんなの二の次で、ただ“欲しい”というシンプルな欲求に、はやる気持ちを抑えきれず最後のボタンをプチンと外し終えたとき。
「……え?」
無言のまま腕を掴まれて、不思議に思って見上げると、なぜか仏頂面をした風磨がいた。その目には、さっきまで宿っていたはずの熱はなくて。
流れた沈黙に、ギシッとベッドが軋む音だけが響く。
風磨はそのまま前髪をかき上げて、苛立ったように俯いた。
『……嫌なんだけど』
「…………あ…」
………拒まれた。
後ろから殴られたような衝撃に、一瞬息が止まる。
…やだ、間違った。そうだ、そういえば、“恥ずかしがってるのとか可愛いよね”って、風磨そんな話してたっけ。自分から脱がせにいくとか論外じゃん。やだ。恥ずかしすぎる。…消えたい。
「……っごめ…っ…」
掴まれていた腕を慌てて引き抜くと、だけどすぐに『いやちがくて!』と、また腕を掴み直された。
「…ちがうって何が」
震えそうになるのを堪えて、小さく聞き返すと、風磨は逡巡するようにちらりとこちらを見たあと、また目をそらして下を向いた。
『……慣れてたから』
「……え…?」
『……ボタン外す手つきが慣れてたから、こういうの他の男にもしてきたんだろうなって、考え始めたらすげえ嫌になって』
嫉妬した。
下を向いたまま小さく落とされた言葉に、身体の力がへなへなと抜けていった。
「な、なにそれぇ〜〜〜っ…」
ぷつんと切れた緊張の糸に、自然と浅くなっていた呼吸が戻ってきて、同時に堪えていた涙が安心感で落ちそうになる。
「〜〜っ風磨のアホ!いきなり嫌とか言うなバカァ!!怖いじゃん!!」
枕を掴んで投げつけると、『っぶね!』とすんでのところで避けられる。
『だってしゃーねーだろーよ!嫌なもんは嫌なんだから!』
「開き直んな! “慣れろよ”って今まで散々バカにしてきたくせに!!」
『慣れられたら慣れられたでそれは嫌だって今気づいた』
「はあ?!自己中もいい加減にしてよ!!」
手元の枕をあらかた投げ終えてしまい、かわりに近くにおいてあったカバンを手に取ると、『それはそこそこ痛いから無理!』と慌てて腕を引っ張られ、抱き寄せられた。
はだけた風磨の胸に、とすんと身体がおさまる。
『…ごめんって。自分でも驚いてる。こんなこと今まで思ったことなかったから』
背中に回された腕の力が、わずかに強くなるのがわかる。
もっと早くおまえと付き合えばよかった、という呟きは、どこかいじけたような響きを含んでいた。
「……初めてだよ」
『ん?』
風磨の胸に預けた身体を少し起こして、わたしを見下ろす目を見つめる。
「触られるだけでこんなにドキドキするのも、早く欲しいって思うのも、全部風磨が初めてだよ」
いじけた風磨を宥めるためとかじゃなくて、それは紛れもない本心だったから。
だからこそ言い終えたあと恥ずかしくなってまた顔をうずめると、『あ〜〜〜…っ』とうめくような声が聞こえた。
『…だからさぁ、緩急がずるいんだっておまえ』
長い指がわたしの顎を持ち上げて、唇が重なる。
やさしく強引なキスとともに、後ろに回った風磨の腕が、ワンピースのチャックを下ろして。
「……んは、この下着、超タイプ」
ニヤッと笑う風磨に、
『だってそういうの選んだもん』
と返すと、一瞬言葉に詰まったあと、その唇はまたゆっくり持ち上がる。
「……やぁっぱずりぃな」
そう言ってパチンとホックを外した指先。
綺麗なその手は、わたしの輪郭をなぞって、夜に溶けていった。