最終話
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それから3週間。
4月のカレンダーにも見慣れ、構内での勧誘のビラ配りも落ち着いた頃、わたしたちのサークルにも新入生が入ってきた。
聞いたところによると例年の10倍の申し込みがあったみたいで、会長が泣く泣く振るいにかけてメンバーを厳選したらしい。
「会長、やたらキャピっとした女子が多いのに対して、男子は見事にガリ勉タイプか見た目でわかるレベルの変人タイプしかいないんですけど」
「だって女子は元気がある方がいいし、男子で顔が良くていかにも大学生活を謳歌しそうなやつはムカつくだろ」
「男の嫉妬は醜すぎますよ」
ため息をつけば、サークル室の一角から黄色い声がぴちぱちと聞こえてくる。
「風磨先輩!わたしあの動画で風磨先輩のファンになってこのサークル入るの決めたんです〜!」
『え〜マジ? 動画と実物とどっちがかっこい?』
「断然実物です!」
『んは、照れるわぁ、ってまあほぼオレが言わせたようなもんか』
ワイワイ盛り上がる声は耳障りで、やっぱり、いつ聞いても妙にイライラしてしまう。
なんだあれ、ハーレムかっての。
カバンを持ち、サークル室を出ようと立ち上がったとき。
「ていうか動画見たときからずっと気になってたんですけど、風磨先輩と〇〇先輩ってほんとに付き合ってるんですか?」
聞こえた無邪気な質問に、スマホを滑る指が少しだけ止まった。
『いやまさか。あいつはただの友だち』
変わらない調子で返された答えと同時に「じゃあお先に失礼します」とサークル室を出た。
………大丈夫。もう痛いなんて思わない。
先延ばしにしていた問題に直面するでしょう、って今日の占いは言ってたっけ。
順位が良いときは信じて順位が悪いときは信じないなんて、そんな都合のいい信仰心はやっぱり通用しないらしい。
「やぁっと会えましたね。もしかしてわたしのこと避けてました?」
店長に頼みこんでシフトを被らないようにしてもらい、なんとか先延ばしにしていた問題が…サエちゃんが、微笑んでロッカーの扉から顔を覗かせて、思わずエプロンのリボンをほどく手が止まった。
まともに顔を合わせたのは1ヶ月ぶりくらいだろうか。
避けてました?なんて、あんな話をして、あんなことを知って、そのあとも変わらず接せられる強メンタルを持った人がこの世にどれくらいいるだろう。
「……今日シフト入ってないはずじゃ」
「このあと急遽ヘルプで入ることになったんですよ。店長から電話かかってきて、〇〇さんの終わり時間と微妙にかぶってるって知って二つ返事でOKしちゃいましたぁ」
わざとらしく小首を傾げたサエちゃんは、「てことで、これからお店入るので前置きもそこそこに本題なんですが」とパタンとロッカーの扉を閉じる。
「聞きましたよ。合コン三昧でずいぶん楽しそうですね?」
「…別にわたしが何してようが」
「バカなんですか?」
「…っ」
きゅる、と瞳を大きく動かして、彼女は大げさな動作で「あ、ごめんなさい」と口元に手を当てた。
「バカなんですか?じゃなくて、バカですね、が正しいですね。お互いのことに関しては、2人とも本当におバカさんです」
「…何が言いたいの」
「今さら距離感修正しようとしても無駄ですよ。おおかた、わたしの言葉が原因なんでしょうけど、トンチンカンにもほどがあるっていうか、とんだ奇行ですよ、それ。だって修正とか言ったって、あなたたち、そもそもの距離感覚がバグってるんですから」
「それでも、背負う方法がこれしかわからないから」
「っだからそれが間違ってますって!」
ふざけた調子で掴みどころなく喋っていたサエちゃんの口調が鋭く激しいものに変わる。
驚いて思わず落としていた視線をあげれば、からかうようにこちらを見ていた瞳は冷たく燃えていた。
「背負うなんて言って、結局そんなのただの逃げじゃないですか。わたしが言ったのは、骸の上に立つ覚悟を決めろってことです!あなたたちの巻き添えになって積み上げられていった骸を踏みつけて立たなきゃ。同じ土俵に上がらなきゃ。それが背負うってことです」
サエちゃんは小さく息を吐くと、少しだけ俯いた。
「…わたし、〇〇さんの謙遜しないところ好きですよ。だから、今さら似合わないことやめてください。背負って、踏みつけて、他の女なんか比にならないくらいわたしは彼の特別だって、彼の隣で誰よりも綺麗に笑えばいい。あなたにはそうしなきゃいけない義務がある」
……いつもどこか薄幸そうな彼女の笑みは、目を背けたくなるほど強く眩しくて。
泣いちゃだめだ。
たとえそれが悲しみの涙じゃなくても、それでも。
眉根に力を入れる。
もう一度わたしは特別になれるんだろうかとか、そんな弱気な言葉もいらない。
「…言わせてごめん、サエちゃん」
「言いたいこと言っただけですし、なじられることはあっても謝罪される謂れはないです」
「…じゃあ、ありがとう」
「……別に感謝も……まあでもせっかくなら、最後にひとつお願いしてもいいですか」
「?」
「ヘルプ出勤で行けなくなった合コン、わたしの代理で参加してきてください。〇〇さん得意でしょ♪」
彼女はマップの表示されたスマホをかざして、にこりと笑った。