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『じゃ、〇〇がフラれた記念にカンパーイ』
「ちがう!私がフったの!!」
私の反論をハイハイと受け流して、勢いよくビールを煽ったあと『冷えたビールってマジ最高』と風磨は呟いた。
目の前に置かれた浅漬けと梅水晶とえいひれ。大学から二駅先のこの居酒屋に来るとき、私たちが決まって頼む3つだ。
『んで、一応聞くけど今回はなにが理由だったん?』
「ミリも興味ない顔するのやめられる?」
『だって毎度のことすぎんだもん』
風磨はすでに半分まで減ったジョッキを置くと、その手を胸の前で合わせてこちらを向き、『付き合うなら私をめいっぱい甘やかしてくれる年上の紳士!♡』と気色悪い裏声を出し、上目遣いで小首を傾げた。
「まさかとは思うけど、もしそれ私の真似だったら燃やすよ?」
『うわ、こえぇよ』
とか言って、ニヤッと笑うその顔は全然怖がってるように見えない。
『いや毎回言うけどさァ、お前の言うタイプの男ってこの世に存在しないから。だいたい女子大生に手ぇ出す年上ってもうその時点で“察し”って感じじゃん』
「世の中みんな風磨みたいにエロいことばっか考えてる人だけじゃないから」
『じゃあ今回別れたのはなんでよ。付き合い始めたときは散々オレにノロけてきたくせに』
あれうざかったわ〜とニヤニヤ笑う風磨は完全に面白がっている。
……ほんと、この男はニヤッとかニヤニヤとかそういう表情が似合う。笑顔が爽やかだった元カレとは正反対、とまたうっかり元カレのことを思い出してしまって腹立たしくなり、ジョッキを煽った。
「…だってさあ」
『おん』
「えっちのとき、首絞めてきたんだもん」
『首?』
「そう、首」
またムカついてきて、思わず舌打ちをする。
「いきなりだよ?私になんの断りも同意もなしにいきなり。普段優しかったから余計に“こういうプレイ好きなんだ”ってドン引きしたっていうか、首絞められるとか初めてで“マジで殺される”ってパニクって」
『うん』
「腹蹴ったんだよね」
『……ん?』
「そしたら相当痛かったみたいで、とりあえずナカで萎えてくれて助かって、そのままその場でバイバイ。マジなかったわあれ」
『……いや、え、腹って、ヤってる最中に彼氏の腹蹴ったん?おまえ』
「“元”彼氏ね。だって、本当に蹴りたいとこはナカ入っちゃってたんだもん」
蹴った瞬間の元カレの顔が脳裏に浮かぶ。
普段は穏やかで品が良くて、私を誘う時もあんなに甘くロマンチックだったのに、あのときはお腹を押さえながら口を半開きにして眉を下げていて、見たことないほど情けない顔をしていた。
あれじゃあ100年の恋も醒めるってもんだ。
その顔を記憶から押し流してしまうようにビールを飲んで、そういえば隣がやけに静かなことに気づく。
どうしたんだろうと横を向くと、風磨は頭を落として、その肩はふるふると小刻みに震えていた。
大丈夫?と心配になって覗き込めば、ゆっくりと上げられた顔は息をするのも苦しそうにヒィヒィと笑っていた。
『……おま…っ……驚いたにしても……っ普通蹴る?!……ほんとやば……っ……“ナカ入っちゃってたんだもん”じゃねーよっ……』
よほどツボに入ったのか、目にはうっすら涙まで浮かんでいる。
そんな笑わなくても、と口を尖らせようとしたけど、やっぱりいつも通り、つられて笑ってしまった。
この顔にわたしは弱いんだ。
いつものニヤニヤ笑いじゃなくて、本当にお腹の底から笑ってるときにする風磨の表情。いつもの生意気そうな顔が柔らかく崩れて、ふにゃんと幼くなるその表情を、わたしはわりと気に入っていて。
肌が白くてもちもちしているから、普段とのギャップで余計あどけない。この顔を見ると、なんだか絆されてしまうのは、赤ちゃんを見てるだけで幸せな気持ちになれるあの感じ、みたいなものかもしれない。
本人に言ったら、きっとふてくされるんだろうけど。
『…はぁーサイッコー、やっぱおまえサイコーだよ』
「もー褒められてる気しないんですけど」
むくれた顔をして見せると、風磨はフッと笑った。
『…おまえさ、そーいうとこ好きになってくれるやつと付き合えばいいのに』
「え?」
『タイプ追っかけて変に猫かぶって付き合うより、おまえのそういう面白いとこを好きっていうやつと付き合ったほうが、おまえは絶対幸せになる』
妙に自信ありげな口調で断言されて、小さく動揺する。
風磨はたまにこういうことを言う。
───単なる男友達のラインを0.1㎜だけ超えたような、こういう言葉。
そのたびに、なんて返したらいいか、いつも迷って。
「…っそれより風磨は?例の他大の清楚系美女!付き合い始めたんでしょ!」
『あ〜聞いちゃうそれ?オレの可愛い彼女の話しちゃう?』
風磨は頰を緩めて嬉しそうにノロけだす。
───何て返そうか迷うたび、決まっていつも話を逸らす。
そして、いつも頭の隅でこっそりと、取らなかった方の選択肢を考える。
あの言葉を、目を、真っ直ぐ受け取ったら。
……だけど何度想像しても、その先は全然ちっとも見えてこないから。
やっぱりわたしは次も、話を逸らしてしまうんだ。
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