③
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あの星の形を、今でも覚えている。
空に伸ばした手のひらの先、有名な、デネブ、アルタイル、ベガ、だっただろうか。
伸ばしても伸ばしても、全然距離なんか縮まる気がしなくて、思わず笑ってしまった。
手を伸ばしたところで、触れられる気も到底しなかったけれど。
ぱちん、とあの火球が、まぶたの裏で、爆ぜた。
梅雨が明けたと思ったら、まるでチャンネルが変わったみたいにいきなり猛暑になった。
もうすぐ夏休み。
チャリで学校に来るだけでワイシャツは汗でびしょ濡れになってしまうから、最近、登校するときは校則を無視しTシャツを着て、学校に着いたらワイシャツに着替えるようにしている。
もともとあまり汗をかかないタイプだけど、なんていうか今年の夏はねちっこい。パタパタと襟を掴んであおぎながら教室に入り、目の前のピンク頭に声をかける。
『はよぉ〜』
「はよ」
『なぁ樹、ボディーシート持ってね? ちょうど切らした』
「あ〜ごめん、オレも今日忘れたんだよ、女子とか持ってんじゃん?」
『たしか〜し』
少し離れたところに固まっている女子の方へ近づくと、彼女たちは何か夢中で話し合い、白熱した議論を交わしているようだった。
『な〜にしてんの』
「わっ風磨か!」
「盗み聞きやめてよ」
『聞こえてくんだもん、めっちゃ盛り上がってるけど何話してんの』
「うちの学年の男子で付き合うならランキング決定版について」
『……うっわ、何その怖すぎる話し合い…』
女子の話ってたまに驚くほどえげつない。
ドン引きしているオレをよそに、彼女たちはきゃっきゃと楽しそうに議論を再開する。
「やっぱ、1位は3組の“王子”っしょ〜」
「まあそこは揺るがないよね、2位は6組の委員長?」
「え〜〜たしかにかっこいいけど性格が硬すぎない?」
「付き合うなら真面目に越したことないっしょ」
「そりゃあんた、彼氏の浮気がこないだ発覚したからでしょーが」
「うるさい!傷抉んないで!!」
わやわやとテンポよく進む会話に、平然を装い尋ねる。
『で、オレは何位?』
「ん〜〜風磨は………18位?」
『はぁぁぁあ?!』
不満と抗議の意で思わず声を張り上げるも、彼女たちは一堂に「たしかに、風磨と、あと樹は20位前後だよね」と頷いている。
『ちょいちょいちょいちょい、は、意味わかんないんすけど。どう低く見積もっても確実に10位以内だろーが』
「それ自分で言う?」
ケラケラと笑われるが、こっちはわりと結構本気だし、モテはオレにとって死活問題だ。
「まあ、たしかに見た目とか話しやすさとかでいったら余裕で10位以内だけどさあ」
「だって、風磨も樹も付き合ったら疲れそうだもん」
「それねー」
「チャラくて下手にモテるから気が休まらなさそうだし」
『ちょ、下手にって何、下手にって』
「あと飽きんの早そ〜〜、こっちがどんどん本気になっていった瞬間、ポイってされそ〜〜」
「わかる〜〜」
『偏見甚しすぎる…』
「そーお?だって今まで付き合った中で最長どのくらい?」
問われて、しばらく記憶を掘る。1番最近別れたあの子は見た目がタイプで付き合ってみたはいいものの、ノリが合わなくて2週間しか続かなかった。その前は委員会の後輩で、可愛かったし話も合ったけど、だんだん束縛が激しくなって1ヶ月とちょっとくらいだっただろうか。
『………3ヶ月?』
ほんのすこーしだけ盛った答えに、それでも彼女たちは、ほら見たことかという目線を向けた。
それ以上の反論を許さない彼女たちの圧に、すごすごと負けを認め席に戻ると、樹がこっちを振り向いた。
「ボディーシート、貸してもらえた?」
『……オレら、20位前後らしいよ』
「は?」
なにが、と問いかけてくる樹を優しさでスルーする。世の中、知らない方がいいこともある。
そういえば、前の彼女と別れてからもう1ヶ月くらいか。
こんなに長い間、彼女がいないことも久しぶりで、だけどすぐにその理由に思い当たった。
退屈してないからだ。
あの鮮烈な出会いから、気づけばもう半月経っていた。
ポケットの中でスマホが震える。
画面を開けば、“姫さん”と表示された通知が1番上に来ていた。
昨日の夜オレが送ったメッセージ。
[ 夏っぽいことしようよ、何がしたい?]
その下にポツンと浮かんだ一言に、思わず口元が緩んだ。
放課後、一旦家に帰って着替えてから諸々の用事をこなし、日が暮れる頃に向かったのは、いつもの屋上ではなく河川敷の橋の下だった。
持ってきた荷物をほどいていると、「遅れてすみません」と上から声がした。
『……制服以外のカッコ、初めて見た』
正確には、こないだバーベキューのときに半袖Tシャツを着てるのを見たけど、あれは下が制服スカートだったしノーカンだ。
彼女の白いワンピースの裾が体の揺れに合わせてふわりと広がった。藍色が混じりはじめた空にうかんだそれは、海月に似ている。
「たしかに学校以外、ていうか屋上以外で会うの初めてですね」
『いつもの制服の姫さんもいいけど、美人は何着ても似合うのな。すげー可愛い』
「はーいありがとーございまぁーす」
『あはっ、めっちゃ棒読みじゃん。ここはドキッとするとこじゃないの?』
「だって、先輩そういうの色んな人に言ってるってわかるもん」
“わかるもん”なんて、いつものきっちりとした敬語の最後、不意につけられた可愛い語尾に、逆にこっちがドキッとさせられて苦笑する。
こういうところ。
こっちのペースには簡単に乗ってくれなくて、一筋縄じゃいかないところが、いつも新鮮で飽きない。
横にしゃがみ込んだ彼女の白い肌と白いワンピースに、さらりと落ちた黒髪が映える。
たしかに女の子のことはよく褒めるし、それが男のマナーだと思ってるし、きっとこういうのが「チャラい」と言われる所以なんだろうけど。
すげー可愛いって、わりと本気で言ったんだけどな。
「先輩、もう暗くなってきたし始めましょ」
『ん、やろっか』
火をつけたろうそくに、一本目の花火を近づけた。