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〈boy’s side〉
次の日の夕方、屋上に来た彼女は、コンロと鉄板の前に立ってるオレをみてドン引きしていた。
「匂いがつくからTシャツで来てって言われた時点で、まさかとは思ってたんですが、本当にやるとは…しかも旧校舎とはいえ学校の屋上で……」
『だって2人でやるのにバーベキュー場はでかすぎっしょ』
「……わりと無理難題を吹っかけたつもりだったんですが……道具とかどうしたんですか」
『家にあるもん、チャリに括り付けてきた』
「そうですか…」
諦めたように頭を振ったけれど、それでも、火をつけた鉄板に油を塗り、肉や野菜のジュージューという音が聞こえてくると、彼女はそわそわとこちらへやってきた。
「……ありがとうございます。バーベキューがしたかったのは、ほんとなので」
少しだけ嬉しそうに緩んだ口元。
オレの前で笑った彼女を初めて見た。
それが無性に嬉しくて、ホイホイと焼けた肉で彼女の皿をいっぱいにして、ついでに自分の皿も埋める。
いただきます、と綺麗に手を合わせて、彼女はパキンと割り箸を割る。
綺麗に分かれた割り箸を見て、なんとなく、きっと彼女の割り箸は、いつも真ん中から綺麗に割れるんだろうなと思った。
「あの、こんなこと食事をしているときにする話じゃないかなと思うんですけど」
彼女はひとしきり肉を頬張ったあと、椎茸の焼き加減を確認しながらそう前置いた。
『ん、何?』
「わたし、先輩とセックスはしませんよ」
想定外どころではないセリフにゴホゴホと思わずむせ、何度か胸を叩いてやっと口の中のものを飲み込んだ。
『はあ?!どういう脈絡それ?!』
「あ、てっきりそういうつもりでわたしに絡んできているのかと…」
勘違いだったらすみませんでした、と彼女は新しい肉を鉄板に乗せながら、ちらりとこちらを見た。
「最初会ったときも“付き合って”とか言ってくるし、それに、何回かそういう現場に遭遇してしまっていたので、てっきり」
『は?』
「わたし、1人になれる場所を探して結構校内を歩いてたりするんですけど、時々、先客がいることがあって。ちらりとしか見えませんでしたけど、理科室では茶髪のセミロング、その2ヶ月後に遭遇した図書準備室では、黒髪ショートの方でしたっけ。可愛らしい声で喘いでましたね」
悪戯っぽそうに彼女に見つめられ、返答に窮する。
彼女の言ったどちらにも、しっかりばっちり心当たりがあった。
『……少しだけ弁明させてもらえば、それぞれちゃんとそのときの彼女だったし、オレはホテル行こって言いました』
「別に、責めてませんってば」
彼女はくすりと笑った。
清楚な見た目のわりに、セックスとか喘ぐとか、そういう言葉をためらいなくポンポン使う。
オレの周りもそういう言葉に躊躇がないタイプの女子が多いけど、彼女にはなんていうか、そんな言葉を使っていても俗っぽさに染まらない、不可侵性がある気がする。
夕焼けの空は赤くにじんで、彼女の唇の色に深みを加える。
いつも気になった子には、それが恋愛的な興味かどうかは置いておき、とりあえずわりと積極的にモーションをかけていくタイプだと自負しているけど、彼女に対してはなぜか調子が狂う。
言い表すなら、まさに「姫」というか。
触れることのできない、聖域のようで。
「先輩って、好きな食べ物ありますか?」
煙の向こうから聞こえた問いに、ハッと意識を引き戻された。
“好きな食べ物なんですか”じゃないんだな、と少しだけ不思議に思いながら答える。
『んー、それこそ肉は好きだけど』
「いつでも好きですか?」
『いつでも?』
オレが育てた肉を一枚かっさらって、「そう、いつでも」と、彼女はかすかに笑う。
「風邪の日も、起きた瞬間も、いつでもお肉を食べたいですか?」
『いや、さすがにそれは』
「まあ、普通そうですよね」
ペットボトルの水を一口飲み、一拍、間を置いてから、彼女は「だから」と続けた。
「だから、いつでも食べられるって、軽く言っちゃうし聞こえちゃう言葉ですけど、それって相当、気がおかしいくらいに好きって意味のことなんです」
彼女が箸を止め、こちらを見つめた。
すでに風は、夜の匂いをはらんでいた。
前も思ったけど、やっぱり彼女の目は、色素が薄くてひまわりに似ている。
「本当に好きになるって、いつでも、どんなときでも、一分一秒も欠かさず好きでいつづけて、気が狂いそうになるくらいのそれが、日常になるってことですよ」
それはどこか、自嘲するような響きを含んでいるような気がしたけど、気のせいだったかもしれない。
一瞬あとにはもう、最後の一枚を、彼女はぺろりと綺麗な所作で口へ放り込んでいたから。
おいしい、と笑う彼女を見ながら、歴代彼女の顔が思い浮かべて、だけど彼女たちとどんな会話をしたのかは、まるで思い出せなかった。
『……それ、オレの話?』
「アイスの話、です」
買ってきてくれてありがとうございました、嬉しかったです、と笑った彼女に思わず手を伸ばしそうになったけど、やっぱりなぜかできなかった。
夜風に梳かされて、彼女の黒髪に夏の大三角が踊っていた。
翌日、姫さんのことをいろいろ教えてくれたお礼になんでもおごる、と岸と一緒にコンビニへ行くと、岸は真っ先にリポDを手に取った。
「風磨くん、いんすか?!奢ってもらっちゃって!」
『いーよそんくらい別に。てか、逆にそんなんでいーの?せっかくだからもっと高いもん選べばいいのに』
リポDを片手にニコニコしている岸にそう言えば、岸は「いやいやいや!」と大げさにブンブンと腕を振った。
「これほぼ毎日飲んでるんで!」
『……風邪の日も?』
「飲みますね!」
『朝イチでも?』
「余裕で飲めます!」
『……かっけーな、おまえ』
呟けば、岸は少し首を傾げたあと「あざっす!」と元気よく笑った。
夏風のすり抜ける音と一緒に、彼女の声が耳の中で響き続けていた。