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夏という季節は、何かを諦めるのにちょうどいい季節だ、と思っていた。
灼熱の外に削がれてしまう出かける気力。
塗ったそばから汗で溶け流れる日焼け止め。
すぐに腐ってしまった2日目のカレー。
あの夏、わたしは初めて夏休みの宿題を提出しなかった。
銀色のフープピアスが、『やるじゃん』と笑いながら隣で揺れていたことは、今でもやけに鮮明に思い出せてしまう。
〈girl’s side〉
『おっはよーございまーす』
「ひゃっ」
うつらうつらと宙を泳いでいた意識は、上から降ってきた声と首元に当てられたヒヤリとした感触に、一気にわたしの体に戻ってきた。
日陰とはいえ、屋上はやっぱり眩しい。細く開けた目が光の粒子に慣れた頃、次第に見えてきたのはこちらを覗き込む奥二重だった。
『寝不足?』
太陽を背負って、逆光に映る顔がその口角を上げる。
「最近寝つき悪くて…って、え、」
『はーい起きて起きて』
「いや、え?」
『ほらアイス。これ、姫さん好きっしょ』
「は、ちょっと色々ツッコミが追いつかないんですけ」
ど、を言い終わる前に、ぴとりと唇にアイスをくっつけられる。
『溶けちゃうから口開けて』
言っている間にも触れたところからアイスが落ちそうになって、慌てて棒ごと受け取って口に含む。
チョコミントの独特の清涼感とパリッとした感触が喉を通った。
「……なんでわたしがこれ好きって知ってるんですか」
『岸、同じクラスっしょ?姫さんのこといろいろ聞いたから』
「……その“姫さん”って、もしかして、わたしのことですか?」
『それ以外に誰がいんの』
ケラケラと笑うと、それに合わせて校則違反のピアスが揺れて、ふわりと清涼剤の匂いがした。
『シータって呼ばれてるんでしょ?つまりお姫さまじゃん』
「たしかに役はそういう設定でしたけど…」
某ジブリ作品のあの三つ編みの女の子を思い浮かべる。
だからって“姫さん”なんて呼び方は、おちょくられているようにしか聞こえず、けれど、そう反論するのも面倒くさくて、まあ呼び方くらいなんでもいいかとすぐに反発心を放棄した。
ぬるい風が肌をなでる。
木の棒についた水色を最後にひと舐めすると、その様子をどこか満足気に見守る視線と目が合った。
そのせいで一瞬、何を話そうとしたか忘れてしまって、「あ、」と小さく声が漏れた。
『ん?何?』
首をわずかに傾げ、こちらを見つめる奥二重に、言おうとしてた言葉を急いで思い出した。
「あ、このアイス、期間限定だし品薄って聞いてたんですけど、学校前のコンビニに入荷されてたんですか?わたしも結構探したんですけど」
夏限定のこのアイスは、わたし含むコアなチョコミントファンたちが買い占めてしまって、全国的に品薄になっているという話だった。
学校生協も例外ではなく、1週間前から水色のパッケージは姿を消してしまい、毎夏これを食べるのを楽しみにしているわたしは、ひそかに気落ちしていた。
コンビニに入荷されていたなら朗報だ、と期待しながら菊池先輩のことを見つめるも、先輩はゆるゆると首を横に振った。
『や、コンビニも見たけどなかったよそれ。てか、マジでどこにもなかった』
「え、じゃあこれ…」
『スーパーとかコンビニとか5、6軒回って、業務スーパーでやっと見つけた』
「業務スーパーまで行ったんですか?!」
学校から業務スーパーまではそこそこ遠くて、何よりキツイ坂を登らなくてはたどり着かないから、いくらコンビニやスーパーより安くても、うちの生徒は滅多に行かない。
しかも、この暑さの中。
『クーラーボックス持ってったのが功を奏したよね〜。あるぶん全部買ってきて20本くらい家庭科室の冷凍庫に入れといたから、好きな時に食べてよ』
「……な、なんのつもりですかそれ…」
へらりと笑う顔が、何を考えているかわからず、もはや怖い。
一歩後ずさったわたしを見て、先輩は吹き出した。
『そんな警戒しないでよ。まあ、強いて言えば姫に仕える従者とか、そんなつもり?』
悪戯っぽそうに顔を覗き込まれて、ひくりと頬が引きつる。
なんだ、この人。
「意味わかんないですし、チャラすぎて無理なんですけど……」
『んはっ、バチクソ言うやん』
強い日差しに先輩の染めた髪が透けて、耳元の銀色のピアスが反射する。
ひとつ上の、チャラくて、目立って、隣にいる女の子が頻繁に変わって、同じクラスの岸くんと仲が良くて、女子がいつもキャーキャー噂している先輩。
そんなイメージを持っていたけど、この人は、どうやらもっと複雑で、なんていうか“おかしい”。
「……ていうか、わたし、このまえ先輩のこと脅したつもりだったんですけど、もしかして伝わってませんでした?」
皮肉を込めたつもりの言葉に、先輩はなぜか嬉しそうに、ますますその目尻を下げた。
『いや、全然伝わってる。超伝わってる。ギュンッギュンに伝わって、撃ち抜かれたよね』
「はあ?」
『ほんと、それこそ女の子が空から降ってきたくらいの衝撃だった』
先輩はグッと身をこちらに乗り出した。
『まず優等生がタバコ吸ってたって時点でインパクト抜群じゃん。ギャップ萌えっていうか、普段はもしかして猫かぶってんの?今話してみても、やっぱいいよね、その取り繕わない感じ』
「何言ってるんですか…?」
『あとオレを脅したときの表情!あれ、めちゃくちゃ鳥肌立った。清楚な子がするヤバい顔って最高につきるっていうオレの持論はやっぱ正しかったわ』
「えっと、わりと果てしなく気持ち悪いんですが…」
『それとさぁ……』
興奮気味に話す先輩には、わたしの言葉なんか聞こえてないらしい。
どんどん増していく語気とともに、先輩の髪の毛が風に吹かれてさらさらなびく。
先輩の声をBGMにした空は、やっぱり今日も青くて、真っ白い雲が所々ぽっかりと浮かんでいて。
強まっていく語気を全て受け止めるのもなんだかバカらしく、適当に聞き流しながら、あっちの雲は牛に似ていて、あっちの雲はキノコ、その隣の雲は、子豚に似ている、とぼんやり意識は浮遊していく。
『つまり、この子の隣にいたら超面白いんだろーなって確信したっていうか』
「はあ…」
『だから、まとわりつかれて迷惑かもしんねーけど、かわりに好きに使ってくれていいからさ。わりと有能よ?オレ』
あの雲はとうもろこし…と考えていたところに『ほらほら、何かしたいこと言ってみ』と、ヒョイっと目線を合わせられた。
「……したいこと」
牛、キノコ、子豚、とうもろこし。
「……バーベキュー、したいです」