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あの年は、夏がなかなか来なかった。
梅雨明けが7月中に来ないなんて10数年ぶりだとか、そんなことがニュースで言われていた気がする。
毎日は、バカで、楽しくて、だけどちょっぴり重苦しく退屈で。
夏が来れば、あの青い空と眩しい日差しさえあれば、なんだかスコンと、いろんなことが上手くいく気がしていた。
僕たちは、夏を待ちわびていた。
『っだぁあ!!!』
手のひらをかすめたボールは、オレを置いて空に綺麗な弧を描き、ネットを揺らした。
元バスケ部はズルいべ、と横からニヤニヤと口を出してきた樹は、そう言ったらオレがどんなハンデでも受けて立つことを見越していたんだろう。
見越されているのをわかっていながら、加えて岸の運動神経の良さも知っていながら、それでも引き受けてしまったんだから、やっぱり完全にオレの負けだ。
「風磨くん、さっせん…」
申し訳なさそうに肩をすくめる岸の向こうで、樹がゲラゲラ笑っている。
校則をガン無視したピンク頭の横で、最初は0対5だった得点板は、終わった今は9対10を指していた。
肌にペタリと貼りついたTシャツをあおぐと、隙間から湿気を含んだ生ぬるい風が入り込んだ。
今年の夏はなんだか不機嫌だ。
もう7月も終わるっていうのに、まだ空はぐずついて重苦しく、雨は降るか降らないか優柔不断に決めかねているかのように、天気予報があてにならない日が続いている。
「風磨くん、水どうぞ」
『サンキュ』
差し出されたペットボトルをあおると、ぬるい感触が喉を通り過ぎた。
「接戦だったねー」
こちらにやってきた樹は、人の悪い笑みを浮かべた。
『うるせーピンク頭、校則違反でせんせーに言いつけるぞ』
「おまえのピアスもがっつり違反だっつーの」
『おまえが派手なナリしてっからオレら不良だって言われんだよ』
「実際いい子ではないっしょ。…んで、罰ゲームどうする?」
小さく舌打ちをする。話を逸そうという魂胆は見抜かれていたらしい。
樹を見て、岸は困ったようにアワアワと手を振った。
「いやでも樹くん、オレ5点もハンデもらいましたし、罰ゲームはさすがに…」
「いーや、最初にやるっつったのはこいつだし、こーゆーのはちゃんとしないと」
「でも…」
『いーよやるよ』
負けたし、と付け足すと、樹は気持ち悪い笑顔を浮かべて「さぁすが菊池くんかっくいー」と囃し立てるから、『マジうざい』と小突くと、樹は大げさに痛がるフリをした。
『で、何すればいいの』
「どうせなら、夏だし青春ぽさがあるやつがいいよな」
『はあ?』
「告白、とか」
にやりと笑った樹の横で、「うわ!アオハル感ハンパねっす!」と、さっきまで申し訳なさそうな顔をしていたのはどこへやら、無邪気に岸がはしゃぐ。
『趣味悪すぎね?』
「えーいいじゃん、夏だし1回くらい可愛い子にコクって振られてきてよ」
『振られる前提かい』
「あ」
ぷつんと糸を切るように響いた岸の声。
その目線は、オレらを通り越して、フェンスの反対側に向けられていた。
『どした岸』
「いや、あの人」
人差し指だけでは失礼になると思ったのか、岸は行儀良く五本指すべてを向けて指差したけど、行儀が良すぎてその仕草はどこかアホっぽい。
笑いをこらえて指差された先を見ると、ロングの黒髪を揺らした女子生徒が歩いていた。
「シータなんですけど」
『は?シータ??なに、数学?』
「いや、みんなあの人のことそう呼んでるんです。うちのクラスの女子なんすけど、文化祭でそういう名前の役をやってて」
そういえば、5月終わりにあった文化祭で、岸のクラスは某ジブリ作品のパロディ劇をやっていたなと思い出す。内容はくだらないのに、やけにクオリティが高くて面白くて、そして主演の子がやたら美人だった。
そうか、何となく見覚えがある気がしたけど、あのときの子か。
「美人で成績優秀でみんなに優しいっていう、いわゆる高菜の花で」
『高菜じゃなくて、高嶺、な』
さすがにツッコむと、横で樹が堪えきれず吹き出す。
岸は「あ、さっせん」と単純に言い間違えたみたいな顔をして謝って、それがまたツボにハマる。
「なんで旧校舎の方に歩いてったんだろ」
まだ笑いを残したまま、確かにそういえば、と、彼女が歩いていった先をもう一度見つめる。
学校裏にあるこのバスケットコートの先には、数年前まで使われていたという旧校舎しかない。
取り壊し時期が延び延びになってしまっているという旧校舎は、生徒の立ち入りは禁止されている。灰色で錆びれた印象を受けるその場所には、幽霊が出るだとか、怪奇現象が起きるだとか、そういうよくある噂が流れていて、気味悪がって近寄る人間はほとんどいなかった。
「じゃあ風磨、いってらっしゃい」
樹はニヤニヤと笑いながら、背のわりに小さめな手をひらひらと振った。
『いや、は?』
「この流れってそういうことでしょ」
なあ岸、と樹にふられた岸は「???…はい!!」と絶対に何も理解してないまま元気よく返事をした。
……覚えてろよ岸。
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