彼はゲームがお上手
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ギリギリ届くか届かないかという高さの本棚の前で、返却図書を手にしてうーんうーんと背伸びをしていれば、後ろからさっと本が取られて空いていたスペースに収まった。
『バイト被るの久しぶりじゃない?』
後ろから聞こえた声に振り向くと、にこりと微笑む中島くんが立っていた。
「あっ、おひさしぶりです…」
突然のことに思わず目が泳げば、『なんで敬語』と、からかいを含んだような声が上から降ってくる。
男の人との会話ということだけでも緊張するのに、それが憧れの人となれば尚更緊張してしまう。
『そういえば、最近マリと仲良いんだって?』
テンポよく本を棚に戻しながら、中島くんは『〇〇さんとマリってなんか不思議な組み合わせだな〜』と笑う。
「あ〜、経済学、教えてて」
『そっか、〇〇さん経済学部だもんね。どう?マリの先生をやってみて』
「……楽しいよ」
自分で口にしたその言葉は、紛れもなく本心だった。
彼と過ごす時間は、楽しい。
最初は嫌々だったはずなのに、気づけば、いつしかあのカフェでの午後の時間をワクワクしながら待っている自分がいた。
NOと言えなくて、なんて理由じゃなくて、自分から進んで。
テストは3日後に迫った。
彼との勉強会は、今日を含めてあと3回。
その3回が終われば、わたしの先生としての役目は終わって、彼との繋がりもなくなる。
口の端をまるくして笑う彼の顔は、数日前からわたしの頭の中から離れず、日に日にその色は濃くなっている。
それを振り払うように「あのね」と言葉を無理に押し出した。
「マリウスくんったら、AAを取りたいなんて言ってて」
『へえ、あいつ相変わらずだな』
「ね?AAはさすがにってわたしも言ったんだけど」
『そんな難しいんだ、結構専門的な内容なの?』
「ああ、内容自体は経済学入門だから基本的なものなんだけど、そもそもマリウスくん国際教養学部でしょ?やっぱり苦戦してて」
『…え?』
中島くんが、目をぱちぱちと瞬かせてこちらを振り向いた。
その表情に、思わずわたしも手を止める。
彼は首を傾げながら、口を開いた。
いつものカフェに行けば、マリウスくんはもう先に来ていて、いつもの席に座っていた。
わたしに気づくと、飼い主を見つけた犬のように嬉しそうに笑って片手をあげて、だけどその仕草が今は憎たらしい。
テーブルにドンと手をついて、身を乗り出す。
「ねえ、勉強できないなんて嘘じゃん!」
中島くんから聞いたこと。
“それ、おかしいよ。マリ、高校までインターナショナルスクールで、経済学はある程度身についてるはずだけど”
“それにあいつ、たぶん学部のなかで5本の指に入るくらいは優秀だよ?成績もほとんどAAじゃなかったかな”
走ってきて、はあはあ、とまだ息が整わないわたしを前に、彼は目を見開いてしばらくこちらを見たあと、ふんわりと笑った。
『あーあ、バレちゃった』
そして、ゆっくりと髪をかきあげる。
彼の纏う色が変わる。
現れたのは、知的さと悪戯っぽさに満ちた表情で。
思わず、息をのんだ。
『嘘はついてないよ?経済学で使う漢字、難しいもん』
ねえ?と同意を求めるように、彼はくるん、と軽やかにフォークを回した。
だから、と重ねた言葉とともにこちらを覗き込まれる。
『約束は約束ですからね?センパイ』
そしてまた、天使のようにふわりと笑った彼を見て、初めて気づく。
勉強を教えて、と言われたあのときから。
NOと言えなかったわけじゃない。
最初から、彼の前ではNOという選択肢なんて与えられていなかったことに。
「……ばーか」
悔し紛れに放ったわたしの幼稚な悪態に、彼は、また口の端をまるくして、んふ、と笑った。
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