小話⑥ 球技大会
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ーS.M sideー
『勝利、全然笑ってないじゃん』
インスタにアップされた画像をいくらスクロールしても、隣の女の子はふんわりと頬を染めているのに、勝利はスンと澄ました表情ばかり。
購買で買ったあんぱんの袋をぺりぺりと破きながら写真をチェックするオレに、勝利は頬張った卵焼きをごくんと飲み込んで、だって、と反論した。
『最初は笑おうとしてたけど、不自然だから笑うなって言われたんだよ』
『あー、勝利表情筋発達してないもんね』
『発達してないとか言うな』
カメラの前でぎこちない笑みを浮かべる勝利が簡単に思い描けて、思わず吹き出してしまった。
なんでもソツなくこなす勝利だけど、そういえば中学のクラス写真も、1人だけ強張った顔をしてたっけ。
真顔ばかりの写真は、どれもまるでカップルには見えない。
それでも、コメント欄は勝利の容姿を褒め称える言葉でいっぱいだし、写真をあげるたび、その反響は大きくなる一方だ。
ほーんと、オレの友だちは、何をしてても、どんな瞬間を切り取ってもかっこいい……って、まあそんなのずっと前から知ってたけど。
『ていうか、なんでいきなりコンテストに出ることになったの?』
投げかけた問いに、勝利は『んー』と小さく首を傾げる。
『なんか知らないうちに決まってた』
『どうせまた話聞いてなかったんでしょー。4組、なかなか写真出さないなとは思ってたけど』
『オレの知らないとこで、相手の女子をどうするかでちょっと揉めてたっぽい』
『あー』
その光景も簡単に想像がついた。
本人たちは大っぴらに言わないけど、勝利と莉子が付き合ってることは、なんとなくみんな察している。
だから、以前と比べて勝利を囲む女子たちの勢いは落ち着いたし、告白現場に遭遇することも前ほど頻繁にはなくなっていた。
けど今回、莉子は敵クラス。ちゃんとした理由ができてしまえば、勝利の隣の座を巡って4組の女子たちの間で壮絶な争いが繰り広げられたのは、火を見るより明らかだった。
『莉子はコンテスト出るって聞いて、なんて言ってたの?』
『別にふつう。“ふーん、そっか”って』
………莉子、相当無理してそれ言ったんだろうな。
思わず苦笑いをしてしまった。
だってこのあいだの夜「聞いてよ聡ちゃん!!」とかかってきた電話で、莉子は3時間もずっと愚痴りっぱなしだったんだから。
[なんでどこの誰かもわかんないような女とコンテスト出るわけ?!]
[ていうかあの女、絶対勝利のこと好きじゃん!距離近くてムカつくんだけど!]
[たしかにわたしもそうちゃんと出てるけどさ!でも聡ちゃんはノーカンじゃん!]
[ちょっと!聞いてる?!寝ないでよ!]
自分もオレとコンテストに出てる手前、勝利に面と向かって怒ることができず、このコンテストを誰よりも楽しんでいるひよりに水を差すわけにもいかず、結局話せるのはオレだけだったんだろう。今日も教室で、怖い顔をしてインスタを見ていた。
そんなに嫌なら勝利に言えばいいじゃん、と言ったら、「それはさすがに自分勝手すぎるもん…」と、莉子は少しだけ眉を下げ口を尖らせた。
いつも強気に振る舞っているのに、勝利に関することだと、ちょっぴり莉子は及び腰になるときがある。そんな弱気にならなくたって、莉子が心配するようなことは、たぶん何もないのに。
『しょーりさぁ、なんで断らなかったの?コンテストに出るのとか苦手でしょ?』
残り一口になったあんぱんを口に放り込んで尋ねる。
『…だって、あんなクラス全員を前に“やらない”って突っぱねるほうが大変そうだったし、球技大会に協力しろよって、めちゃくちゃ圧をかけられたし』
お弁当箱を閉じながら、『まぁそれに』と勝利は続けた。
『あの人が欲しがってるペアチケットも、オレが出れば単純にもらえる確率2倍になるしね』
なんてことないような顔して付け足すように言ったけど、きっと後者がほんとの理由だってオレはわかってる。
昨日スマホを勝利に借りたとき、たまたま見えてしまった検索履歴は、“京都 観光”とか“京都 カップル”とか、そんなのばっかりだったんだから。
ね、莉子の心配なんてやっぱり取り越し苦労でしょ?
『も~~~ほんとにめんどくさいよねぇ』
『は?何が』
『なんでもなぁい』
でも、そこが微笑ましい2人ではあるけどね。口に残ったパンの甘さを、牛乳と一緒に飲み込んだ。
「うん、しっかり撮れてる」
「ひよりごめん、もう2、3枚だけ撮ってもらってもいいかな?前髪の位置が気になって」
「そう?すごく綺麗だけど…じゃあもう何枚か撮るね」
最近の莉子は、コンテストへの意欲がますます高まっていて、少し怖いくらいだ。
理由は言わずもがな、勝利と相手の女の子のカップル写真。
投稿されるたびに莉子の眉間のしわは深くなっていって、最近は愚痴の代わりに「…絶対勝つ」が口癖になった。
もはや莉子にとって、このコンテストの目的は、体育館の使用権を勝ち取るためでも、京都旅行のペアチケットのためでもなく、勝利の相手のあの子を打ち負かすことになっているんだろう。
ひよりもさすがにその変化には気づいたようで、「…莉子ちゃんどうしたの?」と、こそこそ尋ねてきた。
『んー素直になれない2人の微妙なすれ違い?すぐ解消するとは思うけど』
「…そっか」
ひよりはそれだけで察したみたいで、納得したようにうなずいた。
2人のこういう光景は今まで何度も見てきたから心配はしてない。
だけど、今回はケンカらしいケンカにまで発展してないから、逆に“謝って仲直り”ができないぶん、もしかしたらちょっと長引きそうな。
どうしたもんかなあ、と小さくため息をつきながら、3人で次の撮影場所へと廊下を歩いているとき、奥の方から何人かのワイワイとした話し声が聞こえてきた。
あれは…4組だ。
輪の真ん中に立っている勝利は、ちょっと困ったように眉を下げていて、その横では、あの子が頬を染め期待するような目を勝利に向けている。
その光景に、隣を歩いていた莉子の足がピタリと止まった。
………あーこれ、ちょっとヤバいかも?
振り返れば、同じ方向を見て額に手を当ててるひよりがいて、目を見合わせる。
「だから、笑わなくていいけど、せめてカップルっぽいポーズとかとってよ」
「そーそー。ネットの勝利ファンもさ、おまえがちょっとそういうことするだけで喜ぶから」
……ああ、勝利、お願いこっちに気づいて。莉子がオレの横でふるふる震えてるって。
必死で念を飛ばすも、思いは届かず。
こちらに気づく素振りもない勝利は、諦めたように息を吐き、頰を上気させた女の子の方に手を伸ばす。
ああ、もう、勝利ってば!
その瞬間、隣の影がパッと動いた。
一拍遅れて、ひよりと一緒に慌てて莉子の背中を追いかける。勝利がこちらに気づき、驚いたように目を開いた。
「ダメッ!」
叫ぶような声とともに、莉子が勝利と女の子の間に手を割り入れて、グイッと引き離す。
「えっ…ちょっ、」
戸惑う女の子を、莉子が遮った。
「勝利はわたしのだからダメッ!」
張り上げた莉子の声は、廊下中に響いた。その声に、オレたちだけじゃなく周りのみんなも、こちらをちらちら見てシンと静まる。
莉子の頰がじわじわと赤くなる。
いたたまれなくなったのか、ぎゅうっと拳を握ってその場を走り去った莉子は、まるでベソをかいているような顔をしていた。
莉子がいなくなり、微妙な空気だけがそこに残る。みんなが「どうする?」と探るように目を見合わせる。
その空気を破ったのは、フッと落とされた勝利の小さな笑い声だった。
『……オレの彼女、可愛すぎない?』
唇を綻ばせて、少し俯きながら前髪をくしゃりと乱す。ぽつりと独り言のようにこぼれたその言葉に、また周りは息を飲み、静まる。
そんなことには気づかないまま、勝利は4組の人たちの方を振り返る。
『ごめん、オレあの人のものなんだ。だから、やっぱりフリでもポーズとか無理』
嬉しさを抑えきれていない口元のまま、今日は帰るね、と言い残して、莉子が走り去った方へ駆けていった。
みんながみんな、毒気を抜かれたようにボーッと言葉を失う。そしてその数秒後、悲鳴のような歓声があたりを満たした。
………すごいものを見せられた。あの勝利があんな風になるなんて。
隣のひよりときたら、もはや口を手で押さえながら、空いてる方の手でバンバンとオレの肩を思いっきり叩いてくる。
『ちょっ、痛い痛い!言葉にならない萌えをオレにぶつけないで!』
「だっ…あのっ……あの佐藤くんが……もう……っ…佐藤くんが!」
『うんうんすごかったね』
「ねぇっ……ほんとっ……さとっ」
重ねた唇に、肩を叩く腕がピタリと止まり、ひよりは一瞬フリーズしたあと、慌ててオレの腕を掴んで体を離した。
「そっ……なっ……」
『あは、まだ全然喋れてない』
「……っこんな人前で!」
『みんな、勝利が消えてったほう向いてて誰もこっち見てないよ』
「それはそうだけどっ…なんで…っ」
『他の男の名前ばっか言うんだもん』
ふに、とひよりの鼻をつまむ。
『オレ嫉妬しいなんだから気をつけて』
くすりと笑って目線を同じ高さで合わせると、ひよりは真っ赤な顔のまま「~~~っうう…」と小さく唇を尖らせた。
結局、コンテストの行方はこれ以上ないところに収まった。
ホームページに掲載された優勝写真を見返す。
『まぁ~これは誰がどう見たってぶっちぎりだよねぇ』
あの場に居あわせ、後を追った見物人のうちの1人が撮った写真。
その写真の中では、勝利が莉子の真っ赤な頬を両手で挟みながら、可笑しそうに笑っていた。
今まで真顔しか見せてこなかった勝利が屈託なく笑う写真は、2人が本物のカップルだと納得させるには十分すぎた。
満場一致、ってこのあいだひよりに教えてもらった四字熟語ってこういうときに使うんだっけ。体育館も、結局3組と4組が日程を組んで交互に使うことになったし、めでたしめでたし。
『あ、そういえば、ペアチケットはどうなったの?』
目の前には、莉子が“廃棄でたくさん余ったから”と言って、オレたちにくれた色とりどりのお団子が机いっぱいに並んでいる。
さっきこしあんを食べていた勝利は、今度はよもぎ団子の方に手を伸ばす。
『写真撮った人に聞いたら、オレたちにくれるって言うから、ありがたくもらったよ』
『ふ~んよかったね』
履歴全部“京都”で埋まるくらい楽しみにしてたもんねぇ~という言葉は、勝利がヘソを曲げそうだから飲みこむ。
『ひよりもチケットもらえたか気にしてたからさ、よかったよかった』
『ていうかさぁ』
小さな顔を、お団子でリスみたいに膨らまして、勝利はこっちを見た。
『そもそも、聡とひよりさんが3組代表のカップルとして出てれば、あんなこじれたことにはならなかったんじゃないの?』
端っこに並んだつぶあんのお団子をひょいとさらうと、勝利が小さく『あ』と声を漏らした。どうやら狙っていたらしい。
『え~だってひよりはあんまり表に出たがるタイプじゃないしさ』
喉に引っ掛かったつぶあんを牛乳で飲み干す。勝利は緑茶が1番っていうけど、やっぱり和菓子には牛乳が1番合う気がする。しつこいくらいの甘ったるさを、牛乳の優しい乳白がふんわりと中和する。
『それに、何よりオレが無理だもん。ひよりを不特定多数に晒すの。考えただけで気が狂いそう』
ごくんと飲み込んだのと同時に、スマホの通知が鳴る。LINEを開けば、柔らかな白色に設定された壁紙に「部活終わったから教室にいるね」の文字が浮かんでいる。
『……おまえ、たまにそういうとこ垣間見えてびっくりするんだけど』
『え~~?』
笑いながら立ち上がって、残りのお団子は全部勝利に譲った。
それ、莉子に出会ってからの勝利にもおんなじこと言えるけどね……って、これもきっとヘソを曲げてしまうから言わない。でもきっと、本当に好きな人の前では、みんなそうなっちゃうものでしょ?
ずぞぞっ、とストローで牛乳を飲み干すと、やっぱり柔らかな味が口内に広がった。
「今行く!」と返事をして、はやる足で、白の君が待つ教室へと向かった。