小話⑥ 球技大会
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事の発端は、1ヶ月半後に控えた球技大会の練習のために、どちらのクラスが体育館を使うか、ということだった。
「毎回毎回ずるいんだよ!4組ばっか昼休み体育館使って!」
「んなこと言うなら3組も早く場所取りすればいいだけだろ!」
「おまえら4組の方が体育館に近い位置に教室があるんだからどうやったって物理的にこっちが不利なんだよ!わかってんだろ」
「じゃあ外ででも練習すりゃいいじゃん」
「はあ?!」
掴み合いの喧嘩になりそうなクラスリーダーたちを必死に周りが止める。
1組は5月の体育祭で、2組は7月の文化祭でクラス賞を獲ったから、わたしたち3組と隣のクラスの4組は球技大会でこそクラス賞を、と息巻いていて、だから昼休みの体育館の使用権でこんなに揉めているというわけだ。
こと球技大会においては、どれだけチームで練習できるかが勝敗を決めると言っても過言ではないからみんな必死だ。
正直わたしは球技大会自体にそれほど興味も熱意もなく、勝利は何の種目に出るのかなぁ、球技とかあんまり得意そうじゃないけど、くらいしか考えていなかったけど。
他人事と考えていたそれが、まさかこんなことになるなんて。
『カップルフォトコンテスト?』
「そう、聞いてない?わたしのクラスと勝利のクラスの体育館のいざこざ、これで勝負して決めることになったって」
『そういえばなんか言ってたような……』
学校帰り、いつものように一緒に歩きながら話を切り出せば、昼間の記憶を思い出すように勝利は首を少し傾げた。
「ちょうど今ネットで開催されてるコンテストっぽくて。カップルで撮った写真を期間内にサイトにアップしていって、審査員票とSNSのいいね数で総合的に競うってやつ」
『うん』
「それで3組と4組、ペア1組ずつ参加して、順位が上だった方が体育館を使うようにしようって」
『ふぅん』
「わたしそれ、聡ちゃんと出ることになったから」
『へぇー……………、ん?』
勝利の足がピタリと止まる。
………流れで乗り切れるかと思ったけど、どうやらやっぱり無理だったみたいだ。
唇を居心地悪くもぞりと動かせば、いつもよりも少し低いトーンの声が隣から聞こえる。
『……一応確認なんだけどさ』
「…はい」
『あんたと付き合ってるの、オレってことでいいんだよね?』
「…うん」
『じゃあカップルフォトコンテスト?だっけ。聡と出るって聞こえたんだけど、オレの聞き間違いかな?』
いつもお澄まし顔のくせに、こんなときだけ嫌味ったらしく綺麗な笑みを作って見てくる。
わざとらしいその表情に、疾しさも相まって、「~~~っだって!」とキレ気味の声が出た。
「なんか当たり前みたいにわたしと聡ちゃんがやる流れになってたし!学校で1番の美女だからって言われたら引き受けざるを得ないし!ひよりの方みたらすっごい目キラキラさせて“素敵!”って胸の前で手合わせてたし!」
『へえ』
「そりゃわたしも勝利以外の人とでるなんてって思ったけど、まあ相手は聡ちゃんだしギリセーフじゃない?それに勝利は敵クラスだから仕方なく…!」
『……それで?決定打はなんだったの?』
「…え?」
わたしの語気を鎮火するような淡々とした声に、思わず目が泳ぐと、笑顔を貼り付けた勝利に、両手で頬を挟まれた。
『あんたが周りに流されてそんな面倒そうなことを引き受けるとは思えない。何が目当てなの?』
不自然なほど綺麗な笑みで、子どもに言い聞かせるようなゆっくりとした口調で問われ、ごまかすのを諦めた。
もう勝利は全部お見通しなんだ。
「……そのコンテストの優勝商品が」
『うん、それが?』
「京都旅行のペアチケットだったの」
『ペアチケット?』
「………勝利と行きたいなって」
頰を手で挟まれているせいで満足に動かせない口のまま、ぼそぼそと白状する。
どうせならサプライズにしたかったのに。驚いて嬉しそうに笑う勝利まで完璧にシミュレーションしていたんだけどな。
不貞腐れて俯けば、しばらくの沈黙の後、頬から手が離れ、上から大きなため息が聞こえた。
『………そんなこと言われたらさあ、やらないでって言えなくなるじゃん』
ほんっとずるいよね。
その言葉とともにペチンと落とされたデコピン。
「痛っ」
ジンジンするおでこを押さえて顔を上げると、こちらを見つめる勝利と目が合う。
その頰は、夕焼けの色とは違う赤みがわずかに落ちていた。
『……よりによって、聡とカップルってのがさぁ』
聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソリと呟き、むくれたように口を尖らせたかと思ったら、今度は眉根を寄せてわしゃわしゃと髪を乱された。
「ちょ…っ」
『ねえ』
大きな瞳に覗き込まれる。
『やるからには絶対ペアチケット取ってきてよ。あんたとの京都でギリギリ我慢してあげるんだから』
ね、と念押しのようにまっすぐと見つめる視線に、「……優勝は当然でしょ。わたしのこと誰だと思ってるの」と答えれば、寄っていた彼の眉根が、くしゃりとした笑顔とともに緩んだ。
『ま、信じてるよ』
ようやく納得したように、頭に乗せられていた手がするりと降りたかと思えば、不意に勝利の体温が近づいた。
前髪をかき分けられ、ひやりとした空気に触れたひたいに、柔らかな感触が落ちて慌てて体を離す。
「ちょっ…何!」
『デコピン痛かったかなぁって』
「はぁ?!」
『あと信頼の担保?……ねえ耳まで真っ赤なんだけど』
「……っうるさい!」
肩を叩こうとした腕をひらりと避けて先を歩き始めた勝利は、こちらを振り向いて、ちろりと舌を出し笑った。
いざ、聡ちゃんとコンテストに参加するということになって、1番張り切っていたのは、わたしでもクラスリーダーでもなく、ひよりだった。
「莉子ちゃん目線もう少し下げて!聡くんは力みすぎ!もっと力抜いて!!」
「はい!じゃあそこの木陰で背中合わせになって!手は小指だけ重ねる感じで!」
真剣な目で一眼レフを構える彼女は、プロのカメラマン並みに指示を飛ばしてシャッターを切っていく。
普段の穏やかなひよりからは想像できないほど、異様なまでの熱気を纏った彼女に、『ひより、どうしたの…?』と聡ちゃんが恐る恐る尋ねると、「だって莉子ちゃんを1番美しく撮れるんだよ!?しかも自分の手で!こんな幸せで取り組みがいのあることってないよ!」と熱に浮かされたような瞳で返されたらしい。
実際彼女が撮った写真のわたしは、今まで撮られたどの写真よりも写りが良くて、面食いもここまでくれば一種の特技だなぁ、と妙に感心してしまった。
「莉子ちゃんすごく綺麗!頭のてっぺんからつま先までもう神様が丁寧に作ったとしか思えない!!……あ、聡くんもかっこいいよ!」
付け足されたようなひよりからの言葉のたびに、聡ちゃんがじとっとした目線をこちらに向けてきて、しまいには『…オレの彼女取らないでよ』と念を押されてしまうほどだったけど。
………だけど、同じくらい湿度を含んだ視線を送ってきた人がもう1人。
『写真って、一枚撮って提出すれば終わりじゃないの?』
「提出って、申請書じゃないんだから」
SNSを一切やっていない勝利は、わたしの手元で開かれたインスタを肩越しに覗き込んで、口元をわずかに曲げた。
アカウントだけでも作りなよ、とこれまで何度も言ってきたわたしに、『オレはそういうの向いてないから』の一点張りで全く興味を示さなかったのに、最近はコンテストの写真が気になるのか、こうしてちょこちょこわたしの手元を覗いてくる。
「SNSでのいいねを稼ぐためには、いい写真を撮るだけじゃダメ。わたしと聡ちゃんっていうカップルごと好きになってもらって、固定ファンを増やさなきゃ。そのためにはとにかく写真をたくさん投稿して、わたしたちを知ってもらわないといけないの」
『…ふーん、……オレやっぱりSNSって好きじゃないな』
「もう、拗ねないでよ」
抱えていたクッションを置いて、勝利の腕をとる。
どうしたんだろう。いつもはこんなにわかりやすく感情を表に出すことは少ないのに。
そんなひっつかないで、と邪険にわたしを引き剥がそうとする勝利の言葉を無視して、わざともっと強く腕に抱きつけば、勝利は諦めたように力を抜いた。
そして、小さく息をついて、ふい、と視線をそらす。
しばらく黙ったあと、彼はようやく口を開いた。
『……ありえたかもしれない未来じゃん、それ』
「え?」
ぼそりと呟かれた声を聞き返すと、彼は怒ったような、そしてどこか困ったような声で、少し早口に言葉を重ねた。
『あんたがもう少し早く聡にアプローチしてたら、積極的に動いてたら、そういう風にオレじゃなくて、聡が隣にいる未来だって、全然ありえたわけじゃん』
それだけ言い切って、目線を合わさないまま、俯いて顔を隠すように眉の上を指で擦る。
───それは、気まずいときや照れているときにする彼の癖。
絡めていた腕を外し、かわりに顔を隠すその手をそっととれば、アーモンド色をした瞳と交わる。
勝利の柔軟剤の匂いが鼻腔をくすぐって、瞳に吸い込まれるように、への字を描いた唇に小さく口づけた。
そのまま首に手を回してぎゅっと抱きつけば、身体いっぱいが勝利の匂いに包まれる。
どんな香水だって敵わない、わたしの大好きな大好きな匂い。
「…ありえないよ。たしかに、わたしは聡ちゃんを好きだったけど、でも」
顔を上げて、目を覗き込んで微笑むと、勝利は少しだけ驚いたような顔をした。
「勝利の意地っ張りなとことか、ツンとしたとことか、だけど優しいとことか、そういうの全部知って、気づいて、きっとどうやったって好きになっちゃうよ。どんな未来を辿ったってそこは変わらない」
違う?と首を傾げれば、見開かれた目はゆっくりと細められて。
『…自信家のあんたがそういうなら、そうなのかもね』
トンと頭に手を乗せて、そのままわたしの髪の毛に指を通しながら、勝利は唇を緩めた。
「あ、それ。それも好き。勝利の笑い方、なんかあったかい。普段無表情なぶんレア感増す」
『無表情はよけいだから』
「そーいうすぐツンモードに入るとこもなんだかんだ好き」
『なにそれ』
わずかに赤みが増した頬に、いつかの意趣返しで「赤くなってるよー」とからかえば、プイと顔をそらして唇を尖らせるから、よけいに笑ってしまった。
「ね、勝利は?」
『は?』
「わたしの好きなとこ」
こんな勝利は滅多に見られないから、調子に乗って尋ねてみる。てっきり“うざい”とか言ってあしらわれるかと思ったけど、意外にも勝利は少し考えるようなそぶりを見せて。
『……可愛いとこ』
「え?」
『可愛い、とこ』
句読点の位置以外そのまんま同じく繰り返された言葉に、思わずため息が出た。
「も~~たまにはそれ以外のこと言ってよ!ちょくちょくそれ言うけどさあ、わかってるから!わたしが可愛いことくらい誰よりもわたしがわかってるから!そしてそれは見ればわかる周知の事実だから!」
どうにかこうにかそれ以外のものが出てこないかと、グラグラと肩を揺すってみるも『酔うからやめて』とあっけなく腕をおろされる。
ああもう、期待して損した。
「もういーもん!聡ちゃんとラブラブカップルになりますー!」
『はいはいどうぞ』
「みぃーんなからの憧れを背負って、ダントツで優勝してやるんだから!」
『がんばれがんばれ』
適当にあしらう勝利に、べーっと舌を出して。
冗談ぽく言ったけど、このときは優勝を疑いもしてなかった。
………だけど。
『オレもコンテスト出ることになったっぽい』
────週明けに聞かされたこの言葉に、コンテストは予想外の展開を迎えることになる。