小話② 意地っ張り
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「な、」
「あ〜すみませんお客さん、栗まんじゅう今日はもう無いんすよ」
わたしの動揺に気づかず先輩が愛想よく返すと、『そうなんですか』と彼は小さく呟いた。
どうして。なんで。
いきなりのことで言葉がまとまらず、声も出ない。
小さな沈黙がわたしたちの間を流れた。
その静寂を壊したのは、店内に入ってきた女子大生の2人組だった。
店内を軽く物色し、わたしたちの近くを通ったあと、……正確に言えば勝利の顔をみたあと、彼女たちはひそひそと興奮したように頬を赤らめた。先輩はそれを見て、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。
そんな周りの様子なんて眼中に入っていないかのように『じゃあ』と再び勝利が口を開いた。
『あと何分で終わる?』
その目は真っ直ぐわたしの方に向けられて。
「あの、お客さん。店員をナンパするのは」
『店員、は店員ですけど』
彼の目が、わたしを射抜いた。
『その前にオレの彼女です。その人』
タイムカードを押して店を出ると、彼は店前のガードレールからストンと立ち上がった。
『……帰ろ』
「…ん」
外は昼のぬるさを拭き取ったかのように涼しくて、かすかに虫の鳴く声がした。
3日ぶりにきちんと見た彼の顔に心がキュッとして、あ、わたしすごく寂しかったんだ、と今さらのように気づいた。
『……ちゃんと言った?』
「へ?」
ぽつりと前から聞こえた言葉に間抜けな返事をすると、彼はちらりとこちらを振り向いた。
『…あの人でしょ、ごはん誘ってくる人』
言われて、ああ、と合点する。
「あー…でももう誘ってこないと思うよ」
勝利が店を出て行ったあと、先輩は言葉を失っていて。
店を出る間際、ダメ押しで「彼氏がすっごいかっこいいので、他の人に使う時間がもったいないなって思っちゃうんです♡」と笑えば、先輩は一瞬押し黙ったあと「たしかにあれ超えは無理だわ」と苦笑した。
「まあ、根は悪い人じゃないから大丈夫だよ」
そう言えば、彼は不機嫌そうに眉をしかめる。
『ダメ、ちゃんと言って』
よほど気に入らないのか、不服そうに口まで曲げている。
『立ち直れないくらいボロカスに断って』
珍しく険のある声で言われて、思わず笑えば、本気なんだけど、と小さく睨まれた。
「ごめんごめん、でもやっぱりバイトの先輩だから」
『……そんなとこ、辞めちゃえばいいのに』
それはいつもの口調よりもずっと幼くて、拗ねていることなんて顔を見なくてもわかった。
心の奥がギュッと締めつけられる。
可愛くて、愛しくて。
そんなこと言ったらもっと拗ねてしまうんだろうけど。
「…あそこ辞めちゃうと廃棄の和菓子がもらえないから。勝利、うちの和菓子好きでしょ」
袖を小さく掴めば、彼はわずかに目を見開いた。
『それであんな煮え切らない返事してたの』
「まあ…」
勝利は首に手を回して何かに葛藤するように少しの間だまりこんだ。
そして、こちらをちらりと一瞥したあと、するりとわたしの手を取った。
『それでもやっぱりダメ』
手のひらの力がきゅっと強くなる。
『和菓子は美味しいとこ他にもあるけど、あんたは替えがきかないから』
前を歩くその手は、いつもよりも少し熱っぽくて。
普段、外で手を繋ぐことなんて滅多になくて、たぶんきっと、わたしの頬も同じくらい熱っぽい。
「……意地張って、謝りに行けなくてごめんね」
『…や、オレもごめん』
「聡ちゃんから、勝利が“別にいつものことだから”って言ってたって聞いて、なんかやっぱりわたしの方が子どもだなって反省した」
『あー…』
彼はわたしの言葉に、わずかに言い淀んだ。
『……それ、たぶん意味間違って受け取ってる』
「え?」
『…オレが言ったのは、“またオレが1人で悶々とさせられたあげく、意地張っちゃってる”って意味で』
彼は恥ずかしそうに、眉の上を小さく指で擦った。
「そ、か……」
『うん、まあ、そう…』
また訪れた沈黙に、夜の音が静かに鳴る。
きっと今、彼の頬とわたしの頬は同じ色をしているだろう。
胸はさっきと比にならないくらい、ぎゅうぎゅうと高鳴って。
どうしよう。こんなのキャラじゃないけど。だけど、どうしても今したい。
……繋いだ手を引っ張って、こちらを振り返った彼の唇を、背伸びして塞いだ。
驚いたように目を見開いた彼の耳元に口を寄せて。
だいすき、と呟いた。