小話② 意地っ張り
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「……しつっこいなぁ〜…」
勝利の部屋で一緒に課題をしている最中、スマホを見て思わずボヤけば、彼は顔を上げた。
『……オレなんかした?』
「ちがうよ笑 勝利じゃなくて、バイトの先輩。ごはんの誘い、何回も断ってるんだけど結構粘られて」
バイト先の先輩は、3つ上の大学生。
シフトが被るたびに「今度ごはん行こうよ」と誘われて、悪い人ではないけど、正直ちょっとめんどくさい。
彼氏がいるので、とやんわり断っても、「ごはんくらいよくない?彼氏、心狭すぎくない?笑」なんて、全く効き目はない恐るべきメンタル。
おまけに「や、正直オレのが彼氏よりイケメンっしょ」なんて、冗談ぽい口調だけど、たぶん80%くらい本気で言ってる。まあ、そこらの人よりは顔は整ってると思うし、女に不自由して来なかったのだろうと推察はできるけど。……いつもなら、面倒くさいしバイト辞めちゃおうかなって考えるんだけどな。
あとで適当に返信しとこ、とスマホをテーブルに戻せば、彼はしばらくそれをじっと見た。
『……断り方、甘いんじゃないの?』
「……は?」
聞こえた言葉に、思わず低い声が出た。
わたしのあからさまな声のトーンの変化に気づいてないわけはないだろう。
だけど、彼はプリントに目を戻して続けた。
『変に気遣って優しく接するから、あっちも期待しちゃうんじゃない?』
「…なにそれ、わたしが悪いの?」
『そういうわけじゃないけど』
「そう言ってるよ!それに、バイト先の人だからあんまりキツく言うわけにもいかないじゃん」
『だから、その優しさが逆によくないんだって』
「もういい!」
机に広げていたプリントや筆記用具を乱雑にかき集めてバッグの中に突っ込んだ。
「帰る!!」
立ち上がって彼の部屋を出る瞬間まで、彼は変わらずプリントに目を落としたまま、こちらを見ることもなかった。
全く温度が変わらないような伸びた背中がいっそうムカついて、力まかせに部屋のドアを閉めた。
『あの〜…2人、なんかあったの?』
あれから3日後。
一言も口をきかない私たちをさすがに見かねたんだろう。
聡ちゃんがおそるおそる尋ねてきた。
「……なんかあったように見える?」
ふてくされて問い返せば、『うん、すごく』と即答されて、大きなため息が出た。
正直、こんなに長引くなんて思っていなくて、わたしの心も折れかけていた。
ケンカなんて、その場の勢いをなくせば意地と後悔しか残らない。後悔…はわりとその日の晩すぐにやってきた。あんなすぐに喧嘩腰にならなきゃよかった、とか、もっと冷静に対応すればよかった、とか。
だけど、意地の方はやっかいだ。
謝った方が丸く収まるとわかっているけれど、どうにも腑に落ちず。……だって、あの言葉にわりと傷ついたのだって事実だ。
「……勝利は、なんて言ってた?」
『うーん、と…』
「気、遣わなくていいよ。なんて言ってたの?」
聡ちゃんは、もごもごと口ごもったあと、小さく言った。
『……“別に、いつものことだから”って』
「……そっか」
折れかけていた心が、完全に折れた。それはもうぽっきりと。
もう謝ろう。謝って早くいつも通りに戻ろう。
もう1日もこんな気持ちを抱えていたくない。……わたしだけが、なんて虚しくてしょうがないから。
聡ちゃんに「ありがと。ちゃんと勝利に謝るよ」と笑えば、聡ちゃんは『…大丈夫?』と逆に心配そうな顔をした。
大丈夫。ちゃんとわかってる。
実際、勝利の言ったことは正論だ。わたしだって同じような立場だったら「はっきり断りなよ」って、きっとそう言っただろう。
彼は正しい。
………ただ、正しすぎて、わたしが勝手に傷ついただけだ。
重い足取りで向かったバイト先の和菓子屋は、よりによって今日は例の先輩とシフトが被っていた。
「莉子ちゃん、今日この後ごはんどう?」
「あー今日は帰って課題をやらなきゃいけないので」
「そんなのオレがごはん食べながら教えてあげるよ」
お客さんが少ないこともあっていつもより先輩の押しも強い。
「彼氏に申し訳ないですし」
「や〜ごはんくらい普通に誰とでも行くっしょ。それに、正直莉子ちゃん、ちょっと視野狭くなってない?」
「は?」
思わず怪訝な顔で目線を投げると、先輩は全く怯むことなくヘラヘラと笑いながら続けた。
「高校の時ってさ、限られたメンバーで嫌でも一緒に行動しなきゃじゃん?だから恋愛の視野も自然と狭まるっていうかさ。でもそれってもったいないよ。莉子ちゃん可愛いんだからさ。どう、オレとか?これでも一応大学のミスター候補なんだけど」
……すごい自信とプライドだ。もしかしたら、わたし以上かも。
呆れて思わず「あはっ」と笑えば、それを好意の笑顔と受け取ったのか、先輩もへらりと笑い返して距離を詰めてくる。
それをさり気なく躱してちらりと時計を見上げれば、閉店5分前。
締めの作業は今日はないから、早く、早く終わってくれ。
残り5分をなんとかやり過ごそうと「表出てきますね」と店頭に出るも「オレも手伝うよ」なんて、お客さんがいないのに何を手伝うことがあるのか。思わずため息をつきそうになった時だった。
『栗まんじゅう、ありますか』
聞き慣れた声に弾かれるように見上げる。
そこにいたのは、勝利だった。