番外編 映画の結末は知らないままで
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〈girl’s side〉
雨は嫌いじゃない。
〈今日うちで映画見ることにする?夜まで親いないし〉
一緒に遊園地へ行くはずだった日曜日は、雨で予定変更。わたしの家で映画を見ることになった。
『すご、ネットフリックスってこんなたくさん映画あるんだ』
テレビに繋いだネトフリの画面をくるくるスクロールしながら、勝利は感心したように呟いた。
今日の彼は、学校や外でのデートで見るよりもゆるやかな雰囲気で、それでもその顔は寸分も違わず造作の美しさを保っているから、なんだか少しだけちぐはぐな感じがする。
勝利の持ってきてくれた一口ようかんをつまみながら、「あ、それ見たかったやつ」とスクロールする腕を掴んだ。
『これ?』
「そう、前DVDで借りたんだけど、途中までしか見れてなくて。配信されてたんだ」
『じゃあこれにしよっか』
勝利が再生ボタンを押すと、柔らかな音楽とともに、女性が1人、夜の道路を歩く映像が流れ出す。
『………イントロ長くない?』
「そういう雰囲気映画なのよ、これ」
彼にもたれかかったまま答えれば、『雰囲気映画て』と小さな笑い声が肩から伝わる。
『ていうか、おすすめに出てきたのもほとんど恋愛映画だったけど』
「フィクションの恋愛は、綺麗で好きだからよく観るんだもん。展開が予想つくから安心して見られるし。だいたいの恋愛映画って、チューしてハッピーエンドで終わりでしょ」
『その言葉、恋愛映画作ってる人が聞いたらすごく悲しむだろうな』
「あ、わたしたちもチューしとく?」
『……あんたも飽きないね、それ』
ちらりとこちらを見て、呆れたような声で言う。
時折投げかける冗談めかした言葉に、彼が乗ってくれるのは3回に1回くらいだろうか。
そのまま画面に目線を戻したところを見ると、今日はハズレの日らしい。
はいはい、おとなしく映画みますよ。
隣から目線を前に戻し、またようかんに手を伸ばそうとすると、鼻の先を柔軟剤の匂いがかすめて。
すぐに遠ざかったその匂いに、唇に小さく残った感触をたどる。
勝利は、猫みたいなキスをする。
隣に座る彼は、何事もなかったかのように表情を変えず映画を観ている。
その袖を、そっと引っ張った。
「………もっと」
わたしに向いた2つの瞳が、静かに揺らぎ、わずかに色を変えた。
再び落とされた唇は、さっきよりももっと内側の、深いところを探る。
「…っふ……〜〜っは……ぁ……」
いつもそうだ。
吐息に混じって出てしまう声を最初は恥ずかしく思うけど、深くなっていくそれに全部意識が持っていかれて、途中からそんなことを気にする余裕がなくなってしまう。
「……っんぅ…ぁ……はっ………」
絡まり合った舌が溶けて、ほどけて。
終わりの合図のようにもう一度軽く唇を落とされて、離れていこうとする彼の手を、掴んだ。
「…………もっと」
彼が一瞬、息を止めたのがわかった。
『……それ、意味わかって言ってる?』
俯いたまま頷けば、上から小さく息を吐く音が聞こえて。
『……映画、観れないけどいいの?』
「………いい。わざとつまんない映画選んだから」
『…〜〜っ、ほんとそういうとこ』
言葉とともに強く顎を持ち上げられると、目を閉じる前にキスが降る。
かきわけて。わたしの奥まで。
その激しさに、これからを予期して緊張が増す。
最初は痛いってよく聞くし、やっぱりちょっと怖いし、だけど勝利とだから、もっと先に進みたい。
キスをしながら、彼は器用にわたしのシャツのボタンを外して脱がせる。
キャミソールの中に侵入し、背中を一度さらりと撫でた手が、そのままブラのホックに触れ。
深いキスで溶けきった思考とピークに達した緊張が混じり合い、情緒は手に負えないほどぐちゃぐちゃになって、だから。
パチンと慣れた手つきでホックを外されたとき、口をついて出てしまったのだ。
「何人目?」
〈boy’s side〉
今日の彼女は、あまりにもズルかった。
ねだられるままキスを落とせば、案の定、色のある声を漏らし。
いつも、最初こそ恥ずかしがってなんとか声を抑えようとするけど、次第にその羞恥と遠慮はどこかに押し流されるようで、声は大きく、生々しさを増していく。
この華奢な肩を、このままトンと押したら。
そんなことを考えないわけじゃないけど、ていうかめちゃくちゃ考えるけど、様子を見る限りたぶん彼女は初めてで、その先への一歩をこちら側から踏み出すことは、彼女の意思を尊重したい…というと聞こえはいいけど、要は拒否られるのが怖くて、やっぱりできない。
甘く溶けきった声でこちらが限界を迎えてしまう前に、毎回ギリギリのところで唇を離す。だけど、今日はそのあとがあった。
小さく聞こえた「この先」をねだる声が信じられなくて思わず2度も聞き返すと、「わざとつまんない映画を選んだから」と恥ずかしそうに返された言葉に、なんとか保ち続けていた理性がプツンと切れた。
こんなの、反則だ。
やっぱりやめた、なんて言われる前にキスをして口を塞ぎ、彼女の頭の中にあるオレ以外の余計な雑念をひとつでも減らしてしまえるように、さっきよりももっと激しく口内をかきまわす。
シャツを脱がせ、キャミソールの中に手を入れてひと撫ですると、それだけで彼女はぴくんと背中を反らせて。
うわ、これ、想像以上にやばいかもしれない。
ブラのホックを外し、彼女を押し倒そうとしたときだった。
「…何人目?」
ポロンと落とされた言葉は、その声量こそ小さかったけど、聞こえないふりをして流してしまうには、あまりにも質量を持ちすぎていた。
『…は?』
彼女は一瞬、“あ、言っちゃった” みたいな顔をしてバツが悪そうに目をパチクリとさせたあと、腹を決めたようにこちらをじっと見た。
「勝利、…どれくらいシたことあるの?」
いや、いやいやいや。
え? は??
これどう答えるのが正解なんだ。いや、どう答えても機嫌を損ねてしまう未来しか見えない。
ていうか、今聞くそれ?!?!
目の前の彼女は、キャミソール1枚こそ着たままだけど、ブラは外れて肩から紐がずり落ちているし、そのせいでキャミソールの上からモロに線がわかってしまって、心臓に悪いどころの話じゃない。
なんだこれ。
なんでいきなり、こんないろんな方向からいろんなものを試されているような状況になってるんだ。
彼女の言葉をスルーするには、黙ってしまった時間が長すぎたし、その空白の時間に、この状況を一発逆転させる魔法の言葉を思いつけるわけでもなく。
残った選択肢は、彼女の質問に正直に答えることだけだった。
『あー…と、前と、その前の彼女とは、シた、かな……』
さすがに直視できず、目をそらして答えると、しばらく沈黙が流れる。
そらした視線の先で、ベッド脇に置かれたクマのぬいぐるみと目が合い、にっこり微笑む顔にやつあたりのように念じる。
ただ見てないでなんとかしてよ、この状況。彼女は今どんな表情をしてる?怒ってる?それとも泣いてる?ていうかオレが悪いの?これ。
「勝利」
呼ばれた声に、背筋が伸びる。
どっちだ。泣かれるよりは怒ってたほうがいいけど。
いやでも、怒ってても泣いてても、どちらにせよ、ただ最善を尽くすだけだ…!
おそるおそる顔をあげれば、だけどそこにあったのは、怒り顔でも泣き顔でもなく、───笑顔だった。
「ごめんね、変なこと聞いて。続き、しよ?」
唇は綺麗な弧を描き、長く艶めいた髪の毛がはらりと落ちた先を辿れば、2つの膨らみが、たゆん、となまめかしく揺れる。
理性とか、忍耐とか、そんなの全部かなぐり捨ててしまいたくなる、けど。
その白い肩にゆっくり手を伸ばせば、………ほら、やっぱり身体を強張らせた。
『……ここはさすがに、負けず嫌い発揮するとこじゃないでしょ』
彼女の笑顔が、期待や嬉しさからのものなのか、強がりからくるものなのかくらい、いいかげんもうわかる。
『何かに張り合ってこの先をするのは、オレも虚しいよ』
彼女は目を見開いたあと、眉を下げて、へにゃりと顔を崩した。
その頭にポンと手を乗せると、手の下から「………っ、だって〜〜っ…」とぐずついた声が聞こえてくる。
「…し、っ、しょうりはすごい慣れてて、でもわたし初めてだし、…ま、前の人と比べて、下手とか、…っ気持ちよくないとかっ、思われたらすごい嫌なんだもん……っ、それでがっかりされたらって、不安で……〜っ…」
大きな目に張る水膜は、表面張力ギリギリを保って、だけど彼女はそれを意地でも流すまいと、鼻に力を込めながら、途切れ途切れに、震えながら話す。
一瞬、口を真一文字に引き結んだあと、彼女は頭上のオレの手に両手をぎゅっと重ねて。
「……き、きらわないで」
白い肌。熱い手のひら。かすれた声。肩に引っかかったブラ紐。無防備な胸元。
………潤んでこちらを見上げる瞳。
これを無意識にやるんだから、本当に、この人は。
細い腰を強引に抱き寄せると、すぽんと彼女はオレの腕の中に収まった。
ぐにゅんと柔らかいものがお腹あたりに当たって、なるべく腹部の神経を遮断するように脳内で何度も、感じない、感じない、と唱える。
………オレの理性、ギネスに載れるんじゃないだろうか。
押さえ込むように、彼女に回す腕の力を強めた。
〈girl’s side〉
勝利の体温に包まれると、やっぱり心の柔らかいところがぎゅうっとする。
回された腕がもっと強くなって、短いため息が聞こえた。
『嫌いになれるなら、やり方教えてほしいくらいなんだけど』
ぽそりと呟かれた声は、わたしに向けられて、というよりも彼自身に向けられた独り言のようだった。
彼は、わたしの頭に手を乗せ、しばらく困ったようにその手をトントンと動かしたあと、口を開いた。
『たしかに初めてじゃないけどさ、緊張してるのはオレも一緒だよ』
聴こえる?オレの心臓の音。
そう言われて、ぴったり彼に耳をくっつけると、鼓動が、とっとっとっ、と駆け足で聴こえる。
「……速い」
『そりゃ、好きな子とこれからするってなったら、誰でもこうなるでしょ』
彼はゆっくりとわたしの髪を梳く。
『……こんなめんどくさい人、他に知らないのに、何してても、それこそオレが持ってきたようかん食べてるとこ見るだけで、たまんなく可愛いなって思えちゃう人も、他に知らないんだよ』
優しい手つきと甘く響く声に、顔が熱くなる。
そっと見上げれば、その目は温かな光を宿して細められていて。
それなのに、と片眉を上げた彼に、急に頰を片手で持ち上げられ、ぶにゅっと潰された。
『あんた、全然わかってないんだもんな』
不満半分、からかい半分の口調に、首を傾げれば、また軽くため息をつかれる。
それと同時に、焦げ茶色の目が、ねえ、とわたしを覗き込んだ。
『まだ伝わんない?まだ足りない?…ねえ、どうすればわかってくれる?オレがどれだけ莉子のこと好きか』
頰を掴んだ指の力が静かに抜けて、するんと顎に添えられ、ちゅ、と小さくキスが落とされた。
こんなときだけ、名前で呼ぶから。
今までで聞いたどの人よりも、この人が呼ぶわたしの名前に、1番胸が締めつけられる。
あの日、教室で初めて言葉を交わした日から、感情は毎秒加速して、愛しさは積もっても積もっても終わりを知らなくて。
だから、もっと。
「わかんない、…から、やさしく、教えて?」
首に手を回せば、勝利は何かをこらえるように眉根を寄せ、一瞬押し黙って。
『……やさしくしてほしいんなら、そんな煽るようなこと言っちゃダメって知ったほうがいいよ』
視界の端で、勝利がこっちを向いていたクマのぬいぐるみを、くるんと反転させて壁と向かい合わせにしたのが見えて、それが始まりの最後の記憶。
深く侵入してきたキスとともに、体はゆっくりと倒される。
『莉子、好きだよ。誰よりも』
雨が屋根を打つ音が、次第に遠ざかる。
世界で1番愛おしいその声に、すべてをあずけた。