番外編 少女漫画は誰のもの
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「あのっ……っそうくっ……んん…っ」
引っ張り込まれたのは人通りの少ない路地裏で、トンと壁に追いやられたわたしは、彼の名前を呼ぶ前にその唇を塞がれた。
「……っは…っ〜〜…んっ……ぁ……」
息つく暇も与えられず、次々と角度を変えて降り注いで、次第に思考力は溶かされていく。
酸素を求めて、はふはふと唇を開くと、すかさずそこから侵入した舌がにゅるりとわたしの歯列をなぞって、2人の境界はより曖昧になる。
こんなキス、されたことなくて。
嫌でもわかってしまう。
いつもどれだけ優しく、経験が無くて男の人に慣れてないわたしに合わせて手加減してくれてたのかを。
「そ…っ…くっ……」
『やだ』
まだなんにも言ってないのに。
カクンと膝の力が抜けて身体がずり落ちても、聡くんはわたしを壁により強く押しつけて逃げることを許してくれず、お構いなしに唇を合わせ続ける。
壁に押しつけられたお団子が、その形を崩してほどける。
胸に落ちた髪の毛を見て、聡くんが目を細め、キスをしながら器用にもう片方のお団子の房もほどいた。
『わかってないでしょ、なんでオレが三つ編みをほどいちゃだめって言ってたのか』
いつも快活な光を宿している目は、今は暗く、だけどどこか澄んでいて。
まるで、夜の湖のようにさざめいて。
『オレだけが知ってればいいのに、魔法が解けちゃったら、みんな気づいちゃうじゃん』
怖い。
怖いくらい、綺麗。
三つ編みの跡が残ってゆるくウェーブした髪の毛を、聡くんは1束手にとって、小さくキスを落とした。
そのまま、つう、とわたしの顎をなぞる。
『ひよりは知らないんだよ、自分がどれだけ人を惹きつける女の子か』
彼の手が耳元を通って、わたしの眼鏡を外す。
ぼやけた視界の中で、聡くんが小さく息を吐き、眉を下げたのがわかった。
ゆっくりと数度わたしのほどけた髪を梳いたあと、聡くんはわたしを静かに抱き寄せた。
『でも、ずっとこのままでいてほしいなんて、オレのエゴなんだよね』
そう言ってわたしを抱きしめた華奢な腕は、さっきわたしをあの人たちから連れ去ったものとは思えないほど、儚く感じた。
聡くんの声が、首元で揺れる。
『………いきなり綺麗にならないで。もうちょっと待って。……三つ編みのままでいてって言ったり、無理やりペアルックにしたりして牽制した気にならないと安心できないくらい、まだ情けないんだ、オレ』
幻滅した?
落とされたその言葉は、自嘲、というよりも、すがるような声音。
前髪からのぞいた目は、飼い主を待つ子犬みたいで。
ああ、やっぱり聡くんはずるい。
いつも賑やかな陽だまりの中にいる人が、わたしを見て、苦しそうに、夜の水面のように瞳を揺らすんだから。
モブキャラでよかったのに、それで幸せだって思えてたのに。
その目を向けられると、どうしたって、自分は特別なんだ、という不遜な自意識を持たされてしまう。
いつからわたしは、こんな傲慢な人間になってしまったんだろう。
「…責任とってよ」
聡くんの顔を両手で挟み、疑問符を浮かべている顔に小さく口づけた。
初めて、自分からキスをした。
触れた唇は、聡くんがしてくれるのとは、少しだけ違う感触がして。
なんだか、こんなのまるで主人公みたい。
モブキャラが主人公の真似なんて、でもそうだ、合わない身の丈は作っちゃえばいいんだった。
唇を離すと、聡くんは頬を赤くしながら、光の戻った目をパチクリと瞬かせ。
『……責任とるって、結婚てこと?』
真剣にそう尋ねてくるから、笑いながら「それもいいかもね」なんて答えた。
それもいいかもしれないね。
だって君の隣にいれば、わたしはいつだって主人公なんだから。