番外編 少女漫画は誰のもの
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『三つ編みをほどかないで』と聡くんはわたしに言う。
小さい頃から、少女漫画が好きだった。
一生懸命に恋をする女の子と、彼女に一途な想いを寄せるかっこいい男の子。
甘く繊細で、まるで砂糖菓子のような、キラキラした世界。
好きな漫画を模写していた延長で美術にも興味を持ったし、なんならこんな面食いになってしまったのも、確実に少女漫画の影響だ。
少女漫画はわたしの人生のベースになっていて、その世界で満足していたから中学まではロクに恋愛もして来なかった。
だからか、人からはよく「夢見がち」とか言われるけれど、それは訂正させてほしい。少女漫画みたいなことが自分に起こるなんて思っていないし、そもそもわたしは主人公にはなれない。
わたしの立ち位置は、クラスの中心で繰り広げられる主人公たちの恋愛模様を、そっと微笑ましく見守るモブキャラだとちゃんと自覚している。
際立つほどの美人ではもちろんないし、かといって派手なモテ男くんから目をつけられるほど飛び抜けて暗いわけでもなく、絶妙なさじ加減の地味さ。
その立ち位置で十分だった。
外側から見つめるその世界はキラキラしていて、そこにいろんな想像を重ねるだけで楽しかったから。
でも、だからこそ、今の目の前のこの状況は、想定してなかったもので。
「えっひより、日曜空いてないの?」
昼休みの教室、目の前で眉を下げた莉子ちゃんは、クラスの華。
ああ、今日も本当に可愛くて綺麗で、何度見ても惚れ惚れしてしまうのは面食いのサガだから仕方ない。
まるで漫画から抜け出したような整った容姿。誰だって一目でわかる。彼女は圧倒的主人公だって。
莉子ちゃんの彼氏の佐藤くんも、それこそ世界中の画家がこぞって描きたがるような容姿をしていて、2人並んで歩いているところは、どこかのショーのランウェイにしか見えない。
それを間近で見せてもらえることに対して金銭が発生しないことに、未だ違和感を拭えず、2人と一緒にいると、時々無意識に手がお財布を探してしまうくらいだ。
彼女は今日もその煌めきを遺憾なく振りまきながら、綺麗な唇をツンと突き出した。
「一緒にお買い物行きたかったのに」
『ざぁんね〜ん〜〜日曜はオレと中華街行くんですぅ〜』
鼻穴をふんふんと大きくして得意げにうしろから顔を出したのは聡くん。
これまた未だにびっくりするけど、わたしの恋人だ。
聡くんは莉子ちゃんと同じく、教室の真ん中にいる人で。
周りからは「なんでこのメンツにモブキャラが?」という目線をよく向けられるけど、わたしが1番この状況に「なんでこのメンツにわたしみたいなモブキャラが?」と思っているから許してほしい。
聡くんの登場に、彼女はますます唇を尖らせた。
「え〜〜やだやだひより、わたしとお買い物行く方が絶対楽しいよ!ねえ!」
「うっ……」
長くてクリンと上がった睫毛に、すっきり通った鼻筋と赤く滲んだ涙袋。
わたしを覗き込むその顔は、いつ見ても神さまが丁寧に作ったと一目でわかるほどやっぱり綺麗で、じっと見つめられるとまるで魅惑の魔力に当てられたかのように頭の中がぽーっとしてしまう。
『はいはいスト───ップ!』
にゅんっ、と腕が伸びてきて、わたしと莉子ちゃんの視線は遮られた。
『莉子、それ禁止! ひよりがそれに弱いってわかっててやってるでしょ!』
「ちっ、バレたか」
『それに、最近ひよりに予定聞いたら、だいたい莉子との約束が先に入ってるんだもん!日にち決めるの大変だったんだから!』
「聡ちゃんも早めに予定入れればいいだけじゃん」
やいのやいのと繰り広げられる舌戦は、見ているだけで微笑ましい。
聡くんの抗議など全く意に介さない様子で、フンと鼻を鳴らし、莉子ちゃんは「じゃあさ」と言葉を続けた。
「その日、聡ちゃんとのお出かけの前にちょっとだけひよりのおうちに行ってもいい?」
「それは、もちろん大丈夫だけど…」
『え、何するつもり?』
「秘密ですぅ〜〜べ〜〜〜っだ」
彼女はコーラルピンクで縁取った唇から、ちろりと赤い舌を覗かせた。