番外編 マーメイドの指先
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きっとそれは、一目惚れというものだったと思う。
美術の授業課題をもうちょっと、もうちょっと、と色々付け加えていたらとっくにチャイムが鳴ってしまって、まわりの生徒たちは昼休みを1分でも長く満喫するため、早々と片付けて美術室を出て行ってしまった。
やっと完成させて、待っていてくれた先生に課題を提出した頃には、もう教室に残っている生徒はオレだけだった。
道具を片付けて、一息つき、なんとなく周りを見回したとき、教室の隅に置かれた絵の中で、ある1つが目に止まった。
「それ、面白い絵でしょ」
声の方を振り向くと、先生がにこりと笑って後ろに立っていた。
「うちの部員が描いたの、自由テーマでね」
風景画や校舎が描かれたものが多い中、その絵はなんだか、少し浮いていた。
力強い筆致で描かれた油彩画。
全体的に暗めのトーンでまとめられていて、1番目を引いたのは、キャンパスのど真ん中に描かれたカップラーメンだ。
その横にはタイマーが表示されたスマホと、頬杖をつきながらそれらをじっと見つめている女の子。
その子は、わくわくと期待を目に浮かべ、神妙な顔をしてカップラーメンが出来上がるのを待っているようだった。
「彼女にテーマを聞いても、はぐらかされて教えてもらえなかったんだけど」
『でも…なんか好きです、この絵』
「ふふ、わたしも」
その絵は、鮮烈にオレの記憶に残った。
そのあとも、授業で美術室に行くと、ときたま彼女の絵を見かけるようになった。
あるときは、冬空の下でコンビニのフライドチキンを頬張っている絵。あるときは、部屋でテレビを見ながらコーラとポテトチップスを食べている絵。
自由テーマの絵は必ず食べ物が描かれていて、そのたびに食い入るように見つめていると、次第に課題テーマで描かれた風景画やデッサン絵も彼女のものは区別がつくようになった。
「もうすっかり彼女の絵のファンね」
先生は何度かオレに彼女の名前を教えようとしたけど、そのたび『やめてやめて言わないで!』と必死で止めた。
『だってそういうのはなんか知らないままの方がいい気がする』
「松島くんて結構ロマンチスト?」
先生は笑ったけど、彼女とは自然に知り合う日が来る気がしていた。