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不公平なゲーム








右側の首筋に、ひとつ。


そこから斜め下60度伸ばしていった先、胸の間にひとつ。


そして、こちら側に開いた肩の少し向こう、見えるか見えないかのところに、たぶん本人も気づいてないのがもうひとつ。


隆起した肌に落ちた点を3つ繋げば、夏の大三角みたいだ。



わたしの好きなものの、ひとつ。



『……んぁ………なぁにしてんの…………』



かすれた声が上から降ってきて、肌をなぞる指先を止めて見上げる。



「…ホクロ、つないでた」



春の朝はまだ寒い。


出していた指を引っ込め、温かさを求めて下に潜ろうとすると、モゾモゾとした隣の動きに気づいたのか、風磨が掛かっていた布団を上げ、そのおかげで肩まですっぽり収まった。


『ホクロ………ホクロね……………』


まだ半分眠っているようなウトウトとした声で呟けば、それきり部屋は静かになったから、きっと彼はまた夢の中だ。


がっしりした肩幅と鍛えられた腕。なめらかでキメ細やかな白い肌。


無駄な脂肪なんてない綺麗なラインを描く身体に、何度もダイエットに挫け続けている自分が思い返され悲しくなって、またホクロ探しを再開する。



『……ホクロさ…見つけにくいけど、実はこっちにもあるよ』



まだかすれた、だけどさっきより幾分はっきりとした声が上から聞こえた。



どこ、と言いながら見上げた先。

言葉は彼の唇に遮られた。



一度軽く触れて、もう一度。



角度を変えてまた唇が落とされる。


いつもより少しだけ乾燥した下唇で、彼はわたしの唇の輪郭をゆっくりと確かめるようになぞる。


時折すりすりと撫でるように擦られたり、小さくついばまれたりするたび、合わさった唇のカサつきが引っかかって、おなかの底をゾクリと変な感覚がつたった。



『………今日の予定は?』



離れるか離れないかのところで話されれば、唇の動きに合わせて熱が触れ、息遣いは溶けあってしまう。


その感覚のむずがゆさに耐えられず顔を離そうとすれば、フフッと悪戯っぽそうに笑いながら、ますます顔を近づけてくる。



「……っバイト!」



軽く睨み、近づけられた彼の額をベチンと叩いて起き上がった。



「ホクロあるなんて嘘じゃん」


『騙される方が悪いよね〜』



悪びれる様子もなく言うものだから、ムカついて掛け布団を一気に引き剥がしてやると、『さっっっむすぎ無理!!!!!!』と彼は慌てて布団を取り戻して、くるくるとその中に丸まった。


子供っぽいその仕草に思わず笑ってしまう。



『……仕返し』



恨めしげなトーンで、後ろからボソリと聞こえた声。


それとともに、布団から伸びた腕が、ベッドに腰掛け服を拾っていたわたしの腰にするりと回され、驚く。


「えっちょ……っ……!」


引き寄せられると同時に、背筋に這わされたにゅるりとした感触に、思わず背中を反らした。


触れた彼の舌は、さっき重ね合わせた唇よりはるかに熱い。


まるで、背骨の凹凸ひとつひとつにまで舌を差し込むように、彼はわたしの背筋に強く舌を押し当て、丹念に舐めあげる。


自分の背骨の形が、彼の舌との境界ではっきりと線になっていくのを感じる。



「……………ぁ…っ…」



声を出したら負けだと思っていたのに。



背中からフッと笑ったような息遣いがして、だけどその感触ですら堪えるのに苦しくて、懸命に息を止める。


背骨をなぞる舌がようやく首元まで到達する。



『オレの勝ち』



と満足げに耳元で囁いた彼の考えは、どうやらわたしと一緒だったらしい。


わたしの背中で彼が通った跡だけが周りの空気に冷やされて、否が応でも背筋が伸びる。


お互い重度の負けず嫌いだけど、結局勝つのはいつも風磨だ。



「……こんなの不公平だよ」



振り返って睨んでも効き目は全くないようで、彼は素知らぬ顔でわたしを引っ張って腕の中に収め、そのままベッドに倒れ込んだ。


真っ白なシーツにくるまれて、彼の腕の中に閉じ込められる。


頭の上で彼が笑っている気配がし、見上げようとすると、それを阻むかのように、風磨の指は、さっき彼の舌が通った道筋をゆるゆるとなぞる。


彼の影がわたしに落ちた。



『…ね、このままさ、バイト休ん』

「あっバイト!!!時間やばい!!!!!」


壁にかけられた時計を見るともうかなりギリギリの時間だった。


急いでベッドから起き上がり、服を着て、歯磨きと洗顔、最低限のメイクをする。


なんとか間に合うか。間に合え!!


嵐のような勢いで準備を済ませ、靴を履く。


「ごめん風磨!鍵!!!」


『おーおー大丈夫かけとくから。がんばっといで』



部屋の奥から聞こえた声に、安心して家を出た。













さっきの戯れで乱れたシーツに、体温だけが残る。




『……ったく、不公平はどっちだっつの。何やってもお前に負かされるようにできてんのに』



嵐が過ぎ去った部屋でポツリと呟かれた声を、わたしが知ることはなかった。





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