唇は赤く紡ぐ
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『嫌いなタイプって特にないけど…強いて言うなら、赤リップをつけてる人はちょっと苦手かも』
友人たちに強引に連れてこられた他大学との合コンで、聞かれた問いにそう答えると、女子側から「うわ偏見!」とか「女子を敵に回す発言だよ〜!」とか「ホラ〜この子、傷ついてグイグイ飲んじゃってるよ〜勝利くん」とか、ポンポンとヤジが飛び、だけどその声色はどこか楽しんでいるような響きを含んでいた。
「でもこんなこと言ってるけど、勝利、大学で付き合ってきた子だいたい赤リップの子だから」
「あの子もあの子もそうだったじゃん。総じて付き合ってる期間短かったけど笑」
友人のフォローにならないフォローに、「なにそれMなの?!」「てか勝利くん、意外と恋愛長続きしないタイプ?」と、また笑い声が上がる。
曖昧に笑い返してハイボールを飲みながら、心のなかで、早く次の話題に移ってくれと祈る。
何度連れられてきても、やっぱり合コンは得意じゃない。
というか、たぶん恋愛関係全般。
どうやら好いてもらえることの多いらしいこの顔のおかげで、これまで彼女が途切れたことはなかったけれど、そのどれもが長続きせず、半年前に当時の彼女と別れてからは、もういいやという気持ちになって告白は全て断るようになった。
“勝利と一緒にいても、いつもわたしの一人相撲みたい”
高校2年のとき、告白されたのをきっかけに初めて付き合った子から、別れ際に言われた言葉だ。
ピアスを開けて赤いリップを塗った、クラスの中でも派手めな子だった。
一緒に帰ったりデートをしたり、カップルらしいことはしたけれど、いつもどこかギクシャクして、一緒にいても言いたいことが何一つ言えなくて、結局、1年付き合った末、別れようと言われた。
それから別の人と付き合っても、気まずくなってこちらから別れを切り出すか、もしくは「わたしのことそんなに好きじゃないでしょ」と言われて別れを切り出されるかの2パターン。3ヶ月続けばいい方だった。
そう。結局、恋愛が向いてないんだ。
適度にお酒を飲みながら女性陣から投げかけられる質問を上手く友人たちにパスしていくうちに、次第に彼女たちの興味は友人側に向けられたようだ。
そのままちょうどいい具合に気配を消すことに成功し、友人たちと女性陣の会話がはずむうちに、店を出る時間になった。
二次会に行こうと盛り上がる面々の端っこで、グラグラと酔って壁にもたれかかっている女の子が1人。
さっき、「赤リップが苦手」と言ったオレの言葉で、勢いよくお酒を煽っていたあの子だ。
『この子送ってくから、オレ二次会パスで』
そう申し出れば、みんな、助かったといった顔をして「じゃあ申し訳ないけどよろしくね」と楽しげに街の向こうへ消えていった。
『ほら』
近づいて肩を貸そうとすると、たどたどしい呂律で「いいです」と手を振り払われるも、すぐにぐらりと身体のバランスを崩すから、強引に彼女の腕を肩にかけた。
『もう、あんな無茶な飲み方するから』
「……だれのせいだと思ってんの」
『……オレのせいか』
思わず笑えば、彼女は拒むのを諦めたように、こちらに体を預けた。
「………ていうか、わたしのこと、おぼえてたんだ。しらんぷりするから、わすれてるのかと思った」
『…ごめん、思わず動揺して。…さすがに忘れないよ、1年付き合ったって、今でもオレの最長記録なんだから』
そう言うと、彼女はオレの肩を掴む手の力を少し強めて、
「自慢にならんわばか」
と、高校のときと変わらない赤い唇のまま、怒ったように呟いた。
暗い夜道を、ゆらりゆらりとおぼつかない足取りで歩く彼女を、横で支えながら歩く。
『この道歩くの、ひさしぶり』
「高校のとき、よく帰り、いえまでおくってくれたもんねえ〜…」
酔いに合わせて眠気も襲ってきたのか、彼女の声はさっきよりもふにゃふにゃとしていた。
『このへん意外と変わってないんだね』
高校の頃の記憶と照らし合わせながら、周りを見渡して呟けば、
「それはぁ〜、しょおりのほうもでしょお!」
と、急に声を大きくして、彼女はいきなりオレの顔を手でグリグリとこねくり回した。
『は?!なに痛い痛いやめて』
「このぉ〜〜〜あいかわらず女子よりきれいな顔してさ〜〜もお〜〜」
『やっ、やめて』
「5年経ってもやあっぱタイプなんだよなあ〜〜ほんとずるいなぁ〜!」
『いいかげんにしろ酔っ払い』
手首を掴み引き剥がすと、彼女は少しきょとんとした顔をしたあと、へらっと大きく笑った。
「そゆとこは、かわったんだねえ」
言葉の意味がわからず黙ると、彼女はオレの腕を離れてふらりと1人で歩き始めた。
「高校のときさあ、勝利、わたしのこと、正直こわかったでしょ」
まあわたしちょっと派手でギャルっぽかったしなあ、と返事を待たずに彼女は続ける。
「いやあ、わかってたんだよ? きっと苦手なタイプって思われてるだろうなあってことはねぇ」
彼女はケラケラと笑った。
「でもとりあえず気持ちはつたえとかなきゃって、それでコクったら、まさかのOKされちゃって、あれあれあれぇ?みたいな。そりゃあもう腰抜けるくらいびっくりして、だけど、嘘ですやっぱやめますって言われるまえに押しきっちゃえーって、」
陽気に話し続ける彼女の数歩後ろを歩く。
「がんばったよねえ、でもねえ、やっぱそおいうのって途中でだめになるよねえ。気づいたもん、あ、この人わたしといるとき無理してるんだなって。勝利、わたしの前でいっつも何か言いたそうにしてて、だけどいつも何も言わなかった」
彼女はゆらゆら歩き続ける。
「恋って押してなんぼっしょって思ってたけどさあ、やっぱ今思うと子どもだったよねえ。ずっと、わたしだけがすきだった。すきで、すきで、だいすきで、だから、よけい、…っっわ、!」
下を向いて歩いていた彼女は、道路脇に停められていた自転車に気づかなかったようで、派手にぶつかって自転車と一緒に倒れた。
『大丈夫?!』
慌てて駆け寄り手を差し出すと、こちらを見上げた彼女の頬は濡れていた。
「いたくて、ないちゃった」
子どものように幼く笑ったけど、その頬が転ぶ前から濡れていたことは、たぶんどんなに鈍感な人間でもわかっただろう。
彼女はオレの手を取って立ち上がると、その手を離さないまま、顔を隠すように俯いた。
ハイトーンの髪の毛の間から覗いたピアスが、街灯の光に反射する。
「ねえ、嘘でもいいから好きって言ってよ」
フフ、と笑っているような、ちゃらけたような口調。
「今だけでいいからさあ、酔っぱらいの戯言に付き合ってよ、勝利」
だけど繋いだ手は小さく震えていた。
その姿は、何度も思い返したあの日の光景と重なった。
放課後の教室で、制服のスカートを握り、普段は爛々と強い光を宿した目を自信なさげに揺らして、赤い唇を噛みしめていたあのときの彼女に。
────ああ、本当はずっと。
『…5年前、君の隣で、言いたいことなんか何一つ言えなくて、でも、あのときやっぱり言えばよかったって、ずっと後悔してた』
空いている左手を爪が食い込むほどきつく握りしめる。
何度もこの道を2人で歩きながら、ためらって声にできなかった言葉たちを、今なら、まっすぐに。
『……「可愛い」「もっと近くにいきたい」「離したくない」「まだ一緒にいたい」…………「苦しいくらい好きだよ」って、ずっと言いたかったんだ』
震えそうになる声を隠すように、繋いだ手に力を込めた。
嘘でもいいから好きって言ってよ、なんて。
『ねえ、あのさ、酔っぱらいの戯言にしてあげられないくらい、オレは5年間ずっと本気なんだけど、嘘じゃない時はなんて言えばいいの?』
尋ねた声は自分でも驚くほど情けなかった。
5年も、とっかえひっかえ、うだうだと人を巻き込んで傷つけて、それでも諦めきれなくて、何をやってたんだかと自分の愚かさに呆れ、嫌悪する。
恋愛が苦手だなんて、そんなの手遅れの気持ちを見ない振りした言い訳で。
上手くいかないのは当たり前。
だって、君と別れたあといろんな人と付き合ったけど、結局それらは全部、君のことがほんとうに好きだということを確かめる作業に過ぎなかったんだから。
「うそ」
彼女は、信じられないといったように目を大きく見開いた。
「え、うそだよ、だって勝利、わたしのこと苦手で、別にわたしのこと好きじゃなかったけど、やさしいから付き合ってくれてただけで」
『ちゃんと好きだったよ。……たぶんオレの方がずっと、今も』
たしかに最初は苦手だった。クラスメイトの彼女は、派手で負けん気が強そうで目立っていて。
自分とは違う種類の人間だ。
そう思っていたから、夕暮れの教室で、赤い唇を小さく震わせながら懸命に言葉をオレに伝えようとする彼女に驚いて、橙色の光の粒子をまとわせ消えそうなほど儚くみえた姿に、同時に心がどうしようもなくざわついて。
陳腐な表現だけど、「恋に落ちる」という言葉を、そのとき初めて身をもって知ったんだ。
それは彼女と一緒に過ごす時間と比例して、もっと、ずっと、深く、色濃く。
こんなことを言ったらどう思われるんだろう、嫌われないだろうか、と悩んで言葉にできなくなるくらい、みっともないほど、恋をしていた。
そして結局伝えることのできなかった言葉を、だけど今度は間違えない。
彼女の柔らかな髪をかき分け、ピアスで縁取られた耳元に手を添えて、そっと口を重ねる。
ファーストキスのときと同じ、変わらないこの赤い唇。
『……ずっと好きでした。もう一回オレと付き合ってください』
顔を離し、おそるおそる目線を上げると、彼女は目の縁いっぱいに涙をためて、怒っているような、何かを堪えているような顔をしていた。
「……高校のときよりキスが上手くなってて、ちょっと妬けちゃった」
その赤い唇が、ゆっくりと小さく動く。
────もう一生わたし以外の人にキスしないで。
朱色に頬を染め、掠れた声で耳に届いた言葉は、まるで福音のようで、約束を交わすように、もう一度深く口づけた。