唇は赤く紡ぐ
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『ごめんね。彼女がいるから今年はチョコ、全部断ってるんだ。でもオレに渡したいと思ってくれてありがとう』
今日何度目かの台詞を口にして、女の子が去っていくと、横にいる大学の友人がこれまた今日何度目かわからないため息をついた。
「これが……紳士と言われる所以……断り方までがジェントルメン……」
『なにそれ』
呆れながら笑うと、友人は首を振りながら「ほんと尊敬する」と呟いた。
「いやけどもったいねーよ、オレだったらチョコ全部もらうね」
『オレは彼女からの1個がもらえればいーの』
「は〜これだからモテるやつは余裕が違うわ…。彼女2コ下だっけ?今日これから2人で何かしたりすんの?」
『大学終わったら帰りウチ寄ってってください、ってさっき連絡きてた。だからそのタイミングで、オレもサプライズでプレゼント渡そうかなって』
カバンの中にあるネックレスの入った細長い箱を思い浮かべる。
数日前にアクセサリーショップで選んだそのネックレスは、見た瞬間に華奢でシンプルなデザインが、ショートボブの彼女にぴったりだと思った。
「逆バレンタインて…ほんとどこまで完璧なんだよ……もはやオレは一周回って彼女が羨ましいよ…こんな完璧な彼氏がいるなんてさぁ」
『お褒めに預かり光栄です。てことで、悪いけど先帰るな』
「ほいほい、お熱い夜を〜〜」
バカ、と言い残して手を振り、大学を後にする。
彼女の家は大学から電車で3駅と徒歩で10分。
行きなれた道は、自然と早歩きになる。
ウチ寄って、とわざわざ言うということは、チョコをもらえるのはほぼ間違いないだろう。
彼女はどんなチョコをくれるんだろう。手作りだろうか、買ったものだろうか。どっちにしても嬉しい。
そして、オレがプレゼントを渡したら、どんな顔をして驚いて、どんなふうに笑ってくれるんだろう。
口元の緩みを抑えきれないまま歩を進めれば、あっという間に彼女の家に着いて、インターホンを押せば、中から、はーい、と声が聞こえてドアが開く。
そわそわと膨らんでいた期待。
だけどそれは、彼女の姿を見た途端、たちどころに消え去った。
「わざわざ来てもらってありがとうございます」
くっきりと施されたメイクに外行き用だとはっきりわかる服。そして、唇にひかれた真っ赤なリップ。
オンオフの切り替えが激しい彼女は、大学には最低限のメイクしかしてこないし、ましてや家の中でメイクしているところなんて見たことがない。化粧は面倒だから張り切ってやるのは遊びに行く時だけ、と言っていた。
ということは、考えられるのは1つ。
『……今日これからどっか行くの?』
嘘だろうと思いながら投げた問いに、彼女は全く意に返さない様子で答えた。
「ああ、これからバイト先の飲み会なんですよ。だからその前に先輩にチョコ渡そうと思って。一応バレンタインだし」
はい、とこちらに手渡された紙袋は、受け取り手を見つけられないまま、宙でプラプラと揺れた。
『………なんなの、それ』
「何って、チョコですけど…」
『そういうことじゃなくて!』
低く降った声に、彼女はようやくこちらの異変に気づいたようだった。
『今日バレンタインだよ?チョコ渡すだけ渡してじゃあはい飲み会行ってきますってそんなのなくない?!』
「え、でも特に予定たてたりとか約束したりとかなかったですし…」
『普通バレンタインは恋人と一緒に過ごすもんでしょ!オレそれが当たり前だと思ってたし、〇〇と一緒に過ごすの楽しみにしてたんだけど〇〇はそうじゃなかったんだ』
「や、だって」
『それにその服もメイクも!そんな首元空いた服着て、いつもより濃いメイクして、なにそれ、飲み会に好きなやつでも来るの?だからそんなカッコしてんの?ねえ!!どうな』
「じゃかしいわ!!!!!」
オレの言葉を遮り響いた大きな声に、反射で背筋が伸びた。
彼女の茶色い目が細くなって、その三白眼は威圧感を放つ。
あ、やばい、完全にスイッチ入ってる。
鋭い眼光がこちらを刺すように射抜く。
「…なあ、バレンタイン一緒に過ごせんのは悪いと思っとるよ。だけどしゃーないやん、先輩、バレンタイン一緒に過ごしたいなんて一言も言わんかったよな?」
さっきまで沸騰していた頭は、冷水をかけられたように一気に冷めていく。
彼女の切り替えが激しいのはメイクだけじゃない。むしろ本当に激しいのはその気性の方。
キレたときに出る方言混じりの言葉は、語気に反して理路整然としていて、たいていオレの方に非があることを淡々と突きつける。
「こっちだってなんも言われんかったら分からんよ。先輩も予定あんのかなって思うし。それを責められんのは違くない?」
『…はい』
「まあ、それは聞かずに勝手に解釈したわたしも悪かったわ。けど、わたしがいっちゃんイラついとんのは、そのあと。何? 好きなやつ来るのって、わたしそんな信用されとらんの?」
人の声から聞かされるその言葉に、自分はなんてことを言ってしまったんだと初めてその重さに気づく。
今までの信頼関係を全部壊すような言葉。
いくら頭に血が上っていたからって酷すぎる。
「わたしは好きな服着て好きなメイクしとるだけ。好きな人も先輩だけ。わかっとるやろ、それくらい」
『ほんとに……ごめん』
消え入るような声でなんとか謝れば、恥ずかしさといたたまれなさに体が押しつぶされそうになる。
彼女のことになると、いつも冷静ではいられない。
いつでもオレを優先してほしい。
オレの前以外で綺麗な格好なんてしないでほしい。
他の男となんか一切口をきかないでほしい。
彼女を目の前にするたびに、そんな言葉を押し込めるのに精一杯で、自分の嫉妬深さに辟易して。
1番余裕を見せていたいのに、1番情けない姿ばかりを見せてしまう。
本当に、かっこわるい。
黙ったオレを見て、彼女は大きくため息をついた。
幻滅された、と肩をすくめたオレの前で、だけど彼女はおもむろに自分の服の襟に手をかけ、ぐっと開いた。突然の行動に意図がわからず戸惑うオレを見て、彼女は呆れたように笑った。
「ほら、好きなだけつけてください、キスマでも噛み跡でも。そうすれば、飲み会、少しは心配じゃなくなりますか?」
華奢な首筋と鎖骨を露わにして、赤い唇をつり上げた彼女に、思わず息を呑む。
とても2歳年下だなんて思えないほど、あまりに妖しく艶めいて。
理性なんて根こそぎ奪われて、ぼうっとする頭のまま、引き寄せられるようにその肌に口づけた。
少しひんやりとしたその体温を、唇で奪うように吸うと、白い肌の中でそこだけ赤く色づいた。
これは、オレだけのものだ。
たまらず、首筋にも、肩にも、赤を落としていく。
ふふっという声とともに肩がわずかに揺れて見上げると、彼女はオレの頭に手を乗せ、ゆっくりと髪を撫でた。
「ほんと、犬みたいに手がかかる」
彼女は笑ったけど、たぶんそれはあながち間違いじゃない。
『……わん』
紳士でも、なんでもない。
オレはただの君の飼い犬。
君がいれば嬉しいし、君がいないと悲しい。
君が他のものに気を取られていると、たまらなく苦しくなって、こっちを見てと、つい吠えてしまう。
彼女の首元に顔をうずめる。
『………今日ずっと楽しみにしてたから、ショックだったんだ』
「うん」
『おまけにすごい可愛いカッコして出てくるくせに、それがオレのためじゃないってすぐわかって』
「うん」
『……オレが一目惚れしたときもさ、おんなじ赤いリップつけてたから』
「うん、そうだったね」
『おんなじように誰かが〇〇のこと好きになっちゃうかもしれないって、よけいに不安になってイライラした』
「もしそうでも、わたしは先輩が好きなのにね?」
顔を上げると、微笑んだ彼女に軽くキスを落とされた。
彼女にもう一度くしゃくしゃと頭を撫でられ、両手で頬を挟まれ持ち上げられる。
ゆっくりと諭すような甘い口調が、脳に響く。
「なるべく早く帰るから、いい子にして待っててください」
すきだよ先輩。
そう言ってもう1度唇を触れ合わせ、彼女は立ち上がった。
紳士。ジェントルマン。完璧な彼氏。
そのどれもが君の前じゃ当てはまらない。通用しない。
いまだ思考力を取り戻さない頭のまま、彼女の背中をぼんやりと見つめる。
揺れるショートボブ。
猫目の茶色い瞳。
そして、あの日からずっと心を囚われ続けている赤い色。
まだ彼女の感触を覚えている唇をそっとなぞる。
君に移されたその赤が、首輪みたいに、一生オレの唇に残って君に繋いでおいてほしいと、そう思った。
『ごめんね。彼女がいるから今年はチョコ、全部断ってるんだ。でもオレに渡したいと思ってくれてありがとう』
今日何度目かの台詞を口にして、女の子が去っていくと、横にいる大学の友人がこれまた今日何度目かわからないため息をついた。
「これが……紳士と言われる所以……断り方までがジェントルメン……」
『なにそれ』
呆れながら笑うと、友人は首を振りながら「ほんと尊敬する」と呟いた。
「いやけどもったいねーよ、オレだったらチョコ全部もらうね」
『オレは彼女からの1個がもらえればいーの』
「は〜これだからモテるやつは余裕が違うわ…。彼女2コ下だっけ?今日これから2人で何かしたりすんの?」
『大学終わったら帰りウチ寄ってってください、ってさっき連絡きてた。だからそのタイミングで、オレもサプライズでプレゼント渡そうかなって』
カバンの中にあるネックレスの入った細長い箱を思い浮かべる。
数日前にアクセサリーショップで選んだそのネックレスは、見た瞬間に華奢でシンプルなデザインが、ショートボブの彼女にぴったりだと思った。
「逆バレンタインて…ほんとどこまで完璧なんだよ……もはやオレは一周回って彼女が羨ましいよ…こんな完璧な彼氏がいるなんてさぁ」
『お褒めに預かり光栄です。てことで、悪いけど先帰るな』
「ほいほい、お熱い夜を〜〜」
バカ、と言い残して手を振り、大学を後にする。
彼女の家は大学から電車で3駅と徒歩で10分。
行きなれた道は、自然と早歩きになる。
ウチ寄って、とわざわざ言うということは、チョコをもらえるのはほぼ間違いないだろう。
彼女はどんなチョコをくれるんだろう。手作りだろうか、買ったものだろうか。どっちにしても嬉しい。
そして、オレがプレゼントを渡したら、どんな顔をして驚いて、どんなふうに笑ってくれるんだろう。
口元の緩みを抑えきれないまま歩を進めれば、あっという間に彼女の家に着いて、インターホンを押せば、中から、はーい、と声が聞こえてドアが開く。
そわそわと膨らんでいた期待。
だけどそれは、彼女の姿を見た途端、たちどころに消え去った。
「わざわざ来てもらってありがとうございます」
くっきりと施されたメイクに外行き用だとはっきりわかる服。そして、唇にひかれた真っ赤なリップ。
オンオフの切り替えが激しい彼女は、大学には最低限のメイクしかしてこないし、ましてや家の中でメイクしているところなんて見たことがない。化粧は面倒だから張り切ってやるのは遊びに行く時だけ、と言っていた。
ということは、考えられるのは1つ。
『……今日これからどっか行くの?』
嘘だろうと思いながら投げた問いに、彼女は全く意に返さない様子で答えた。
「ああ、これからバイト先の飲み会なんですよ。だからその前に先輩にチョコ渡そうと思って。一応バレンタインだし」
はい、とこちらに手渡された紙袋は、受け取り手を見つけられないまま、宙でプラプラと揺れた。
『………なんなの、それ』
「何って、チョコですけど…」
『そういうことじゃなくて!』
低く降った声に、彼女はようやくこちらの異変に気づいたようだった。
『今日バレンタインだよ?チョコ渡すだけ渡してじゃあはい飲み会行ってきますってそんなのなくない?!』
「え、でも特に予定たてたりとか約束したりとかなかったですし…」
『普通バレンタインは恋人と一緒に過ごすもんでしょ!オレそれが当たり前だと思ってたし、〇〇と一緒に過ごすの楽しみにしてたんだけど〇〇はそうじゃなかったんだ』
「や、だって」
『それにその服もメイクも!そんな首元空いた服着て、いつもより濃いメイクして、なにそれ、飲み会に好きなやつでも来るの?だからそんなカッコしてんの?ねえ!!どうな』
「じゃかしいわ!!!!!」
オレの言葉を遮り響いた大きな声に、反射で背筋が伸びた。
彼女の茶色い目が細くなって、その三白眼は威圧感を放つ。
あ、やばい、完全にスイッチ入ってる。
鋭い眼光がこちらを刺すように射抜く。
「…なあ、バレンタイン一緒に過ごせんのは悪いと思っとるよ。だけどしゃーないやん、先輩、バレンタイン一緒に過ごしたいなんて一言も言わんかったよな?」
さっきまで沸騰していた頭は、冷水をかけられたように一気に冷めていく。
彼女の切り替えが激しいのはメイクだけじゃない。むしろ本当に激しいのはその気性の方。
キレたときに出る方言混じりの言葉は、語気に反して理路整然としていて、たいていオレの方に非があることを淡々と突きつける。
「こっちだってなんも言われんかったら分からんよ。先輩も予定あんのかなって思うし。それを責められんのは違くない?」
『…はい』
「まあ、それは聞かずに勝手に解釈したわたしも悪かったわ。けど、わたしがいっちゃんイラついとんのは、そのあと。何? 好きなやつ来るのって、わたしそんな信用されとらんの?」
人の声から聞かされるその言葉に、自分はなんてことを言ってしまったんだと初めてその重さに気づく。
今までの信頼関係を全部壊すような言葉。
いくら頭に血が上っていたからって酷すぎる。
「わたしは好きな服着て好きなメイクしとるだけ。好きな人も先輩だけ。わかっとるやろ、それくらい」
『ほんとに……ごめん』
消え入るような声でなんとか謝れば、恥ずかしさといたたまれなさに体が押しつぶされそうになる。
彼女のことになると、いつも冷静ではいられない。
いつでもオレを優先してほしい。
オレの前以外で綺麗な格好なんてしないでほしい。
他の男となんか一切口をきかないでほしい。
彼女を目の前にするたびに、そんな言葉を押し込めるのに精一杯で、自分の嫉妬深さに辟易して。
1番余裕を見せていたいのに、1番情けない姿ばかりを見せてしまう。
本当に、かっこわるい。
黙ったオレを見て、彼女は大きくため息をついた。
幻滅された、と肩をすくめたオレの前で、だけど彼女はおもむろに自分の服の襟に手をかけ、ぐっと開いた。突然の行動に意図がわからず戸惑うオレを見て、彼女は呆れたように笑った。
「ほら、好きなだけつけてください、キスマでも噛み跡でも。そうすれば、飲み会、少しは心配じゃなくなりますか?」
華奢な首筋と鎖骨を露わにして、赤い唇をつり上げた彼女に、思わず息を呑む。
とても2歳年下だなんて思えないほど、あまりに妖しく艶めいて。
理性なんて根こそぎ奪われて、ぼうっとする頭のまま、引き寄せられるようにその肌に口づけた。
少しひんやりとしたその体温を、唇で奪うように吸うと、白い肌の中でそこだけ赤く色づいた。
これは、オレだけのものだ。
たまらず、首筋にも、肩にも、赤を落としていく。
ふふっという声とともに肩がわずかに揺れて見上げると、彼女はオレの頭に手を乗せ、ゆっくりと髪を撫でた。
「ほんと、犬みたいに手がかかる」
彼女は笑ったけど、たぶんそれはあながち間違いじゃない。
『……わん』
紳士でも、なんでもない。
オレはただの君の飼い犬。
君がいれば嬉しいし、君がいないと悲しい。
君が他のものに気を取られていると、たまらなく苦しくなって、こっちを見てと、つい吠えてしまう。
彼女の首元に顔をうずめる。
『………今日ずっと楽しみにしてたから、ショックだったんだ』
「うん」
『おまけにすごい可愛いカッコして出てくるくせに、それがオレのためじゃないってすぐわかって』
「うん」
『……オレが一目惚れしたときもさ、おんなじ赤いリップつけてたから』
「うん、そうだったね」
『おんなじように誰かが〇〇のこと好きになっちゃうかもしれないって、よけいに不安になってイライラした』
「もしそうでも、わたしは先輩が好きなのにね?」
顔を上げると、微笑んだ彼女に軽くキスを落とされた。
彼女にもう一度くしゃくしゃと頭を撫でられ、両手で頬を挟まれ持ち上げられる。
ゆっくりと諭すような甘い口調が、脳に響く。
「なるべく早く帰るから、いい子にして待っててください」
すきだよ先輩。
そう言ってもう1度唇を触れ合わせ、彼女は立ち上がった。
紳士。ジェントルマン。完璧な彼氏。
そのどれもが君の前じゃ当てはまらない。通用しない。
いまだ思考力を取り戻さない頭のまま、彼女の背中をぼんやりと見つめる。
揺れるショートボブ。
猫目の茶色い瞳。
そして、あの日からずっと心を囚われ続けている赤い色。
まだ彼女の感触を覚えている唇をそっとなぞる。
君に移されたその赤が、首輪みたいに、一生オレの唇に残って君に繋いでおいてほしいと、そう思った。
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