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帰りの電車に乗るころには、太陽はもう沈みかけていた。


わたしたちの車両は、他にちらほらと数名いるくらいで、がらんとした車内で、2人とも遊び疲れたように静かに電車に揺られる。


さっきまで窓からさしていた黄金色の光は消え、空はまっさらな薄い紫にときどき水っぽい紅が交じっていた。


街を離れ、外の景色がどんどんひらけてくる。


薄紫に染まった窓と、ひっそりとした車内は、わたしたちの浴衣姿もあいまってとても幻想的で、帰り道ではない、どこか別の世界へ向かっているようだった。



まるで、銀河鉄道みたいだ。



数年前に読んだ本を思い出す。


主人公のジョバンニは、疎遠になっていた親友のカムパネルラと一緒に銀河鉄道の旅に出る。


化石発掘の大学士、灯台看守や鳥捕り。


いろいろな人たちと出会い、2人は “ほんとうのさいわい” をめざす。



“僕もうあんな大きなやみのなかだってこわくない。きっとみんなほんとうのさいわいをさがしにいく。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。”



電車は、音を立てて進んでいく。



『……今日、たのしかった』


「…うん」



前を向いたまま、風磨は窓の外の紫に目を細める。



『……すげーたのしかった』


「…うん」



紫が青みを増して深く、深く、わたしたちを包む。


夜の手前に彼と佇む、この一瞬こそが、きっとわたしの永遠になる。


泣きたくなるほど強く幸福を感じたのは初めてだった。



『………このまま、お前をさらって、ぜんぶ置いたまま遠くに行けたらいいのに』



視線を落とし、かすかに笑いながら彼が言う。


「いいよ」


彼の言葉の意味も、真意も、考える前に言葉が口からすべり落ちた。


ほんとうのさいわいのためならば、わたしのからだなんか百ぺん焼かれてもかまわない。


心の底からそう思った。



“どこまでもどこまでも一緒に行こう”



ジョバンニとカムパネルラ。


きっと、ジョバンニのさいわいは、カムパネルラとずっとずっと銀河鉄道の旅を続けることだったのだ。




電車はわたしの駅に近づき、少しずつスピードを落とす。


風磨は前を見据えたまま、ただ一言「ありがと」と呟いた。


それが何に対する感謝だったのか、今となってはわからない。


電車は駅にとまり、わたしは風磨に小さく手を振り、風磨は扉が閉まるまでずっと手を振り返してくれた。






わたしたちはその夏、とても長い時間、一緒にいた。


いろんなところに行っては、笑ったり、冗談を言い合ったり、時にはケンカをしたり、やっぱり笑ったり、お互いがお互いの側にずっといた。


だからだろうか。


彼が最後なんて言ったのか、わたしはどうしても思い出せない。





長い夏休みが終わり、学校へ行くと、もうそこに彼はいなかった。





彼は、わたしをさらってはくれなかった。



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