④
“どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのように、ほんとうにみんなのさいわいのためならば、僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない”
銀河鉄道を旅しながら、希望を瞳に宿してそう言ったジョバンニを、カムパネルラはどんな思いで見ていたのだろう。
悲しみ? 憐れみ? 懺悔?
もしかしたら、無邪気にしあわせを語るジョバンニを見て、嘲笑すらしていたのかもしれない。
彼が銀河の果てで見つめていたものを、いまだにわたしは見つけられずにいる。
『おはよ』
「ひっ」
夏期講習最後の日。
通学路を歩く途中、後ろから急に聞こえたのは、昨日から無意識に頭の中をループしていた声で、驚きのあまり変な息の吸い込みかたをした。
『そんな、朝っぱらから幽霊でも見たみたいな顔する?』
けらけら笑う彼の茶髪はなぜか昨日よりも光を多く吸い込んでいるようで、あまりの眩しさに思わず目をそらす。
「お、はようございます………」
あの目も、あの頰も、ぜんぶぜんぶゼロ距離にあった、あの夜。
考えないようにしようとするほど思い返されてしまって、本人を目の前に時間差の動揺が襲ってくる。
前髪を直すふりをして俯いたわたしの頭を、わしゃっと菊池風磨の手が包んだ。
『な〜〜〜に照れてんの?』
「別に照れてない!」
『そ?オレは結構恥ずかしいけど』
間髪入れず放たれた言葉に、返す言葉を一瞬で見失う。
『いま相当緩んだ顔してる自覚あるし』
そう呟いた彼は、わたしの頭の上にあった手を下ろし、そのまま上がった口角を隠すように口元を手で覆った。
にやっと笑いながらこちらを見て、またわしゃわしゃとわたしの頭を撫でる。
『そんなまじまじと見つめられても困るんすけど。お姉さん』
どうしよう。
なんか、ちがう。
昨日までと、なんか、ちがう。
流れる空気の匂いが、色が、質感が、昨日までより、もっとずっと、甘い。
「…学校遅れちゃうよ」
慣れない空気を振り切るように早足で歩きだしたわたしの後を、菊池風磨が小走りでついてくる。
『ときに、お姉さん』
「なに?」
『明日から本格的に夏休みなわけですけど、ご予定は?』
「明日は特になにもないけど…」
『どっか出かけよーよ』
くるっと前にまわりこんで覗き込んだ瞳は、朝露のように光を反射して。
『ちなみにこれ、あそびのお誘いじゃなくて、デートのお誘いだから』
さらりと揺れた髪の毛に、小さく息をのんだ。
今日初めて合わせたその目は、そそがれる朝日で涙袋が影を落として、ことさらに綺麗だった。