番外編① ぼくが恋に落ちたとき
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女の子は、みんな好きだ。
窓際で外を見てるあの子は髪が綺麗だし、廊下でおしゃべりしてるあの子は脚の形が最高。
ていうか、女の子っていうことが、もう可愛い。
開けられた窓からは蝉の声がうるさいくらいに聞こえてくる。
せっかく夏休みに入ったのに夏期講習で結局登校しなきゃならないなんて意味がない、なんてあいつらは嘆いていたけど、ここにいられるのも、もうこの夏休みで最後のオレにとっては、残りのカウントダウンを少しでも長く学校で過ごせるんだから夏期講習も悪くないな、なんて思っていた。
昼休みの教室、教卓の前で悪友と笑いながら、内心そんなセンチメンタルに浸っていると、どこからか視線を感じた。
顔を上げて視線の主をたどる。
あ、やっぱあの秀才ちゃんだ。
目は合う前にそらされたけど、たびたび感じる彼女の視線には前から気づいていた。
普通なら「オレのこと好きなのかな」なんて勘違いしてもいい案件だけど、彼女の場合、その視線は熱っぽいというよりも、あからさまに敵対心を感じるそれで。
まあでも、その顔もなんか可愛んだよな、ハムスターが睨んでるみたいで。
教室奥で友人と一緒にもぐもぐ弁当をほおばる彼女の顔が、昔飼ってたハムスターと重なって、思わず1人で小さく笑う。
同時に、睨み顔さえ魅力になるんだからやっぱ女子ってすげー、なんて妙に感心してしまった。
「風磨ァー、ノート提出して」
講習終わり、たくさんのノートを抱えながらやってきた友人は、どうやら教師にノート回収を押しつけられたようだった。
『あ、忘れてたわ。わり』
「うい。………あと提出してないのは長瀬さんか」
そうひとりごとのように呟いた声が聞こえ、彼女の席に向かおうとする腕を慌てて引き止めた。
『なあ、それオレが変わろっか?かわりに回収して提出しとく』
昼間の睨み顔。あの顔は、対面したらいったいどんな表情になるんだろう。
それは単なる興味だった。
邪な動機からの申し出を
「まじ?助かるわ、このあと部活あんだよ」
と単純な友人は一も二もなく快諾してくれた。
放課後、教室で1人机に向かう長瀬に、さっき手に入れた口実で声をかけると、彼女はオレを見てあからさまにギクッとした顔をした。
板書をとり忘れていたと言う彼女に、チャンスとばかりに無理やり自分のノートを押しつける。
本当に渋々、といった様子でノートを受け取った彼女は、この時間を早く終わらせたいのだろう。少し急いだような乱雑な字で文字を書き写していく。
なんか、地味めな秀才ってイメージに反して、すげえ感情が顔と行動にでるタイプなんだな。
意外な一面を知り、彼女に対する興味がむくむくと大きくなる。
普段なら、思っていても絶対に口に出さない言葉を投げかけたのは、どうせこの夏休みが最後だし、という投げやりさの後押しもあった。
『長瀬さぁ、オレのこと嫌いでしょ』
彼女は、その言葉にしばらく目を白黒させ必死に平静を装うとして淡い努力を続けていたけれど、急に腹をくくったようにこちらをまっすぐ見据えた。
「菊池風磨って、だって、星を食べてる感じするから」
投げかけられるであろう種々様々な罵詈雑言をシミュレーションしていた頭の中は、1ミリも予想していなかった答えに一瞬でまっさらになった。
オレを貶してるんだか褒めてるんだかわからない啖呵を勢いよく切った彼女は、しばらくの沈黙のうち、急に我に返ったようにしゅんとして、そそくさとその場を去ろうとする。
その姿があまりに可愛くて、さっきの威勢のいい啖呵と合わせて、思わず笑ってしまった。
一度笑ってしまうと、秀才とマリオという組み合わせも、彼女のセンスのいい言葉選びも、こっちを見据えたやけに肝の座った目つきも、全部がツボに入ってしまって止まらなくなる。
しばらくしてようやく笑いが収まるも、改めて彼女の言葉が思い返されて、残り火のようにくつくつと笑みが漏れる。
ふと顔を上げると、彼女は困ったように眉を下げ、顔を真っ赤にしていた。
夕日に照らされた頰は艶を放っていて、所在なさげに泳がす目は少し潤んでいるようで。
────うわ、これは、やばい。
騒がしい興奮と静かな興奮が交互に襲ってきて、心臓が跳ねるってこういうことなんだ、と初めて知った。
気づけば、教室を出ようとする彼女を引き止めていた。
なんか、口実を。
テストのとき以上に頭をフル回転させ、カバンの中に放り込んでおいた星形の飴の存在を思い出す。
飴を渡すついでに思わず手を握ったのは、後から考えればたぶん完全に下心だった。
オレより小さい、細くて火照った手。
後付けみたいに彼女の言葉をなぞった言い訳を残して、慌てて教室を出た。
────まじか。
自分でもはっきりとわかるくらい頰が熱くなっていた。
手を握ったくらいで、こんなふうになるなんて、初めてのことで。
女の子はみんな好き。
だけど彼女へのこれは、全然種類が違う。
今まで軽々と口にしていた好きよりも、もっとずっと、生々しくて熱っぽい、得体の知れないなにか。
窓から吹きこむ夏風が、新緑の匂いとともに、まだ熱の冷め切らない頰をするりと撫でていった。