最終話
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ちょっと長くなるけど、適当に聞いてよ。
そう前置きしてから彼は話し出した。
『まずは、何も言わずにいなくなってごめん』
風磨が頭を下げる。
『本当は、親の離婚で転校するってことはもう高2の始まりくらいには決まってた。でも、そのことは学校の奴らには誰にも言ってなかった。「転校するクラスメイト」じゃなくて、最後まで「菊池風磨」として接してほしかったから』
訥々と語る彼の声が静かに鼓膜を震わす。
この声が好きだった。
喉奥から出るような、少し掠れた、この声が。
震える唇をぎゅっと噛む。
『残りの時間をめいっぱい楽しんで、思い出作るって決めて、茶髪にもしたしバカもたくさんやった。そんで笑いながらサッといなくなるつもりだった。だけど、想定外なことが起こった。……好きな子ができた』
柔らかな眼差しで、彼が微笑む。
『オレを睨む目がなんか可愛くて気になって、興味本位で話しかけてみたら完璧に落ちた。びっくりした。落ちるときってこんな感じなんだって。あんな感覚今まで経験したことなかった。もっと仲良くなりたくて、わりと頑張って話しかけて………でも告白するつもりはなかった。いずれ離れるってわかってたから、そんなのあまりにも身勝手だし』
まあ、結局我慢できなかったけど。
ぽつりと呟く。
『罪悪感はあったけど、それ以上に楽しかったし、会うたび怖いくらい好きになっていった。………人生であんな夏2度とない。いつ振り返っても、あの夏が、真っ先にきらきら発光して飛び込んでくる。あれがオレの青春だったって自信もって言える』
言葉は2人の間に落ちて、静かな波紋を立てて沈んでいった。
風磨は目線を落とし、次の言葉を探すように俯く。
再び口を開こうとした彼を遮ったのは、わたしだった。
「…………まってよ」
無意識に出た声は、一度発してしまえば、考える前に口から次々と溢れた。
「ちょっと待ってよ。いきなりそんなこと言われたって、だってわたし、そんなのぜんぜん知らないし、ていうか、なんであのとき教えてくれなかったの。結局風磨は離れちゃうからバイバイって、そのくらいの気持ちだったってことでしょ。いくら好きって言っても、結局そうやって諦められるくらいのことだったんだよ!」
『それはちがう』
それは決して大きくはなかったけれど、有無を言わせない声音だった。
『オレが言えたことじゃないのはわかってるけど、でも必死で本気だったあのときのオレを否定しないでやって』
頼むよ、と呟いたまっすぐな視線に、何も言えなくなった。
『いなくなるって言えば、きっと遠距離になるんだろうなと思った。きっと別れるって選択をお前は選ばないんだろうなって』
「……あたりまえだよ。たぶんそんな選択肢、頭に浮かびもしなかった」
『自惚れとかじゃなく、オレもそう思った。……だからこそ、言えなかった。いなくなるって打ち明けることは、遠距離になるってことで、必然的にお前を待たせるってことだった。けど、オレたちはあのとき17歳で、お互い、とりまく環境も、自分自身も、これからどんどん変わる。そんななかで待っててなんていう、そんな曖昧な約束を背負う覚悟も、不誠実さを引き受ける度量も、17のオレにはなかった』
そこまで話して、風磨は数秒黙ってから、ゆっくりと再び口を開く。
『………でも本当は、もっと根っこのとこの理由は、ただ単純に、忘れないでいてほしかっただけなんだよな』
彼は自嘲的に笑った。
『バイバイって言って、それで綺麗に終わらせるなんてしたくなかった。前になんか進んでほしくなかった。ずっとオレを思い出して、あの夏で止まっていてほしかった』
カラン、とカフェオレの氷が溶けた。
知らぬ間にツンと痛んでいた鼻腔にぎゅっと力を込める。
『自分勝手でごめん。……覚えてないかもしれないけど、オレが「さらいたい」って言ったとき「いいよ」って言ってくれたのすげー嬉しかったよ。オレの無責任な言葉に未来を見てくれたことが、めちゃくちゃ嬉しかった。……でも確かに、オレも大人になった。もうあのときとは違う、17のときとは。…だから』
風磨が大きく息を吸い込む。
『準備ができたから、さらいにきた』
彼の声が、言葉が、わたしの皮膚を、脳を、攪拌する。
『17のあの頃とはちがう。責任も覚悟も未来も背負えるようになった。お前が望むならどこにだって連れてってやれる。…だから、今度こそオレにさらわれてくんないかな』
柔らかく掠れた、低い彼の声。
わたしのなかの17歳の彼女が、とろけるようにふんわりと笑った。
それは彼女が……あの夏に止まったままの少女が、7年間で初めて見せた笑みだった。
「…………っずるい…っ、終わらせるための話って言ってたのに…っ……」
堪えていたはずの鼻腔の痛みはいつのまにか決壊して、ぼろぼろと目から溢れた。
『ごめん。そんな気、最初っからさらさらなかった。そうでも言わないと話聞いてもらえなそうだったから』
悪びれる様子もなく、彼は笑う。
初めて泣き顔見た、可愛い。
からかうようにそう言って、彼はテーブルのナプキンを何枚か寄越す。
泣きたくなんかなかったのに、勝手に涙はこぼれ続けて止まらなかった。
風磨は、ナプキン12枚分、ずっとわたしを見つめ、黙って待っていてくれた。