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目を閉じて、7つのキスを数えたあの日。
わたしは君の青春の1ページになんて、なりたくなかった。
「きりーつ、れー、ちゃくせき」
うだるような夏。
日直の気だるげな号令は、発したそばから暑さに溶けていった。
学年全体を成績別で5段階に分けた夏期講習のクラスは、見慣れない顔ぶれが集まっているせいか、最初はみんなそわそわと落ち着かない様子だったけど、教師の淡々とした声と蒸し暑さで、開始5分と経たないうちにぐったりとした空気が蔓延した。
成績上位組のこの教室ですらこんな様子だから、学校は来年から夏期講習の廃止を検討したほうがいいだろうなぁ、とぼんやり前を向く。
黒、黒、黒、黒。
校則を従順に守った黒髪たちは、気だるげそうにしながらも、やっぱりそこは成績上位だけあって、手を動かしながら、視線を黒板と手元のノートの間で往復させている。
ていうか、この先生、板書が多いのに消すのが異常に早い。
あとで誰かに見せてもらおう、と早々にノートを取ることを諦めたわたしは、途端に手持ち無沙汰になってしまい、また後列の席から教室をじっと見渡す。
黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、
まどぎわ、ひとつ。
茶。
その茶髪は、教室に入ったときから目立っていた。
明らかに地毛ではないとわかる、金に近い茶髪。
さらりとしたその髪は、窓際で陽の光を浴びて、涼やかに夏を透かしていた。
まわりが机に俯くなか、頬杖をつき外を眺める彼の背中は、じとりとした教室で、そこだけ湿度が低いようにみえた。
自分のクラスの人の名前くらいしか覚えていないわたしでも、彼のことは知っていた。
学年で1番有名な、名前。
「菊池風磨、」
「え?」
「やっぱこのクラスにいるなんて、頭良いっていうのほんとだったんだね」
お弁当の卵焼きを頬張りながらそう言った佳代は、ちらりと教室の前方を見た。
教卓の前では、菊池風磨と、別クラスから菊池風磨を訪ねてやってきたのだろう男子たちがワイワイと騒いでいる。
教室の隅で慎ましやかにお弁当を食べている私たちにとっては、関わることのないであろう天上人の彼ら。
「そりゃ、だって1年の頃からずっと頭良いって有名だったじゃん」
実際、わたしも成績には自信のある方だったけど、何度か彼にテストで負かされることがあった。
あんぱんを頬張りながらそう返すわたしに、佳代は「でもさ〜〜〜」と眉を下げた。
「だってあんな派手な頭して、顔がよくて、陽キャで、クラスの最上位カーストにいるのに、あんたと同じく成績が学年で3本の指に入るくらい良いなんて信じたくないじゃん! ふつう成績が良い人間なんてそれしか取り柄のない中の下カーストじゃないの?! 不公平だよ!! 神様、ステータス振りが雑すぎる!」
「あんた、それわたし含めこのクラス全員敵に回す発言だから」
はぁ、と佳代は大きなため息をついた。
「なんかまかり間違って、菊池風磨と付き合えたりしないかな〜〜」
「は?」
あまりに突飛なことを言い出した佳代に驚いて、思わず声が出た。
「だって、あんな頭良いのにバカみたいなことばっかしてて、親しみやすくて兄貴肌。おまけに人懐っこいから先輩にも可愛がられる。あれを好きにならない女子がいるか? 高校生活、菊池風磨とひと夏の思い出でいいから作れたら、「青春しました!」って胸張って言えるのにな〜〜」
「そう?」
顔をしかめたわたしを見て、佳代が首をかしげる。
「あら、なにかご不満?」
「不満っていうかさ………怖くない?」
「怖い? まあ確かに口調とかは乱暴なとこあるかもしれないけど」
「そういうのじゃなくて」
「カースト上位に対する気後れ?」
「それも確かにあるはあるけど、じゃなくて……」
ますます首をかしげる佳代に、
「まあ、うちらとは関わりない人種だからさ」
とごまかす。
佳代はふぅん、と曖昧に返事をした後は、その話題に興味を失ったらしく、最近ハマっているという地下アイドルの話をし始め、ホッとした。
怖い、というか。
あの、友だちとどうでもいい話題をバカみたいに真剣に話して騒いでたり、授業をサボって海に行ってたり、暑いのにコンビニの肉まん全種類買ってきて何が1番美味しいか教室で食べ比べていたり。
そういう青春を大爆発させてる感じ。
わたしはどうにも菊池風磨が苦手だった。
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