【PET!番外編①】迷惑メイドたまき
椋が仕事を終えてようやく屋敷に帰ってきたのは、瑛知たちがすっかり眠った深夜だった。
「・・・・・。」
風呂も食事も終え、さっさと寝ようと思っていた椋だが、自分の大きなベッドはぐっすりと気持ち良さそうに眠る三人に占拠されていた。退かすのも面倒だったので、ちがう部屋で寝ようとドアに向かおうとした。
「んー……りょう……?」
寝ぼけた声で、ベッドの端で寝ていた瑛知がぼそぼそと椋の名前を呼び、椋のほうに寝返りを打った。それに気付いたのか、椋はいつもの無表情で少し瑛知の方を向いた。
「……うっ……ば、…ばかおまえ……それはたべものじゃ…ない……っ……」
どうやら椋に対して、失礼な夢を見ているらしい。
「…………。」
無言のまま、もう一度ベッドに近付く。そしてぐっすり寝ている瑛知の上の布団だけを剥がすと、瑛知の腕を引っ張ってベッドの下に落とした。
「いっ……!!?」
強引に眠りから覚まされ、瑛知はおどろいて飛び起きた。
「えっ、なん……って椋!? なにすんだ……っ!」
ほかの二人がまだ寝てるので、静かに椋に抗議をする。
「主人を差し置いてさっさと寝るとは、ペットのくせに偉くなったな」
「はあ!? こんな真夜中まで待っていられるか……つかなんでお前を待たなきゃなんないんだよ!」
落ちたときに打った腰をさすりながら立ち上がり、先ほどまで寝ていたベッドにまた寝転がった。
「お前のベッド満員だし、ほかで寝たら良いんじゃねえの」
まるで、今日わざと環たちの相手を瑛知に全部押し付けたことの仕返しかのように、瑛知はしっかりベッドに潜り込み、椋を見上げてそう言った。
「………………。」
その瑛知の様子に、椋は無表情のままだ。だが。
「……退け」
「うっわ!」
瑛知を無理やり足で下に落とし、ベッドの場所を奪う。普段通り顔には出さないが、椋の苛つきを買ったのは確かのようだ。何事もないように、椋は瑛知が寝ていた場所で横になる。
「て、てめー……!」
ここで折れていつも通りソファで寝れば良いのに、瑛知は負けず嫌いが発揮されると冷静な判断が出来なくなるらしい。
「最初に寝てたのは俺なんだから、椋はほかで寝ろよ……!」
椋の腕を両手で引っ張りベッドから引き摺り出そうとする。しかし、椋は力を入れていて、瑛知の力では全然歯が立たない。
「っこの、……くっ、退けってばっ……ぅわわっ!?」
一生懸命に椋を退かそうとしていた瑛知だが、逆に椋にその腕を引っ張られ、椋の上に倒れ込む。そのまま椋が片腕で瑛知を抱き込むと、身動きが取れなくなる。
最初は呆然としていた瑛知だが、自分の状況を思い出すと顔を真っ赤にし出した。
「てっ……てめっ……な、なにを……!」
どうやらこのあいだの、椋のベッドでのアレを思い出したらしい。先ほど環に同じようなことをされたときとはちがう、恥ずかしくて仕方ない感情が瑛知の動揺を誘う。
「放せ……!なんでこんなことするんだよ!?」
「おもしろいから。」
「………………」
椋の答えはいつも通り。瑛知の反応が『面白くて』、こうやって抱いているのだろう。
「そういえば、俺のベッドに勝手に寝ていたお仕置きがまだだったな……?」
「は……!? 環やシロ先輩だって寝てるし、俺だけじゃねぇだろ!?」
「そうだな。……それが?」
なにを言いたいのかわからない、というニュアンスを含んだ調子で瑛知に問う。
「お仕置きをするのはお前にだけだ。それに、クロカイ連中には『好きにしろ』と言っているからな」
「さっ……差別だ!!とにかく放せ……!俺はペットじゃない!」
暴れる瑛知の体を片腕で抱き込んだまま、もう片方の手を瑛知の首筋に当てる。引き寄せて自分の顔のほうに近付けさせると、楽しそうに笑った。
「なっ……」
「せいぜいとなりで寝ているこいつらに恥ずかしい声が聞こえないように、がんばるんだな」
……つい先ほどまでは、環たちが来てくれて嬉しいなどと微笑ましいことを思っていた瑛知だが。
(やっ……やっぱりすっげえ迷惑だーーっ!!)
元凶であるのに、何事もなく幸せそうにぐっすり眠っている環と司狼を涙目で睨んで、瑛知は明日絶対に追い出すことを心に決めた。
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