〜白薔薇の君〜




仕事して、の一言でアスベルはアレックスに執務室へ連行された。




『報告書、書いて』

「あぁ、これのことか。仕事って」



言わずもがな、騎士団への報告書である。

今思えば、アスベルと一緒にアレックスがラントへ来たのはこのためだったのかもしれない。


アスベルがラント領主になることで、彼自身報告書を持ってくる事が叶わなくなりそうに思ったマリク教官が、たまたま居合わせた(…)アレックスを同行させたのである。




『あ、サインも忘れないでね』

「わかってるって」



休みなく羽ペンを動かすアスベル。その間、本棚にある過去の報告書に目を通すアレックス。その隣にはいつ起きたのか、例の少女が珍しそうにアレックスの手元を覗きこんでいた。



『おはよう』

「?、おは…よう?」


アレックスが言ったことを繰り返してはいるが、発音や表情からして恐らく少女は意味を理解していないだろう。



『朝起きたら、みんなに言う言葉だよ』

「おはよう、って?」

『そう』


すると少し考える仕草を見せた少女はアレックスの元を離れ、デスクで仕事をするアスベルの元へ行った。





「アスベル。おは、よう…」

「!」


少し発音がたどたどしいが、少女からの朝の挨拶にアスベルは羽ペンを休め、少女に優しく微笑んだ。



「あぁ、おはようソフィ」


そう返してくれたアスベルに少女は満足そうな顔をし、ふらふらと窓辺に寄ってしばらく外を眺めていたのだった。





『私は一度、王都へ戻るわ。ラントの現状を騎士団へ報告しないと』

「そうか。そのために一緒に来たんだもんな。なら、港まで送るよ。亀車を手配しよう。」

『いいよ気を使わなくて。1人で戻れる』

「しかし…、…わかった。気をつけるんだぞ」



なんだか年下に見られているようなセリフだが(実際は年下)ただ心配してくれているだけなのだとアレックスは無理矢理理解する。


そんなアレックスの手には、新しくラントの領主となったアスベルのサインが書かれた騎士団宛ての報告書。

若干、字が汚いのは否めないが…。(ほっといてくれ)



「アレックス、どこかに行くの?」


ふと少女がアレックスを見上げてくる。



『うん。』

「ソフィ。少しの間会えなくなるだけだ。またすぐ会えるよ」

「本当に?」



今度はアスベルを見上げるソフィ。
彼女とはほとんど口を聞いた覚えはないのだが、どうやら少女はアレックスに思ってた以上に懐いてしまっているようだ。


アレックスは妹がもう1人増えたような気分になり、嬉しそうに微笑んだ。




『また会いに来るよ。アスベルに迷惑掛けないように、いい子で待っててね、“ソフィ”』

「うん」


アレックスの言葉に少女は機嫌を直したようで、大きく頷いた。







「門まで送るよ」

『ありがとう』



執務室の扉を開けるアレックスの後をアスベルも続き、階段下にいたフレデリックに「アレックスを見送りに行ってくる」と告げ、二人は屋敷を出て行った。




太陽が地平線から顔を出し始めた頃の街を歩く。
早朝のため見張りの兵以外は人はまばらで、とても静かだった。




『シェリアさんによろしく伝えておいてね』

「あぁ。アレックスも気をつけるんだぞ」

『わかってる』

「ラントへ来るときはちゃんと連絡を忘れないように。迎えに行くから」

『わかったってば』


「それから─」


『今度は何!?』



こうも注意点が多いと非常にめんどくさい。アスベルはいつからこんなに過保護なったんだが。…、…否、元からか。



『(それだけ気を許してくれたってことか…)』



それはそれで嬉しいが…正直、鬱陶しいのも否めない。


アレックスの呆れた態度にアスベルは苦笑い。



「マリク教官によろしく伝えておいてほしい。いずれ自分でちゃんと挨拶には行くつもりだが…」


いつになるかは分からないから、と残念そうにアスベルは話す。



『わかったよ。ちゃんと伝えておくから。他に要点は?』


これにはアスベルも二度目の苦笑い。もう無いよ、と返すと「そう。」、と、なんとも素っ気ない返事が返ってきた。



『それじゃ』

「あぁ、いろいろありがとう」



お互いに同じタイミングで出した右手。ちょっと驚いたりもしたが、小さく笑って互いの右手を握り、握手を交わす。


ほんの数秒繋いだ手。

離した瞬間、少しだけ寂しい気持ちが胸をくすぶった。



背を向け、歩き出したアレックスの背中をアスベルはしばらく見守る。すると、2mほど距離が空いたとき、ふと彼女が振り返った。





『アスベル』

「?」



何か忘れ物かと思ったアスベルだったが、アレックスの表情を見て、すぐに違うのだと悟った。




『言い忘れてたんだけど…、私のお父様とアストン様は戦友でいらしたの。』

「親父が!?アレックスのお父さんと…」

『うん。何年か前にあったフェンデルとの戦争の時にね。だから…その…』

「なんだ?」



自分の父親とアレック

スの父親が友人だった事にはもちろん驚いたが、彼女が言いたいのはそれだけではない。

だが、話が見えてこない。





『その…、アストン様とお父様は友人でっ、あの、今回の事、知っていて放っておくような人じゃない…と思うの。』


だから…と、しどろもどろに続ける。



『その息子のアスベルの事も、絶対見捨てたりしないはずだから…、…その、…困った事があったらいつでも連絡してほしい…』

「!、アレックス…」



『私もっ、友達…だから…。絶対助けに、なるから!…、』



そういう事か、とアスベルは納得する。

つまりアレックスはもう友達だ、と伝えたいのだろう。要所はある程度すっ飛ばしてしまったが、要はそういう事である。


だが言った本人、ものすごく恥ずかしかったのが前髪で赤く染まった顔を隠してしまっている。これはこれで可愛らしい仕草だ。




「あぁわかった。そうする」

『そ、それだけ!じゃぁね!!』









──また、会える日まで……。





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