〜白薔薇の君〜
戦闘が終わった後、私はもう一度アスベルの手を見たが、もう光ってはいなかった。ほんの一瞬だったけど、彼から暖かな気配を感じたのだ。
「今のは…」
一人物思いに耽っているとシェリアが驚きの声を発した。
どうやらシェリアも“見た”ようだ。アレックスの見間違いなどではなかったみたいだ。
「あぁ、手が光っていることか?最近になって急に出来るようになったんだ。」
『へぇ…、不思議ね』
「あぁ、本当に。そういえば二人共、大丈夫か?」
『私は平気。シェリアは?』
「私も平気よ。…あ、怪我…」
アスベルの手を見ていたら、血が滲んでいるのが見えた。言われた本人も今気づいたのだろうか。「あ、本当だ」などと言って、さして気にもしない様子だ。
「化膿したら大変。手を出して」
「あ、あぁ」
言い方は優しいがどこか威圧感がある物言いに逆らうことも出来ず、アスベルは素直に手を差し出した。
その手をシェリアが両手で優しく包み込む。
アレックスがシェリアの行動をじっと見つめていると、なんと彼女の手からもアスベルと同じ光が輝いた。
「!まさかシェリア…お前も…」
『アスベルと同じ光だった…』
流行ってるのかと世間に聞きたい。
その内、私も使えたりするのかしらなんて考えは、シェリアの悲しそうに伏せられたら瞳を見て、どこかへすっ飛んでいった。
「ここ最近になって突然使えるように…。七年前の事故の衝撃で未知の力が目覚めたのではとお医者様が…」
「未知の力…」
『……。』
医者なのに未知の力って…。そんな非科学的でいいのか。まるで医者いらずのようにも聞こえる発言だ。
それよりも私はアスベルとシェリアの間でちょくちょく聞く“七年前”とやらが少し気になり始めた。
「でも、なんだか不思議な気分だ。あのおてんばだったシェリアが怪我を治してくれるなんて」
「…七年も経てば人は変わるわ」
ほら、まただ。
その言葉を発する度に、聞く度に、二人はとても悲しそうな顔をするのだ。
…七年前といば、自分達はまだ10、11歳頃だろうか。そんな子供時代に一体何があったのだろう。七年経ったいまでも引きずってしまうほどの悲しい事が二人にあったのかもしれない、と私は思った。
*
その場を後にし、再び歩みを進める一行。
その道中、「自分の身は自分守れる」と言い張ったシェリアも戦闘に加わり、特に問題もなくアレックス達はラントの街の門が見える所までたどり着いた。
その頃には、行きは晴れていた空も今はすっかり厚い雲が覆っていた。
『なんだか降りそう…』
そう呟いて、アスベルと同じように空を見上げる。厚い雲のせいで今日は羅針帯が見えなかった──。
*
門をくぐって一安心した私だったが、それもほんの一瞬で終わった。
街の様子がおかしいのだ。騒がしいことは騒がしいのだが王都とはまったく別物である。
ラントの街は騒がしくもどこか静かでとても不気味だった。
そんなラントの街を眺めていると、大声を上げて駆けてくる人が一人。シェリアは彼を「バリーさん」と呼んだ。
「シェリア大変だ!フレデリックさんが!フェンデル軍と戦っている時に捕らわれてしまったんだ!!」
「!!、おじいちゃんが…!!?」
一瞬、誰?と思ってしまったが、シェリアがおじいちゃんと呼んだので彼女の身内なのだと思いついた。
だが、そのお陰でこの街の雰囲気にも納得がいく。街のすぐ外で戦争をしているんだ。私の中で国境紛争という言葉でも小規模な争いとばかり考えていたのだ。
…こんなに切羽詰まった状況だなんて考えもしなかった自分に腹が立った。
「奴らめ、とうとうこのラント領に本格的に進行を始めやがって…」
バリーという人が腹の底から悔しそうな声を絞り出し、手を握りしめる。
しかし、それも一瞬ですぐ顔を上げたかと思うとアスベルに頭を下げた。
「申し訳ありません、我々がついていながら。アスベル様、この件につきましては後で如何様にも責を負います。ですが、今は急いでフレデリックさんを救出に向かわねば。」
「私も行くわ。場所はどこ?」
「今は国境砦と裏山の間でもみ合っている。」
「わかった。すぐに向かいましょう。」
「よし、俺も行く」
『私も行くわ』
その言葉にアスベルは驚き瞠目する。
「しかし危険だ。アレックスはここで…」
待っててくれ、と言いたかったのだが、彼女の真っ直ぐな瞳と発した言葉に言うことが出来なかった。
『大丈夫、私も戦える。守らなきゃ、ね?』
それも騎士の役目の一つだ、と彼女は言った。
「…あぁ、ありがとう。フレデリックをみすみすフェンデル軍の手に渡せるか。行こう、アレックス、シェリア!」
「「─えぇ!」」
三人は顔を合わせ力強く頷くと裏山に向けて駆け出した。
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