第14章
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パルス歴321年、冬――。
年の瀬も迫るこの時期、エレオノールは生まれて始めて異国の地を踏みしめることになる。
ペシャワールから東方・シンドゥラ国に向けて遠征の準備をつつがなく進めること一週間。
明日には同盟国シンドゥラの首都・ウライユールに向け出発する。
ナルサスの執務室で山のような雑務を言い渡されたエレンは鬼のような量の仕事を振ってきた主に忌々しい視線を送りながらもペンを走らせる右手を休めることはなく。
遠征の際に必要な糧食・武器・矢・馬の飼葉などその他もろもろの確保、補給経路などの最終調整の事前確認にエレンはすでに頭がパンクしそうになっていた。
うんうんと唸る新たな補佐役の頭から今にも湯気が出そうなその姿にナルサスは意地悪くくすりと笑うのであった。
するとそこへコンコンと控えめにノックし来客を知らせる。
顔を上げたナルサスとエレン。
同室にいたエラムがドアを開けた。
「これは、キシュワード殿。」
「すまんな。忙しい時に。」
「いえいえ。どうなされた?」
「うむ、エレンに少し用があってな。ここにいると聞いて来た。お借りしてもいいか?」
『私?』
思わぬ指名に自分を指差す。
ナルサスも不思議そうな顔を一瞬見せたが、特になにも疑問に思うことなく首を縦に振り承諾する。キシュワードが目線で着いてくるよう促すとそれに気づいたエレンが席を立ち、彼の後を追うように退室した。
『お話ってなんです?』
廊下を歩く二人。「詳しくは俺の部屋で話そう。」とそう言ったキシュワードはそれ以上その場では話してはくれなかった。
「お主、ラジェンドラ王子が気に入らない気持ちは俺も同感だがあまり不敬な態度をするなよ。あれでも一国の王子だからな。」
『同盟相手ですし?』
キシュワードは苦笑いする。
エレンの言い方では彼の忠告もあまり聞いてないようだ。エレンはラジェンドラ王子を前にするとまるで虫でも見ているかのような視線で彼を見下すので周りは冷や冷やしているのだ。
「昨日、俺にエレオノール殿には夫はいるのか、と聞いてきたぞ?」
『はっ!?』
「良かったではないか。"あの”王子に気に入られれば一国の王妃も夢ではないぞ。」
玉の輿ではないか、と冗談でからからと笑うキシュワード。
エレンの顔が嫌そうにする。
そもそもまだあやつは王位をついでもなければ異母兄弟を退けてもいない。そして何よりあのラジェンドラ王子の伴侶など死んでもゴメンだ。
『冗談はおやめくださいキシュワード様!――あっ!』
「きゃっ、」
キシュワードの冗談にムキになって返そうと右へ曲がった彼を後を追うように突き当りの廊下へと飛び出した瞬間、どん、と身体に何かがぶつかった。
そして聞こえた可愛らしい声。
聞こえた声の方を向くと本を数冊抱えた侍女が今にも後ろの方へ転けそうになっていた。
エレンは咄嗟にその侍女の左手を掴み、もう片方の手で腰を支えてぐい、と自身の身に引き寄せた。エレンより年下であろう少女は自然と見上げる形でエレンの顔を間近で見ることに。
まるで舞踏会のダンスのワンシーンのような絵図。
少女も間近で見た、恐ろしく顔の整った目の前の女性についじっと魅入ってしまい頬が次第に赤らんでいく。
『大丈夫?』
「――え、あ、は、はいっ。」
返ってきた返事に安堵したエレンはそっと左手と腰からその手を離した。
「申し訳ございません。わたくしの不注意でございます。」
『いえ、こちらこそごめんなさい。急に飛び出したのは私の方よ。怪我が無くてよかった。それじゃあ。』
「はい、助けていただきありがとうございました。」
落とした数冊の本を素早く拾い、少女に渡す。
そして少し離れて待つキシュワードの後を追ってその場を離れたエレンを侍女はしばらくぽーっと見つめていた。同じ侍女仲間に声を掛けられるまでどのくらいそうしていただろう。「帰ってくるのが遅い。」と小言を言われるもどこか上の空な彼女に何かあったのか訊ねると先程の小説のワンシーンのような出来事を熱く語りだしたのだった。
「あの方はどなただったのかしら。とてもお美しい方だったの。」
「へぇ〜、どんな姿だった?」
「それがね!栗色の御髪に透き通った碧い瞳だったわ。知ってるの?キシュワード様と歩いてらしたけれど…、」
うーん、と考えるもう一人の侍女。
あ、と思いついたのか相方を振り返る。
「きっとエレオノール様ね。」
「エレオノール様?そんな方ペシャワール城にいらしたかしら?」
「確か先輩が万騎長サーム様のご令嬢だって言っていたわ。アルスラーン殿下とともにここへ来たそうよ。」
「サーム様の…、そう。とても素敵な方だったの。まるで騎士道物語に出てくる騎士姫様のよう…。」
ぽわん、と先程のシーンを思い返す彼女にやれやれと肩をすくめるのだった。…しかし意外なことに水面下ではエレンの事を《騎士姫様》と呼び、ファンが着々と増え続けていることを城主であるキシュワードが知るのはしばらくしてからのことだった。
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