第12章
夢小説設定
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心配して損した、と一体このさき何度思うのだろう。いや、なにかあってからでは遅いからこのさきも心配して損したと思う方がずっといい。
ダリューンはそう思った。
キシュワードの言った通りエレンは中庭にいた。以前と同じようにフードを被り、しかしその視線は夜空を見上げていた。
ふわりと吹いた風でフードが外れた。
栗毛色の短い髪が緩やかに揺れる。
端正な横顔が星空の下で顕になる。
「……。」
美しい、と思った。
柔らかい栗色の髪と宝石を取り込んだような瞳。
ギーヴならもっとふさわしい言葉を知っているかも知れないが。
そう。彼女は美しい人なのだ。
戦場で戦う姿を知っているからあまり気に留めなかったが。
町中ですれ違えば誰でも一度は振り返る。そんな人だ。
ナルサスによく「お前は芸術を理解する心がない」と馬鹿にされるが、そんな俺でも今目の前にいる彼女を美しいと思う。ナルサスの言葉を借りるなら絵に書き留めたいという気持ちはこういうことを指すのかもしれない。
『ダリューン様?』
中庭で小さく響いた雲雀のような声にはっと意識が戻された。
じっと見つめていたのでさすがにエレンもダリューンが来ていることに気づいたようだ。
「ファランギースが心配していたぞ。夜中に一人でうろつくな、といっただろう。」
『あ。そう、でした。』
そろー…、とダリューンから目線を外す。
そんなことも言われた気がする、とエレンは気まずそうにした。
このままだと小言の一つや二つ言われかねない、と感じたエレンは『もう戻ります。』と言ってそそくさとダリューンの横を通り過ぎようとする。しかしその右手を痛くない力で掴み引き止められる。
掴んだ右手を返せばファランギースが言った通りだった。
『あ…っ、』
「…。」
ダリューンの無言が胸に突き刺さる。
返した手のひらは皮が向け痛々しかった。おそらく左手も同じに違いない。
この皮の向けた感じは剣を握る者なら容易に想像がつく。
「銀仮面…ヒルメス王子との時か。」
『あの、その…、…はい。』
「なぜ手当せぬ。放置して治るものではないぞ。」
『……。』
小さくうつむくエレン。
手のひらの傷は先日、銀仮面卿ことヒルメス王子が奇襲した際にエレンが戦った時に剣を弾き飛ばされまいと必死に手のひらの皮が剥けるくらい強く握りしめて出来たものだ。
ダリューンに促されるままに二人はそばの噴水に腰掛ける。ファランギースから預かった傷薬で丁寧に手当を施すその手つきは“戦士の中の戦士”とは想像もつかないほどに優しく。
ついじっと見つめるエレンにダリューンは痛むか、と訪ねた。
『いえ、ありがとうございます。』
「お主はいつも傷だらけだな。」
『不甲斐ないです。弱い証拠ですよね。』
「…珍しく弱気だな。どうした。」
エレンとは日常の会話はよくするが己の胸の内を晒すようなことはいままで一切なかった。
ダリューンは珍しそうにエレンを見下ろした。
丁寧に巻かれる包帯をぼぅと見つめる。
『ダリューン様が…、』
「…。」
『なにかあったら話すよう、仰ってくださったので…。弱音を吐いてみようかと思いまして。』
「―。…そうだったな。」
確かに。
相談や悩み事があれば頼って欲しい、とつい先日言った気がする。こうも早くされるとは思ってもいなかったが。
だが今になって伯父からの言葉の意味がようやく理解出来た。
“エレンを気にかけてやってほしい”と。
「伯父はお主のことを知っていてあんなことを俺に言ったのだな。」
『ヴァフリーズ様が何を仰ったのです?』
「アトロパテネ会戦の前、俺にエレンを気にかけてやってほしい、と言ったのだ。その時点ですでに伯父はお主の正体を知っていて俺にそういったのだろう。」
『ヴァフリーズ様が…、やはり最初から知っていて黙っていてくださったのですね。』
ヴァフリーズとは何度も王宮で会った。
でも彼はエレンとして私に接してくれていた。
エレンの本当の正体を知っていながら。
…そこでエレンはふと昔の記憶が蘇る。
十六年前、何故自分は燃える王宮から逃げ出せたのか思い出せなかったのだ。気づけば王宮の外、城下を歩いていた。
『…思い出したことがあります。』
「何をだ?」
『十六年前、どうして私が燃える王宮から逃げ出せたのか…。ずっと思い出せなかったのですが…、あれはヴァフリーズ様…だったように思います。』
“どうか生き延びてくださいませ。”
“王宮に戻ってはなりませぬ。”
重度の火傷を負ったその小さな身体を抱えてヴァフリーズ様は王宮の外へと逃してくれたのだ。
そのあと何も知らないサームに養子としてもらわれ王宮の外で生活をしてきた。ある年齢になったときサームに連れられ再び王宮へと足を踏み入れる。そこはもう自分が知っている王宮ではなかった。実父であるオスロエス王の代から弟であるアンドラゴラス王へと代替わりしすっかり様変わりしていたのだ。
それがとても悲しかった。
もう父と兄が生きていた時代ではないのだと現実を押し付けられる。
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