第2章
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カン、カン、といつかのように剣がぶつかり合う音が中庭に響いた。
キン!と見事に跳ね除けられた剣は宙を舞い、遠く離れた場所に落ちる。
剣が握りしめられていたであろう右手を虚しく見つめるはアルスラーン殿下。御年十四歳。
背丈も筋力も剣の腕前も数年前に比べてずいぶん成長なされたが、まだまだヴァフリーズには敵わないと思い知る。
「またか…、何度やってもだめだ…。」
「そんなことはございませぬよ。確実に上達しておいでです。アルスラーン殿下。」
「このザマでそんな事言われても実感が…。」
一太刀だって浴びせたことのない相手からの慰めほど、惨めになるものはないだろう。
がっくりと肩を落とすアルスラーン殿下。
「戦にでも出ればわかるのだろうけれど…、」
「そうですな。我がパルス王国に今、戦を仕掛ける輩がいるとは思われませんな。殿下のご活躍はまだまだ先になりそうです。」
はっはっ、とすこしシワの増えた顔で穏やかにヴァフリーズは笑うのだった。
するとその後ろから見慣れた人物がやってくる。
『アルスラーン殿下、
「む?」
「エレンか!」
久しい人物にアルスラーンの表情も明るくなる。
こちらも数年前と比べ、娘から女性へと成長したエレオノールが稽古をしていたヴァフリーズとアルスラーン殿下のもとへやってきたのだ。
『お久しぶりでございます。アルスラーン殿下、ヴァフリーズ様。』
二人のもとへやってきたエレオノールは膝をついて挨拶をする。
「うむ。お主は確か西方の河川の災害復旧に携わっておったな。」
『はい。堤防の補強、崩壊した橋の修理はほぼすべて完了致しました。これで足止めされていた商隊も無事に通行出来るかと。一段落しましたので一時帰還致しました。』
「ご苦労さま。また話を聞かせてくれ。」
『はい。アルスラーン殿下。』
笑顔で答えるエレオノール。
しかし和やかな雰囲気も一変。
エレオノールは背筋を伸ばして、袖に持つ書状をヴァフリーズに手渡した。
「これは…、」
『陛下から賜った書状です。父、サームがヴァフリーズ様を探しておいでです。共に陛下の元へ参上したく、と。』
手渡された書状を拝見したヴァフリーズの目が見開かれた。
その様子にアルスラーン殿下も釘付けになる。
「なんと…、戦が始まるようです。殿下。」
「――!?」
『…っ。』
その言葉にエレオノールも両手を握りしめたのだった。
パルス歴三二〇年 秋
西北方 ルシタニア国王軍
マルヤム王国を滅亡させ、パルス王国に侵入
アンドラゴラス三世自ら軍を率いて
アトロパテネの野に侵略軍を迎え打つ
王太子アルスラーン 初陣す。
ときに十四歳――。
* * *
『ダリューン様』
「エレンか。久しいな、いつ帰っておったのだ?」
災害復興として派遣されたのが三ヶ月ほど前になるか。
出撃前、シャブラングに跨るダリューンを見つけた。
目下エレオノールの心中その人である。
馬上にいるダリューンをエレオノールは見上げた。
『三日ほど前に。』
「なら声をかければよいものを。」
『申し訳ございません。お忙しいかと思い…』
「良い。気にするな。お主はここに残るのであったな。」
わざわざシャブラングから降り、目線を合わせてくれる黒衣の騎士。
それでも体格の差があるため、顔を上げなければ彼と目を合わせることが出来ないのだが。
自分の想いに気づいて欲しいと思う反面、気づいて欲しくないと頑なになる自分がいる。
それでも無事を祈るためこうして出撃ギリギリのタイミングで会いに来たのだ。
『はい。出撃前に申し訳ございません。一目お会いしておきたくて…。今回、私は父・サームの部隊にて城の警備の配属になります。』
「かまわん。…そうか。それでわざわざ遠方からお主を呼び戻したのやもしれぬな。」
『はい?』
「お主の腕は俺やサーム殿だけでなく多くのものが買っておる。手薄になるこのエクバターナに一人も多くの優秀な騎士を残しておきたいのだろう。」
『そ、そうでしょうか…。私などまだまだ…』
「ふっ、そう謙遜することはない。いつかいっていたな。俺と肩を並べて共に戦いたい、と。」
その言葉にエレオノールはすこし目を開く。
まさか三年も前のしかも、自分が初陣のときに言ったことをこの人は覚えていてくれたとは。
自然と胸が熱くなる。
『そう、でしたね…。よく覚えれておられましたね。』
「これでも記憶力には自信があるからな。此度の戦、共に行けぬのは残念ではあるが。エクバターナの守り、任せたぞ。」
彼の不敵なその笑みに頬が緩みそうになる。
必死にこらえ、エレオノールはダリューンに向けて敬礼した。その姿にダリューンは無意識にぽんと頭を撫でたのだ。思わずエレオノールがびっくりした顔を見せたのでダリューンも素早く手を引っ込める。
「す、すまん。つい…」
『い、いえ。ダリューン様、どうかアルスラーン殿下をお守りくださいませ。私の分まで。』
「―?あぁ。わかっている。」
当然のことを改めて言うものだから不審に思ったダリューンだったが、特に拒否することでもない。
ダリューンは再度シャブラングに跨ると出撃するため隊を引き連れてエクバターナを出兵していったのだった。
『(どうかご無事で…。アルスラーン殿下、ダリューン様…。)』
どうか彼らにパルスの神々のご加護があらん事を――。
この戦がアルスラーンとダリューン、そしてエレオノールの命運を分けた戦いとなる。
このさき苦渋の決断が幾度となく強いられることなど彼女はまだ知らない――。
第2章・完 2022/08/24