第9章
夢小説設定
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震える足で、なんとか立ち上がる。
一歩、また一歩と、エレンは後ずさりをする。
もはや床に這いつくばるバフマンのことなど、どうでも良くなってきた。
そんなことも気にする余裕がないのだ。
知られてしまった。
誰も知るものはいないとたかをくくっていたのに。
まさかヴァフリーズ様が知っていようとは…。
一体いつから…?
どうすれば…、どうすれば…。
足をふらつかせながら、エレンはその足を扉の方へと進める。
「お、お待ちくだされ…、」
『……おやめください。その名で私を呼ばないでっ。』
絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、震えていた。
『その名で、呼ばないでください!私はエレオノール!…万騎長サームの娘です!』
「――っ!」
『このことは誰にも言わないと約束してください。…お願いします。あなたのためでもあるのです!』
「わ、わしは…っ」
私は叫んだ。それはバフマンへの拒絶であると同時に、自分を王女へと引き戻そうとする【運命】への、絶望的な抵抗。
震える足で扉の前に立ち、バフマンを振り返る。
『今日のことは何もなかったことにいたしましょう。バフマン様は何も聞いておられない、知らないし何も話していない…。先王の王女など存在しない。どうかそのように…。』
「……っ、」
バフマンの心中は計り知れない。
口にした真実もなかったことにするよう言われては結局この胸のうちの苦しみをどのようにすればよいのか…。
申し訳なく思うが、今の私にはそんなことを気にする余裕が無い。
『(誰も知らないんだ…。十六年前、三歳だった王女の存在など…。知っていたとしてもみなが死んだと思っている。…それでいいんだ…。それで…。)』
私は万騎長サームの娘・エレオノール。
私は騎士だ。戦う定めの人間だ。
アルスラーン殿下に忠誠を尽くし、剣となり盾となってこの身を尽くすんだ。
憐れみを含んだ目で私を見つめるバフマンの姿を視界から取り除くように扉を締める。
バフマンの部屋を退室したエレンはあてもなくふらふらと廊下を歩く。
『あ…、』
力を振り絞って足を動かすも、かくんと力がぬけてしまい廊下に崩れ落ちるエレン。
しっかりしろ、しっかりするんだエレン。
しかしバフマンが言ったヴァフリーズから聞かされたということが今になっていろんな疑問となって頭を駆け巡った。
ヴァフリーズ様が知っていらしたということは…、そのほかにも知っている人がいるのではないか?
たとえば…、
『アンドラゴラス、国王陛下…、』
いや、まさかそれはない。
知っていれば私を道具なり何なりと使いたがるはず。父から私を取り上げるだろう。そうしないということは知らない、と考えてもいい、か?
ではダリューン様?…もありえないか。
だめだ。これ以上考えても答えは出ない。
ナルサス様が言っていたではないか。一人で考えても答えが出ないことは考えるだけ無駄だと。
『(だからって誰かに聞けることでもないのだけれど…。)』
「エレン殿?」
『――っ!』
名を呼ばれてびくん!と身体が震えた。
ばっと振り返るとそこにいたのは。
『ギーヴ…』
「どうされたのだ?顔が真っ青だが…。」
今ここにいるのがギーヴで心底助かったとエレンは安堵のため息をつく。
エレンの態度にギーヴは不思議そうな顔をする。
こんなとき王宮だの、宮廷だのとまったく関係のない人間がいてくれたことにエレンは有り難く思った。
『なんでも、ないの…。ギーヴ…何も聞かずに肩を貸して貰えないかな?部屋までいいから…。』
「ん〜そういうことなら喜んで。」
『あ、違う違う。肩を貸してくれるだけでいいから。』
意気揚々とお姫様抱っこをしようとするギーヴをエレンは全力で拒否した。差し出した両手が行き場を失い、残念そうにほろりと涙を流すふりをするギーヴにエレンは少しだけ心がほぐれた気がした。
一方でギーヴも鋭い勘の持ち主のようでなぜエレンが自分の足で立てないようなことになってるのか、そしてエレンがさっきまでどこにいたのかを瞬時に見抜く。
「(さしあたり、あの老人がエレンになにかを吹き込んだか…。まったくろくでもないじいさんだな…。)」
ギーヴに介抱されながらエレンはようやく自室に戻ってくることが出来た。
『ありがとうギーヴ。しばらく部屋にいるから誰か探していたら伝えてくれる?』
「承知した。ゆっくり休むと良い。あのじいさんに何言われたか知らぬが気にするな。」
『―っ!』
一瞬どきっとした。
まさかさっきの話をギーヴが聞いてたりするのか、と。
「どうせ年寄りの戯言であろう。俺がいつでもウードで美しい音色を奏でて忘れさせて差し上げよう。」
『ありがとう。今度お願いしようかな。』
「喜んで。」
仰々しく頭を下げたギーヴと別れたエレンは部屋に入り、それを見送った彼もその場を立ち去った。
…さて、一応報告はしておいた方がいいのかな、と考えるギーヴの足はまだ軍議が続いているであろう場所へ軽快な足取りで向かったのだった。
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