第9章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一緒にお茶を飲もう、となったはいいがどうすれば良いのだろう。
侍女を呼べばいいのか?
するとエレンの目に見えたのは壁側にある低い棚に置かれた茶器。それは自分の邸にもあったものと一緒だと気づき、あれなら私でもお茶を入れられると考えた。
『あの、茶器をお借りしても?』
「―?あぁ、かまわんが…、どうするのだ?」
『私が煎れてもよろしいでしょうか?よく父上にもお茶を煎れて差し上げていたので味には自身があります。』
「そうか…、では頼む。」
はい、と頷くとエレンは手慣れた手つきで用意する。侍女から熱いお湯を貰い、茶葉を二人分すくって湯を入れる。数分蒸らせば鼻に香る茶葉の良い香りがした。
『どうぞ。熱いですからお気をつけください。』
「ありがとう…。」
エレンから受け取った茶器からお茶をすするバフマン。すこし落ち着いたのか顔色がいくらかましになったように見える。
バフマンにならってエレンも温かいお茶を口に含んだ。爽やかな香りが鼻を抜ける。
…さてお茶をしようとなったはいいが、なんせ話題が無い。バフマン様とは顔見知りであったがキシュワード様ほどよく喋る相手というわけでもない。
『(…どうしよう…。話題がない。沈黙が痛い…。)』
何か話題はないものか、と必死に考える。
私程度の者がバフマン様の心境の変化の原因を尋ねるわけにもいかないし。
困った…、頭を悩ませていると先に口を開いたのはバフマンの方だった。
「お主の父は…、無事なのか?」
『あ、はい。エクバターナでの籠城戦のおり、負傷し王宮にて監禁されておりました。』
「お主はそこから抜け出して来たのか…。」
『はい、アルスラーン殿下が生きておられると聞いて…、居ても立っても居られなくて…。』
「そうか…。失うには惜しい男だからな…。無事でいることを祈ろう。」
『…はい…。』
エレンはきゅっと茶器を握りしめた。
「実はアトロパテネ会戦前にヴァフリーズから手紙が届いてな…、」
『手紙…ですか?ヴァフリーズ様から?』
「あぁ…。」
『ヴァフリーズ様は手紙になんと書いていらしたのです?』
「……。」
そこでバフマンの言葉が途切れてしまう。
よほどその内容を口にするのが恐ろしいのか。
みるみるうちに顔が青ざめていく。
『だ、大丈夫ですかバフマン様?無理に話していただかなくて大丈夫ですよ?』
「――っ!」
何を思ったのか、バフマンはいきなり席を立つとエレンの前で許しを請うように跪いて頭を床にこすりつけるように下げたのだ。
『な―っ!?バフマン様!なにをさなっているのですか?お立ちください!なぜそのような…っ』
「お許しくだされ!お許しくだされ!もはや儂にはどうすればよいのかわからぬのです!」
何度も許してくれと懇願するバフマンにエレンは頭が追いつかず。なんとかして彼を立たせよとするのだがびくともしない。
『バフマン様!私にそのようなこと…っ、立ってくださいませ!私は…っ』
その時、バフマンの口から出た言葉にエレンは硬直する。
「お許しくだされアルフィーネ様!」
―――…。
『ぇ…。』
いま、なんといったか…。
この方は…。
なぜこの方はその名を口にしたのか。
いやそもそもだ。
なぜその名を…、その、存在を…、
私の頭を真っ先に駆け巡ったのは、高潔な使命感などではなく、“どうして、今さら”という、泥のように重い絶望だった。
するりと手にした茶器がすべり落ちる。
カシャーン――…、と小さく陶器が割れる音がした。
心臓がどくどくと早馬のように激しく鼓動する。全身の血が荒々しく巡っているような気がした。息の仕方も忘れてしまったのか、うまく呼吸が出来なくて。息を吸うってどうすれば良いんだっけ。
バフマンの言葉に『人違いです』と叫びたかった。…けれど出来なかった――。
彼が口にした私の真の名——今は亡き実父と母、兄だけが呼んでくれたその響きが、私の声を奪っていった…。
たった一言が、私が築き上げてきたささやかな自由を鋭い刃のように切り裂いていくよう…。
『なぜ…、その名を…』
やっと出てきた言葉がそれだった。
バフマンはなおも床に頭をこすりつけたまま。
「ヴァフリーズからの手紙に書き記してあったのです。アルスラーン殿下のことと…そしてあなた様のことを…。エレオノールという娘がかつての先王オスロエス様の子・アルフィーネ王女殿下であると!」
『…うそ…。そんなはずはない。知ってるはずが…っ。なぜヴァフリーズ、様がそんなことを…。』
全身の力が抜け落ちて、床にぺたんと座り込むエレン。足に力が入らない。
ここにいては行いけないと脳が警鐘を鳴らす。
ここにいてはすべてが崩壊する…そんな気がした。
私のこれまでの積み上げてきた日常が崩れ去っていってしまう。
そもそもだ。ヴァフリーズ様は最初から知っていたというのか…?私自身のことを。
知っていて黙ってくれていたというのか。
脳裏にはいつも優しく微笑むヴァフリーズの顔が浮かび上がった。その眼差しで私の正体を知っていながら黙って見守ってくれていたというの…?
ではなぜ今になってそのことをバフマン様に伝えたのだろう。
『どう、して…、』
「ヴァフリーズの手紙にはお二人を守って差し上げよ、と。あれはそう望んでおるようでした…。」
『…っ、』
.