第1章
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パルス歴三一七年。
友邦マルヤムに進行してきたルシタニア軍を迎撃するため国王アンドラゴラス陛下自らを率いた軍勢で迎え撃つ。
私、エレオノール十六歳。此度の戦にて初陣を果たす。
ドクドクと心臓が高鳴る。
恐怖ゆえか、緊張か。
無意識にぎゅっと愛馬・ヴァナディールの手綱を握りしめた。
すると後ろからシャブラングに跨る万騎長・ダリューン卿が声をかける。
「平気か?」
『ダリューン様…。』
一兵士にすぎない私を彼は気にかけていた。
だたでさえ数少ない女兵士に加え、彼女は万騎長・サームのご令嬢。本来ならばこのような戦場に出ることなどまずありえない。
騎士になりたいと駄々をこね、父親と派手に喧嘩をしたのがつい数ヶ月前の話である。
今回の戦で我が父・サームは首都エクバターナの守衛を仰せつかっており、仕方なくダリューンの部隊に預けられたという形になる。
サームから頼まれたときに責任重大だ、と彼は独り言を溢すのであった。
『震えが止まりません。』
「ふ…。皆、はじめはそういうものだ。」
『…ダリューン様も?』
「あぁ。」
意外。そんな顔をしていたのがわかったのか、彼はむっとした表情をする。
「俺とて人の子。初陣ともなれば恐怖もする。だがそのほうが良い。」
『…なぜですか?』
「恐怖を知らぬものほど早死するものだ。」
『…。』
果たしてそれは教訓と受け取るべきか。
なんにせよ、まずはこの戦で生き残らなくては。
父の寿命が縮んでしまう。必ず生きて戻れ、と。もし万が一のことがあればこの老い先短い父の寿命を縮めてくれるななどと言われたのだから。
「お主は生き残ることだけを考えよ。俺のそばから離れるな。」
『それではなんの為に騎士になったのかわかりませぬ。…ですが、此度はそのようにさせていただきます。そしていつか…、』
いつか?と先の言葉を聞きたそうにダリューンは首を傾げた。戦士の中の戦士と言われた彼にもそのような仕草をするのだな、とエレオノールは心の中でくすっと笑う。
『いつか…、立派な騎士としてあなた様の隣で肩を並べて共に戦えるように。そうなりたいと思うております。』
「――。」
ふわり。
柔らかく微笑む彼女にダリューンの目は釘付けになった。この荒んだ戦場には到底似合わないその笑み。知らずに固まっていた身体がほぐれていくのがわかった。
「あぁ、楽しみにしている。」
彼女の言葉にダリューンはそれしか言えなかった。その笑顔に身体がほぐれた、など言えるはずもなく。
ただ少しだけ複雑な気持ちもある。
戦場とはやはり男の行く場所。女である彼女が先陣きっていくようなところではない。なにゆえ彼女が騎士を目指し、自ら危険な場所へ赴くのか。
自然と興味も湧いてくる。
「エレオノール。」
『エレン、とお呼びください。ダリューン様。父もアルスラーン殿下もそう呼んでくださいます。』
「そうか。…ではエレン。」
『はい。』
愛称で呼んでほしいと願う彼女にそのようにすれば案外すんなり呼ぶことが出来たのは、エレンを少なからず妹のように思えるからであろうか。
違和感なく呼べたことにダリューン自身も少し驚いた。
「此度の戦が終わった後、聞かせてはくれまいか?」
『なにをでしょう?』
「お主が騎士を目指す理由を。」
『――。』
「少しお主に興味が湧いてな。」
『それは下心でしょうか。』
「―!バカを申すな!」
『ふふっ。』
まさか年下にからかわれるとは。
さっきとは違う無邪気な笑顔にダリューンも釣られて笑ってしまった。これからルシタニア軍と戦うと言うに、この人たちは…、と部下達が呆れていることなど二人は知らない。
『ではエクバターナに凱旋した後、共にアルスラーン殿下のもとへ帰還のご挨拶に伺いましょう。』
「殿下の元へ?」
今度はダリューンが意外そうな顔をしてみせた。
まさかこの娘も殿下を交流があろうとは。
万騎長サームの娘なのだから知らぬことはないだろうが。
『はい。お約束したのです。帰還した際は自分のところへ無事な姿を見せに来てほしい、と。』
「そうか。ではそうしよう。…なんにせよまずはこの戦いに勝利せねばな。」
『はい。お互い生き残りましょう。万が一死ぬようなことになっては父の寿命を縮めてしまいますゆえ。』
「はは。まったく年寄りの戯言とは胸に突き刺さる。」
『ダリューン様も?』
言われ覚えるのある文言にダリューンも思わず苦笑い。脳裏に浮かぶは自身の伯父・大将軍ヴァフリーズだ。
「伯父ヴァフリーズも初陣の際、俺によく言ったものだ。」
『困ったものですね。』
まったくだ。とうなずくダリューン。
すると高々と出陣の笛が鳴り響いた。
いよいよだ。
ダリューン様との会話で少し緊張が溶けた気がする。大丈夫、大丈夫。と何度も自分に言い聞かせる。今はこの方の後ろについていればよい。
アンドラゴラス陛下の出撃の合図でパルス軍は土煙の中へと突入していった。
この日、友邦マルヤム国に進行してきたルシタニア軍に対し、パルス軍三十万の軍勢によってこれを撃破。
ルシタニア兵の屍の山を築き上げたのだった。
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