第30章
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エレンの手紙を足につけたアズライールは三日三晩かけて空を飛び、ペシャワールへとたどり着いた。
キシュワードの部屋についた時には陽が暮れ、夜になっていた。
王都に向けて出兵の準備を不眠不休で進める城内で、キシュワードはようやく身体を休める時間を得る。自室に戻ると止まり木でいつものように羽を休めていたアズライールを発見し、驚いた彼はすぐさまそばに寄った。
てっきりアルスラーン殿下についていったのだとばかり思っていたぞ、と声をかけると返事をするようにピィと小さく鳴いたアズライールはバサバサッと羽をばたつかせ、まるで飼い主になにかを訴えているよう。
「どうしたのだ…、ん?手紙か。」
片方の足にくくりつけられている紙切れに気づいたキシュワードは肩に止まったアズライールからその手紙を外し、それが自分宛てだと察し読む。
中に書かれていたのは三行程度の短い文。しかしそれだけで、今彼の心配の種がひとつ消える。
美しい星空が見えます。私は無事です。
あなたも同じ夜空を見ているでしょうか。
これから海を見に行きます。次に会うときにまた星の話をしましょう。
「そうか…。無事なんだな…。良かった。」
「ピ。」
誰から誰へと宛てて書かれた言葉は一切無く。しかし内容からしてエレンが心配しているだろうキシュワードに宛てて書いた手紙だと、わかる者にはわかる内容に不思議と心がほぐれていく。
そうだ、と言わんばかりに鳴いたアズライールはキシュワードの肩から離れ止まり木に移る。すぐに飛び立たないその様子に返事を持っていくから書け、と言われているような気がした。
「(海を見に行くと書いていた…。殿下とともにギランへ行くつもりのようだな。)」
おそらくダリューンやナルサスらもそこにいるのだろう。
彼らとともにいるのなら身の安全は心配なさそうだ。…そばにいるのが自分ではないことに少々不満ではあるが…。
昇る太陽がおぬしを明るく照らすことを願う。
また会えるその日まで。少しの間のお別れだ――。
返ってきた返事を見つめながら、微笑むエレン。キシュワード様らしい返事についこの手紙を書いている姿を想像してしまった。
無事にペシャワールから帰ってきたアズライールはアルスラーンの肩に止まり、褒めてくれと言わんばかりに誇らしげな顔を見せた。
『ありがとうアズライール。アルスラーン殿下も。』
「私はなにもしてないよ。礼ならアズライールに。」
感謝するエレンに手を振って、なにもしていないと謙遜する彼に笑って返すとアズライールにお礼の肉を差し出した。食べてくれるだろうかと心配していたが、どうやらお腹を空かせていたらしくそれを咥えると嬉しそうに木の枝に飛び移り、食事を始める。
「キシュワードはなんと?」
『健闘を祈る、と。』
そんなことは書いていないが、まぁそう解釈しても間違いではないだろう。エレンの返答にアルスラーンもそうか。と納得したように頷いた。
こうして帰ってきたアズライールを連れ、再び行軍することさらに数日。一行はギランの港まであと二日というところまで達していた。
ひたすら馬に揺られ、日が暮れると野営を繰り返す日々に誰かが平和なものですな、とぽつり呟いた。
「全て世は事もなし。」
ふぁ…、と気の抜けるあくびをこぼすギーヴについこっちまで移ってしまいエレンも右手で口元を隠して密かにあくびをこぼした。
しかしその“事もなし”な旅は突如一変する。
「…その感想は早すぎたようじゃの。」
その言葉と同時に数頭の馬の駆ける音が地響きのように辺りに木霊する。威勢のいい野太い声を上げながらこちらに迫る集団はいわゆる盗賊という者たちだ。
どうやらここら一体は彼らの“仕事”の縄張りのようだ。
軽く小隊くらいの頭数はいそうな彼らに囲まれるエレンたち。応戦しようとギーヴが矢に手を伸ばした時ふと誰かが彼を制する。
「お前ら財布が重くて困ってやしないか?」
「俺たちが助けてやらんでもないぞ。」
親切な言葉を述べるもその表情はにやにやといやらしい。
「おぉっ!こんな良い女、見たことねぇぜ!」
「こっちにもいるぞ!まるで貴族様じゃねぇかっ。」
「銀色の月のようにと言うやつだ!」
「さぞ味もよかろう!」
下品な彼らの評価。
ファランギースとエレンを見て嬉しそうにする盗賊らに不快でしかない。むっと眉間を寄せるエレン。
ファランギースもこの手のことには慣れているのか、平然と盗賊相手に辛辣な言葉を浴びせた。
「正直な者共じゃな。それに免じて赦してやるゆえおとなしく立ち去るがよいぞ。生き延びてそなたらに似合った女性を探すことじゃ。」
つまりお前たちでは私には“似合わぬ”と。堂々と釣り合わないと申すファランギースの発言に盗賊らも真剣に受け止めてはいないようで、笑いが起きる。
「あたしたちに手を出せるものなら出してごらん。」
「「――っ!!」」
いままで黙り込み、状況を見守っていたアルフリードがここに来て口を開いた。その瞬間、下品な笑い声がぴたりと止まる。
アルフリードが言った言葉はそんなに脅迫的なものではなかったように思えたのだが、どうやら彼らが沈黙したのはその聞き慣れた“声”のようだった。
「誰ひとりとして生きて“ゾット族”の村に帰れなくなるよ!」
『――!ゾット族?』
瞬間、盗賊らの間で動揺が走る。まるで幻でも見ているかのようなリアクションがアルフリードが本当にゾット族の族長の娘だということを表しているかのよう。
「ア…アルフリード様でねぇか!」
「アルフリード様だ!」
「ヘイルターシュ族長の娘さんだ!」
「なんとこんな所で出会うとは!」
アルフリードとゾット族の彼らを交互に見るエレン。たしかに彼らとアルフリードの顔の化粧は似通って見えた。あれはゾット族特有のものだ。
ようやく自分の存在に気づいたのかと、ため息が出るアルフリード。
「その通りだよ。お前たち誰に剣を向けてるんだい!」
「うわわ!」
「いえいえそんなっ!」
自分よりはるかに幼い少女に対し、かしこまる大の大人の彼らの反応は見てて面白い。慌てて馬から降り、身を慎んで正座し敬意を表して緊張した態度を見せる。敬われる彼女に呆気に取られるアルスラーンらを他所に、アルフリードは彼らからゾット族の現状を聞き、ようやく理解する。
「えぇ!?じゃあ兄貴は村に戻ってないのかい!?」
「そのようで…、」
「族長もアルフリード様もメルレイン様もいないので今は長老たちが合議制でゾット族を取り仕切ってんでさぁ。」
「早いとこどちらかに帰ってきてもらわねぇと。」
なぁ。と頷き合うゾット族の者たちに呆れてるアルフリードははぁと深い溜息が出た。
「どこほっつき歩いてんだろね兄貴は。…なんにせよあたしは族長になる気はないし。何より今は大事な仕事があるんだよ。」
「仕事?」
族長の娘を見上げるゾット族。そんな彼らに自慢するようにアルフリードは誇らしげに腕を組む。
「パルスの王太子・アルスラーン殿下のお供をしてるんだ。」
「「……。」」
まさか盗賊の口から王族の供をしているなんて言われたことがないのだろう。顔が“オウタイシ”ってなんだ?と言わんばかりの表情なのでアルフリードがアルスラーンを紹介する。
「こちらがアルスラーン殿下。」
「「…。」」
「アルスラーンだ。よろしく。」
「「!!?」」
しゃべった!?という彼らのリアクションにくすくす笑うエレン。
アルスラーンの登場で一歩下がった彼らが、いきなり王太子だの言われても状況が把握出来ていないのだろう。頭を突き合わせて話し込む彼らの会話は聞いていて少々言葉が過ぎる。
「おい聞いたか!?ちゃんとパルス語をしゃべるぞ!」
「ふ、普通の人間と変わらんな…。」
「いやまて。そもそもこんな所に王太子がいるわけあるか!」
「アルフリード様が騙されてるんだ!!」
「お前たち礼儀はお守りよ!いずれこの国の王様になるお方だよ!」
「へ…へへーっ!」
アルフリードの喝で居住まいを正すゾット族。
言いたい放題の彼らにアルフリードもはぁ…と頭を悩ませる。
「ほんとにもう無礼だし、がさつだし…、」
「よいよい。ひざまずかなくてよい。」
身内の無礼さに困った様子のアルフリードを気遣うようにアルスラーンは気にしない、とフォローするもそれに乗じてゾット族らも開き直った態度を見せる。
「盗賊だからといって恥じる必要はねえ!」
「王室は租税と称して国民から穀物を取り上げるし、役人どもは賄賂をふんだくる!盗賊とやることがどう異なるのですかい!」
言いたい放題の彼ら。言い返せないアルスラーンの背後では鬼の形相をしたダリューンと、ジャスワントがいることにゾット族の者もアルスラーンも気づかない。
ダリューンと同じ反応をするジャスワントにエレンは心の中で、『ダリューン様がもう一人増えたな…。』と呟いた。
「今まではそうだったとしても、これからはちがうよ。アルスラーン殿下はよい国を作ろうとなさっているんだからね。」
「よい国?」
「そうさ。そのために仲間を集めてるんだ。。皆に紹介するよ。こちら万騎長ダリューン卿。」
「ダッ…――!?。」
眉間に皺の寄った表情のダリューンの見た目はどうぞよろしく。なんて雰囲気ではない。黒衣の騎士の正体を知ったゾット族は「襲いかからなくてよかった…。」と顔を青ざめていた。
名を聞いただけで、命の危険を感じる程のダリューンの有名さにエレンはひとり、いいなぁなんて思う。
ダリューンの紹介はそれで終わり、続いてナルサスを手のひらで指しダイラムの元領主と説明したとこまではよかった。…のだが、
「あたしの“いい人”さ。」
「違うというのに!」
全否定するも、ゾット族の者たちはアルフリードの“いい人”…つまりそれは未来の夫となる人だ。すなわち…、
「この御仁がいずれはお嬢と結婚してゾット族の族長になってくださるわけですかな。」
めでたい!と両手を上げる勢いで喜び詰め寄る彼らにナルサスは待ってくれっ、と制止をかける。
「族長の地位は兄貴のものだよ。ナルサスは王太子殿下をお助けして、宮廷を取りしきることになるんだからね。当然、あたしも宮廷にお勤めにすることになるんだろうし。」
『(ナルサス様の補佐といえば宮廷に上がれるか…。)』
ほぉ〜と感心を示す盗賊たち。まさか盗賊出身で宮廷に出仕する時代が来るとは誰も思うまい。今のアンドラゴラス陛下の御代ならばありえない話ではあるが、アルスラーン殿下に代われば見知った人物であるアルフリードが宮廷に出入りすることも不可能ではなさそうだ、とエレンは考えていた。
そのエレンの横でダリューンが友人をからかっている。
「ある時はパルス国の軍師、ある時は宮廷画家、ある時はダイラムの領主、そしてある時はゾット族の族長…。実に多彩な人生で羨望に値するじゃないか。」
「そう思うなら代わってやる!おぬしが族長になったらどうだ!?」
「とんでもない。俺は友の“幸福”を横取りするような男ではないぞ。」
言い合う二人を他所に、
すると、なすりつけ合う“族長の座”を争って?いたダリューンとナルサスにファランギースが間に口を挟んだ。
「失礼じゃがナルサス卿。そもそもおぬしがよくない。」
「俺がっ!?」
「アルフリードの心ははっきりしておるのじゃ。男の方が態度を定めねば、女の方は何を頼ってよいのかわかるまい。」
正論ではある。味方であるファランギースの発言にアルフリードもうんうん。と嬉しそうに頷くも、その隣ではエラムがものすごく嫌そうな顔をしていた。
この件に関してはギーヴも面白い認定をしているので、第三者目線から楽しそうに傍観を決める。
「心定まった女性がおるとか、生涯独身を貫くとかいうのでなければ、そろそろ真剣におなりになったがよろかろうと思う。」
「そうは言うがなファランギース殿…。」
じっと睨みを効かせるファランギースの視線はなぜだろう、胸にずきずきと刺さるようだ。あなたには関係ないといえばそこまでなのだが、そんな言葉すら言い返せないほどナルサスはこの件に関して追い詰められているようだ。
「なんでもいいから決めてくれませんかアルフリード様。」
「俺らはどうすればいいんで?」
「そうだねぇ…。」
村に帰ってきてほしいゾット族の彼らと、帰れないアルフリード。
んー、と頭を悩ます状況にエレンがなら…、と間に口を挟んだ。
『私たちこれからギランへ向かうから一度村へ帰ってもらったら?みんなもアルフリードがどこにいるかわかれば安心でしょうし。この先、人手も必要になるからなるべく多くの者に集まってもらえると助かるんだけど…。』
「それもそうだね。お前たちいったん村へお帰りよ。なにかあったらこっちから連絡するし。」
「わかりました。お嬢の所在さえわかっていれば、長老たちも安心するでしょう。」
ひとまず解決?したかはわからないが彼らも納得したようで、村に帰ることに。連絡があればいつでも駆けつけますぜ!と颯爽と馬に跨る彼らはもちろん次期族長への挨拶も欠かさない。
「お嬢もナルサス族長も道中お気をつけて!」
「族長ではない!!」
『あははっ。』
「笑ってる場合か!」
すっかり族長の地位に登りつめた?師匠につい本気で笑ってしまった。なんでこうも面白い人なのだろうか、ナルサスという御方は。
笑うエレンとそれを注意するナルサスを他所にアルフリードはあっ、となにかに気づき帰ろうとする仲間に待ったをかけた。
「お前たち、帰り道でまた旅人を襲ったりするんじゃないだろうね。」
「へぇ。当然そうしますが…。」
盗賊なのだからそれが本業だ。しかしアルフリードは駄目だ、と妙なことをいうものだから彼らも困惑してしまう。
「なんでですかい。」
「俺たちゃ、盗賊ゾットですぜ。」
「うう〜〜ん…。殿下はよい国を作ろうとしているのに、あたしたちがそれじゃだめなんだよ…。」
板挟み状態のアルフリードにアルスラーンも少し申し訳なさそうな表情になる。信じてついてきてくれる彼女と盗賊の頭としての立場との八方塞がりな状況を友人として放ってはおけない。
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