第30章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
かわってアルスラーン王太子一行…。
パルスの中央部を東西に貫くニームルーズ山脈を越え、南部海岸の都市・ギランへと騎馬を進めていた。
九名と一羽。
それと途中で買いこんだ駱駝が四頭。ペシャワール城を追われて七日。アンドラゴラス王の追手がかかる心配もほぼ消え、ここまで平穏な旅が続いていた。…道中で野生の
今日とて平穏な一日が過ぎていく。
野営を初めた一行は食事担当のエラムが手際よく料理を作り、火を焚べ皆でそれを囲みながら頂いた。食事を終え、個々に好きな時間を過ごしていた時、ジャスワントが遠慮がちにナルサスと話していたアルスラーンの元へやってくる。
「あの、殿下…。」
「どうした?ジャスワント。」
「その…、エレン殿のことでお聞きしたいことが…。」
いまさらなのだが、ジャスワントはエレンの正体を知らない。
エレンが自分の事を語ったのはシンドゥラ遠征の前の事。ジャスワントがペシャワールにくることになったのはそれより後のことになる。
「お聞きしてもよいのか悩んだのですが…。もし話されたくないのであればそれでもかまいません。ですが…、」
「気になっているのだな。…おぬしの気持ちも理解できる。」
遠慮がちに問うジャスワントの心中を察したアルスラーンは、ファランギースとアルフリードと話していたエレンを呼んだ。
呼ばれたエレンは『どうされましたか?』とアルスラーンのそばに寄った。
「ジャスワントにそなたのことを話しても良いだろうか?」
『…あ。そういえば彼には話したことがありませんでしたね。ごめんね、ジャスワント。悪気はないの。』
「い、いえ。私の方こそ出過ぎたマネを…。」
謝罪しそうな勢いのジャスワントに手で制し、それは不要だとエレンは言う。
『せっかくなので私から。ジャスワント、聞いての通り私の本当の名はアルフィーネと言うの。閲兵の間で陛下が仰った先王オスロエスの遺児よ。世間は私が十七年前の火事で死んだことになっている。これまで身分を偽って生きていたのだけど去年、シンドゥラへ遠征に発つ前に想定外のことがあって…。今ここにいる皆と、あとキシュワード様だけが知ってた、はずなんだけどね…。』
「では本当に…。あなたは王女殿下ということなのですね。」
『そんなにかしこまらなくていいから。これまで通り?といってもあなたの私への態度はそんなに変わらないかしら。』
ジャスワントはアルスラーン殿下はもちろん、エレンにも養父を救ってくれた恩があるゆえ、それを返したいと共に付いてきたのだ。
まだぜんぜん返し足りていないと彼は言うが。エレンは自分の分もまとめてアルスラーンに尽くしてほしいといったことがある。
助けが必要な時は自分から言うから、と。
「その件についてちょうど話しておきたいと思っていたのだ。」
『今後の私の身の振り方、ですね。』
話が一区切りしたところで、ジャスワントとのやり取りを見守っていたナルサスが口を開く。
『正直に申し上げると、皆にはこれまで通りエレンとして接してもらいたい、というのが私の本音ではありますが…、』
「陛下自らそなたの身分を明かされたのだ。今まで通り、というわけにもいくまい。我らは一向にかまわないが…。」
『ですがその逆の考えもございます。私が必要に応じて王女だと宣言しても陛下自ら発言されたのですから、真偽を疑うのはまずないかと。』
「陛下がそう仰ったのだから、と言えばそれまでだな。ふむ。それも一理あるな。」
「私はどうしたらよいだろうか?」
小さく控えめに挙手したのはアルスラーン殿下だ。
エレンの素性が先王の娘のアルフィーネとばらされた以上、アルスラーン殿下との関係性も変わってくる。主君と騎士からいとこ殿同士、という名目に。
『そうですね…。今この場にいる者たちだけの時はかわらずエレンと呼んでいただけるとうれしゅうございます。ですが公の場では、私も必要に応じて“王女”として振る舞うべきかと…。その時は…、アルフィーネ殿、とかでしょうか…。なんか変な感じがしますね。』
「アルフィーネ殿、か…。本来なら王宮でそなたのことをそう呼んでいたのかも知れぬな。」
そうなった道ももしかしたらあったのかもしれない。
しかしエレンには不思議とそこに執着は無かった。王宮で先王の遺児として、生きていたかもしれない自分に…。
いや、本来ならば遺児としてではなく正当な王女殿下として王宮が彼女のいるべき場所のはずであったから。
彼女が失ったものは計り知れない。身に纏うきらびやかな衣装、名前、家族…、そして“明日が来る”という絶対的な保証。
そう考えれば考えるほど、父王のエレンに対する態度が見過ごせなかった。
アルスラーンの言葉にふっと、悲しみを少し滲ませ微笑んだエレン。
しかしそれも一瞬で。すぐにいつもの彼女に切り替わると今度は自分も相談したいことがある、と言ってナルサスを見た。
『ずっと考えてはいたのですが…。一度、父とヒルメス王子に会いに行こうかと思うのです。』
「なにっ?」
「それは…っ、」
予想だにしない内容に思わず眉間にしわが寄るナルサスと驚くアルスラーン殿下。二人の反応はわかりきっていたので構わず話を続けた。
『これは私自信の覚悟の問題です。父はヒルメス王子と共にいます。この先、王都を奪還するにあたって対峙することは避けられないでしょう。ですので一度くらいは説得をしてみたい、と思いまして…。』
「…。」
賛成はしていないだろう表情から読み取れるナルサスの心境はあらゆることを考えているだろう。
『クバード様が仰るには父はザーブル城にいるそうです。ちょうどアトロパテネと王都の間です。つ、ついでにエクバターナの様子も見てこれます!』
「待て待てっ。」
エレンを行かせる価値がある、となんとしても思ってもらいたくて必死に説得を試みるも焦ってしまいナルサスに冷静になるよう止められる。
「それはいささか危険すぎではないか。」
「私もそう思う。」
もちろんすんなり賛成してもらえるとは信じてなかったのでこれくらいは予想済みだ。アルスラーン殿下の反応も然り。
「いくらパルス人同士とはいえ、味方ではない相手だ。なによりそなたはアルスラーン殿下に組みしていると向こうも承知の上だろう。言って説得どころか会えずに終わる可能性もあるはずだ。」
『それすらも覚悟の上です。いま会って話さなければきっと後悔する…。父のことも、兄のことも…。いまの中途半端な気持ちのまま戦場に出てもきっと迷いが出る…。堂々と戦えない。そう思うのです。』
「…。」
黙り込むナルサス。
これから先、兵を集めるとなれば一からになる。それこそペシャワールの熟練した兵士ではなく、戦慣れをしていない一般人からなる軍になるだろう、とナルサスの頭の中で組み立てられている計画だ。
最悪、ここにいる者全員に隊を率いてもらわねばならない。いまここにいるエレンにもダリューンと同等の指揮力を養ってもらう必要があるのだ。ゆえに悩みのタネとなりうる障害を一つでも取り除いて戦に望んでもらいたいのが軍師としての本音ではある。
「どのみちここからザーブル城は道のりが遠すぎる。一度ギランへ共にたどり着いてから、それから考えればよいではないか?」
『ダリューン様。』
すこし離れた場所で剣を研いでいたダリューン。
ナルサス、アルスラーン、ジャスワント、エレンの四人の会話が一応彼の耳にも届いていたのだ。
「せっかく山越えをしたのにまた同じような道を越えねばならぬ。それならいっそギランまで進んでそこから北上すればエクバターナもザーブル城への道のりも幾分マシだろう。」
「たしかにな。それにギランについてすぐ挙兵になることもあるまい。五万の兵を集めるとなればなおさらだ。そう急ぐこともなかろう。準備はしっかりと整えてからでも遅くはないだろう。」
見事な援護射撃の腕を見せたダリューンにナルサスはちらりと目配せをする。そんな二人に気づかないエレンは、たしかに彼らの言うことももっともだ、と納得したのか落ち着きを取り戻した様子だ。
『そう、ですね…。ひとまずはギランにたどり着くことを優先にします。』
「着いたらやってもらうことも山積みだからな。期待しておるそ。」
『え…。』
嫌そうな顔が面に出ていたのか、ナルサスに遊ぶつもりではあるまい?、とちょっと怒られたエレンであった。
そのあと、皆が寝静まる頃エレンはアルスラーン殿下にあるお願い事をしていた。…アルスラーン殿下にというよりはアズライールになのだが。
『この手紙をキシュワード様に届けて欲しいのです。』
「アズライール、頼めるだろうか?」
小さく折りたたまれた紙切れに書いたキシュワード宛ての手紙を殿下の肩に止まるアズライールに見せた。アルスラーンの頼み事にわかった、とでもいうように足を差し出しピィと小さく鳴いてみせた彼に承諾してくれたと認識してよさそうだ。
手紙を足にくくりつけたアズライールはそのまま得意の漆黒の空へと姿を消す。どうか無事に辿り着けますように、と祈りながら。
.