第30章
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「風邪を召されますエレン様。着替えを持っていますので着替えてください。」
『それは後で。アルスラーン殿下と合流したら着替えるから。今は先を急がないと。』
駄目です。後で。その問答を繰り返すナルサスの侍童ことエラムと、改めて王女の地位を不可抗力により得ることになったエレン。
エラムはエレンのことをどうらや第二のナルサス様と定義したようで、わかりやすく言うならばお一人ではなにも出来ない御方、だ。
放っておけば食事も身だしなみも忘れて物事に没頭する節があることを知った。
今もまさにずぶ濡れの格好のまま愛馬に乗ってアルスラーン殿下を一刻も早く追う、と言って聞かないのだ。それに待ったをかける年下の少年。その光景を見た他の者たちは「あ、どこかで見た光景だな。」とナルサス以外の皆が持った感想である。
でもさすがにこの草木も岩陰もない場所では出来ないと駄々をこねるので、これには最終エラムが折れたことでようやく収束する。
陽はすっかり落ち、真っ暗な夜道を行軍することに決めたエレンたち。それには意義を唱えるものはおらず。八人は馬を走らせたのだった。
* * *
その頃一人野営をし、夜を明かしたアルスラーン殿下。
ピィと鳴く声に意識が浮上する。
顔を上げるとアズライールが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「あ…。おはようアズライール。」
差し込む朝日がようやく辺りを照らし出す。
それを目の当たりにして、改めて自分が一人きりだということを再認識する。
「ひとり…。そうか…、ひとりか…。」
すっかり焼け落ちた焚き火は昨夜、必死に一人で起こしたものだ。
ずいぶん苦労したのを思い出す。いつもは周りの彼らがやってくれていたのを初めて自分でやったのだが、それがいかに大変かを身に沁みて理解する。
俯く顔。気は重く、さてこれからどうしたものか。
落ち込むアルスラーンに呼びかけるようにアズライールがずっと上空を旋回しながら鳴くのをやめない。
どうしたのだろう、と思い後を追うと地平線から太陽が顔を出すのとともに土煙を巻き上げながら、数頭の馬に乗った人影が。
最初は眩しさのあまり、目が眩んでよく見えなかったのだがその陰が覚えのある数に寝起きの目が開いていく。
『アルスラーン殿下ー!!』
「――…っ!!」
夜明けの澄んだ空気によく響いた声は聞き慣れたひとのものだ。
それだけで誰が来たかを瞬時に理解する。アルスラーンは手に持っていた毛布を振り上げた。
「ダリューン!ナルサス!ファランギース!ギーヴ!エラム!ジャスワント!アルフリード!
――エレンっ!!」
『アルスラーン殿下!!』
「わっ!」
一目散に馬から降り、アルスラーン殿下に駆け寄って思い切り、抱きしめた。
「ぷはっ!エレン…っ、」
『よかった…。ご無事で本当によかった…。』
「…ありがとうエレン。ありがとう…。そなたも無事でよかった。」
突然の抱擁に戸惑うも、いつも彼女はこうだったと思い出すと自然とその腕を背に回し抱きしめた。
不安と孤独に、堪えてた震えが思い出したように身体を揺らす。
自分に感心の無い冷たい父と母よりも、いつも自分のことを気遣ってくれていたエレン。王宮に来た時は必ず顔を見せてくれる彼女の存在がいつも励ましてくれる。
突然の抱擁からようやく解放されたアルスラーンはもう一度エレンと目を合わすと、次に拝跪する皆に視線を向けた。
「お咎めになっても無益にございます。アルスラーン殿下。」
筆頭にダリューンが言葉を発する。
「我ら、殿下のお叱りも国王陛下のお怒りも覚悟の上で。自分たちの生き方を定めました。どうぞ随従させていただきたく存じます!」
全員が思うその本心。皆が自らの意思で殿下のもとへ馳せ参じたのだと。
アルスラーンの目に涙が滲んだ。
「元々…、私が兵を挙げた時いてくれたのはおぬしたちだけだった…。あ、いや。二人と一羽増えたのだった。」
自分を忘れては困ると主張するようにアズライールが殿下の肩に舞い降りる。それからアルスラーンは感謝を込めて一人一人の手を握った。
「おぬしたちを咎めたりするものか。そんな不遜なことをしてはそれこそ神々が罰を下されよう。よく来てくれた…。本当によく来てくれた。私にとって身に余る部下…――。いや、友人たちだ。」
陽は完全に登り、アルスラーン殿下とエレン、ダリューンらを明るく照らし出す。もう不安な気持ちは消え去っていた。
彼らとなら、なんでも出来る。きっとやり遂げられる。
そんな気がするのだ。
「おぬしたちは厳罰に処されるのを覚悟で父上の元を去り、ここへ来てくれた。もはや有無を言わせぬほどの功をたて、帰還する以外に私に道はない。」
おぬしたちとなら必ずできると、信じている――。
アルスラーン殿下の信頼が身に沁みて感じ取れる言葉に皆のやる気は俄然高まっていく。
国王陛下からの五万の兵を集めよ、という勅命。どうするかなんて全く考えていないが、きっと自分たちならなんとかなるだろう、という自信が一行の雰囲気を明るくする。
「あとたった四万九千九百九十三人、集めればよいのです。」
『あら、ギーヴ。
「これは失礼した。」
「おぬしも数に入るのか…。ともあれあの混乱の中、誰一人欠けることなく殿下の元に集まれたのです。神の御加護もございましょう。」
「不思議だねぇ。全く困難に思えなくなってきたよ!」
「能天気だなお前は!ますはできることからしっかりとです、殿下。」
すっかり殿下に対して遠慮が消えたエラム。最初こそは相容れない存在だったのだが、それがすっかり意識が再認識されてようで。
「う…うむ。エラムの言うことはもっともだ。」
「…で、朝食はお済みですか?殿下。」
そう言われて思い出したように腹が空腹を訴える。
安心したからか、気の知れた仲間たちの顔をみることができたからか。
きっとその両方かもしれない、と心の中で思う。
「まだだ!」
「うむ。“腹が減っては戦はできぬ”は真理だ。」
「ナルサスはいつもご飯のことばかりだねぇ。」
「
糧食のことばかり考えるナルサスにいつもながらエレンは『あははっ。』と笑いが込み上げる。
「そうだアルフリード。俺たちは助かったが、飼葉を燃やしたのはいただけないな。馬係が頭を抱えるぞ。」
「ごめーん!」
「ほら見ろ!やっぱり燃やしすぎだった!」
「何よ!」
ナルサスへの熱い想いを演出をしてみせたんだ、と本人は言うがそれにしたって燃やしすぎだとダリューンから叱責を受けたアルフリードであった。
「それを言うならエレンとて塔から飛んだだけでなく、まさか堀に飛び込むとは。」
「と、飛び込んだとはっ!?」
『ナルサス様がそう仕向けたのではありませんか。』
驚愕するアルスラーン殿下。こうして無事に合流できたのだが、その道のりはさぞ厳しいものであったのだと察する。
『むしろ褒めていただきたい――っくしゅん!』
「あ!ほらやっぱりお風邪を召されたではありませんか!」
『ち、違う!これは鼻がむずむずして…っ』
「それを風邪というのです!早く着替えてください!」
『わかったからっ!怒らないでよエラム。』
「…。」
エレンとエラムのやり取りにアルスラーンはぽかんと口が開く。
これでは世話係というより、手のかかる姉を見る弟だ。
…一人ではなにもできないナルサスと同等と思っているのだろうと察したアルスラーン。
鬼気迫るエラムの様子にたじたじするエレンの態度についアルスラーンは、ははっと声を上げて笑ってしまったのだった。
珍しい二人のやりとりにほかの者もついつられて笑っていた。
こうしてエレンたちは無事、アルスラーン殿下と合流を果たしたのだった。
その一方で、エレンとダリューンらを取り逃がしてしまったキシュワードは陛下から無言の圧という叱責を受けていた。
「…。」
「もうよい。下がれ。」
「ははっ。」
その一言に、キシュワードは言われた通り陛下の居室を退室する。
部屋を出て少し離れたところでキシュワードは大きく息を吐いた。
彼はエレンに言われたことを思い返す。
「(陛下の重圧が俺にのしかかる、か…。)」
以前はそれをヴァフリーズが担っていた。しかし彼はもういない。
誰かがこの役を追わねばならない。そしていまそれをこのペシャワールでできるとすればキシュワードにおいてほかならない。エレンはそう理解し、彼にそれでもペシャワールの者をよろしく頼むと言い残したのだ。
「よう。ダリューンを取り逃がしたって?」
廊下の壁に寄りかかり、声をかけたのは同じく万騎長のクバード。
ダリューンらがペシャワールを去ったことを騒動の後に知ったのだ。
「馬を射られてはどうにもならん。」
「ダリューンは落馬した者を追い打ちをかけんからな。命拾いしたな。――で、あの“王女”とやらも出てったって?」
「…あぁ。まさか塔から飛び降りるとはな…。相変わらず“規格外”な御方だ。無事だとよいが…。だいたいおぬしあの騒動の中、追跡も加わらず何をしておった?」
「酒飲んで寝てた。」
キシュワードは、はぁー…とさらに深い溜め息を付いた。
そして脱力感が追い打ちをかけるように身体に重くのしかかる。
「なぜおぬしは陛下に叱責されずに俺だけ…。」
「わはは。人徳では?」
ダリューンらが去ったことで、キシュワードの深い溜息とクバードの呑気な笑い声が幾度も聞こえてきそうな…。
「それよりお前、“あれ”が王女だと知っていたのか。」
閲兵の間での陛下とエレンの事で聞くに聞けず、タイミングを失っていたクバードはここぞとばかりに一番知っていそうなキシュワードに問うた。ピクリと反応してみせた身体に「図星か…。」と小さく呟く。
隠す必要もないのだが、つい小声で話し出す。
「俺も知ったのは去年だ。それまではそんなこと一切知らずいた…。おそらくサーム殿もだろう。」
「その点に関しては俺も同じ意見だな。この前会った時も知っていそうな素振りには感じなかった…。」
では、なぜ今になって?というような視線をキシュワードに投げかけるクバード。これにはバフマンの死にも直結するので、言葉を選びながら続きを話す。
「最初にこのことを口にしたのはバフマン殿だ。…だが老も最初から知っていた、というわけではないらしい。」
「…らしい?」
「あぁ。老はアトロパテネ会戦前にヴァフリーズ殿から手紙を受け取っていたのだ。…そこから様子がおかしくなってな。キレが無く、なにかに悩んでいる、という感じだ。」
「ほう。つまりその手紙の内容にエレンのことが書かれていた、のかも知れぬと?」
さすが万騎長なだけはある。キシュワードの話す内容に察したクバードの解釈に彼も小さく頷いて見せた。
「手紙の内容はそれだけではないらしいが…。なにせその手紙の行方がわかっておらぬのでな…。それ以上のことはなんとも…。」
「しかし、いまでも信じられんな。“あれ”が王女だとは…。」
「陛下ご自身がエレンの身分を明かされたのだ。その信憑性に疑う余地はない。お前も口の聞き方にはせいぜい気をつけろ。」
「
エレンの前で膝を付く自分を想像しただけで、冗談抜きで納得できないな、とクバードは不服そうな表情を浮かべた。
「お前はどうなんだ?キシュワード。」
「どうとは?」
「エレンをアルフィーネ王女として仕えるのかって話だ。」
「そのようなこと…。」
「…。」
とうに腹は決めている、とキシュワードのその覚悟を決めた表情を見て答えとして受け取ったクバードは彼の切り替えの速さに少しばかり驚かされたのであった。
心から忠誠を誓える主君となり得る存在
アルスラーン殿下やアンドラゴラス陛下とはまた違う。
キシュワードの目には、エレンが輝いて見えたのだ。
王女であろうとなかろうと。騎士ならば誰もが彼女を主君にと忠誠を誓いたい、と共感するのではないだろうか。
エレンは普通の女性とは違う。おおらかに接する時も、戦場で駆け抜ける姿も、剣を振る勇姿も、泣いたり笑ったりたまに怒ったり。そのすべての仕草がキシュワードにとって眩しく感じるのだ。
…それは単に自分が彼女の事を想っているからなのかも知れないが…。
クバードと別れたキシュワードは一人、ペシャワールの城の廊下からエレンが好きだった星空を見上げ、彼女の無事を祈り続けたのだった…――。
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