第29章
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午後、陛下に呼ばれたキシュワードは文武の役人をすべて閲兵の場に集めよ、と命を下された。
それは百騎長以上の者全て。というお達しなので先日千騎長格に任命されたエレンも論外ではなく。
その者らが集まる頃には太陽が真上を通り過ぎ、オレンジ色に染まりつつある頃だった。
再び陛下の前に集まった諸卿ら。その先頭にアルスラーン殿下が陛下の前で膝を付いて頭を垂れる。エレンはナルサスの後ろのほうで身を隠すようにしてなるべく陛下の目に止まらぬようやり過ごしていた。
「パルスにおいては兵権は一人の国王に帰す。余人が国王の兵権を侵すはすなわち大逆である。そのことは承知しておるな。アルスラーンよ。」
「はい。陛下⋯。」
否定することなく受け入れるアルスラーンに我慢ならなかったのかダリューンが物申す。
「お言葉でございますが陛下!殿下を王太子としてお立てになったのは陛下ご自身であらせられます。王太子が王権を代行するのは制度上、当然の理!王太子になんの罪がございましょうか!」
「ダリューン卿!国王陛下に対し奉り、無礼であろう!」
控えよ!とダリューンを制したのはアルスラーンだ。
しかしその言葉とは裏腹に、心配いらぬと安心させようと口元を上げて見せる。その顔を見たダリューンもはっとし、自分の正しさについむきになっていたことに冷静になる。
ふと亡き叔父・ヴァフリーズの言葉が蘇る。
自分が正しいと思うと言うことにかわいげがなくなる――。
冷静さを取り戻したダリューンは失言でしたと、頭を下げた。
「アルスラーン。汝に命じる。南方の海岸地帯に赴き、国土を回復するための兵を集めよ。――その数、五万。五万に達するまで帰参するに及ばず。」
「⋯。」
それは事実上の追放、であった。
その事が理解できた時、閲兵の場にざわつきが起きた。
ナルサスの布令によって集められるだけのパルス兵はすでにこの地に集結しているというのに。
さらに五万の兵を集めよとの陛下の命はもはや無謀に等しいものとみなが思ったことだろう。
しかし命を下したのがパルスの国王陛下ともなれば出来ないと突っぱねることなども叶わず、と誰もが理解している。
「(⋯なにが、起きても。恐れずに⋯っ。)」
エレンと交わした先程の約束を頭の中で繰り返す。
しかしそれに反して身体が震えるのを止められない。
すると、殿下のすぐ後ろにいたナルサスが小声で、「お受けあそばせ殿下。」と囁いたのだ。その言葉に冷静になれたアルスラーンは陛下に向かって深く頭を下げた。
「勅命。つつしんでお受けしたします。」
ものの見方を変えよう。
追放されたのではない。行動の自由を与えられたと思おう。
「(父上はこの弱い私に試練を与えてくれているのかもしれない。そう思えば父を恨まずに済む。)」
「――何をしておる。すぐに出立するがよいぞ。」
「――!」
あと数刻もすれば陽が沈む。
誰もがそう思った。
日暮れ時にパルスの王太子である御方をなかば追い出すようなことをなさろうとは。
しかし相手は国王陛下。意義など唱える者はおらず。ただ成り行きを見届けるしか出来ない。
殿下は意義を唱えない代わりに、一つだけお願いがございます、と言って母との面会を望んだ。お話がしたい、と言ったアルスラーン。しかし陛下は王妃が連日の疲労と心労で床についているという理由からそれを拒否した。
勅命を果たし功を立ててから会えた時のほうがはるかに子として人の道にかなうであろう、と。
なんと心無い言葉であろう。親ならば旅立つ息子に無事を祈る、等という言葉の一つもないのだろうか。
会うには及ばぬ。とアルスラーンの願いを切り捨てる陛下にダリューンは義憤を堪えるのに必死であった。ナルサスは友の怒りをなだめるように、陛下に殿下への随従の勅許を頂きたい、と進言した。
しかし⋯、
「ならぬ。」
「「――っ!」」
「ダリューンとナルサスの両名は我が陣営に残れ。両名の才幹は我が王宮に欠かせぬものである。アルスラーンに同行することは認めぬ。」
ナルサスもいない、ダリューンもいないともなればいったいお一人でどうやって五万の兵を集めることが出来ようか。顔が青ざめていくアルスラーン。その姿を見たジャスワントがダリューンに小声で囁く。自分が必ず殿下をお守りする、と。しかしそのやり取りを見られたのか陛下はジャスワントを見て、奴隷か。と尋ねたのでアルスラーンは聞き捨てならぬと、言い返した。
「私の侍従武官、ジャスワントにございます父上。シンドゥラの生まれですが、陰なり日向なり私を守ってくれています。“かけがえのない臣下にございます”!」
「―⋯。」
自分をかばうように進言してくれたアルスラーンにジャスワントもその慈悲深い心に感極まった。しかし奴隷ではなく
「つまり、予の臣下よの。」
「――っ!」
陛下は彼からなにもかも奪うつもりのようだ。
どうあってもアルスラーン一人にさせたいらしい。
これ以上の追従は許されない。残すはその場にいないファランギース、ギーヴ。アルフリードとエラム、そして名を呼ばれなかったエレンだ。ただし、この者たちが城を出ることをはたして許されるかどうか⋯。
覚悟を決めたアルスラーンは陛下のお顔を見上げた。
「――⋯わかりました。わかりました父上。五万の兵を陛下の前に見事揃えてご覧にいれますゆえ、しばしお待ちいただきましょう。」
「⋯。最後にもう一つ。」
「はい。」
覚悟を決めたアルスラーンを引き止めるかのように、最後の言葉を陛下は申し上げた。まるで言い忘れていたかのように⋯。
「サームの娘がここにおるはずだ。エレオノールという名の。」
「「――っ!」」
『――っ。』
ドクンと心臓が嫌な音を立てた。
完璧に油断していたのだ。アルスラーン殿下をなかば追放する形で追い出すだけでこの場は終わるものと思っていたから。
突如名を呼ばれた本人とそれに深く関わる者たちに動揺が走る。
「⋯どうした。ここにいるのであろう。アルスラーンより千騎長格の称号を得たのであれば。予の命が聞けぬと申すか⋯。」
『⋯っ。』
あきらかにこの場にいると分かっているであろうその言葉。
心配そうに視線だけをちらりと後ろに向けたナルサスはその表情が見えぬエレンの姿を目にする。これ以上は聞こえぬふりは出来ない。
恐る恐る、アルスラーン殿下よりさらに後方で。ゆっくりと姿を表し、膝を付くエレン。なるべく目線は合わせぬよう床を見つめ続けた。
遠く離れて座するキシュワードも何が起こるのか心配そうに見守るしかなく。
『私が、サームの娘のエレオノールにございます陛下。なにかご用命でしょうか⋯。』
自分の声は、驚くほど掠れていた。けれど、逃げ出すことは許されない。
「⋯。」
じっと視線をエレンに向けるアンドラゴラス陛下。
その瞳に見据えられた瞬間、エレンは目に見えない巨大な「重圧」が肩にのしかかってくるのを感じた。それは単なる怒りや敵意とは違い、もっと根源的な、圧倒的な強者が弱者を無意識にねじ伏せるような、冷徹なまでの威圧感だ。
まるで底の見えない深い淵のように 光を反射することなく、こちらの動揺も、隠そうとした恐怖も、すべてを飲み込んで暴き出してしまいそうで。視線が合うだけで、足の先から指先までが鉛のように重くなり、床に縫い付けられたかのように一歩も動けなくなる。
低く響く声よりも先に、その瞳が私を「査定」していた。 陛下がまばたきをするたびに、張り詰めた空気が爆発しそうなほどの緊張感を生み出し。まるで飢えた猛獣の檻の中に放り込まれ、その喉元に鋭い牙を突きつけられているような感覚だ。
陛下の視線と、周りの諸卿らの視線がグサグサと突き刺さる。
一体、何故陛下はエレンを呼びつけたのか。周りの者はただ事の成り行きを見続けるだけ。
沈黙が、耳鳴りがするほど重く部屋を包み込む。
胃のあたりをぎゅっと掴まれるような不快な重圧に耐えながら、震えそうになる身体に必死で力を込めた。
「⋯面を上げよ。」
『⋯っ。』
「どうした。予の言葉が理解出来ぬか。」
一度、深く、ゆっくりと呼吸をする。 肺に送り込まれた冷たい空気が、パニックになりかけていた脳をかろうじて繋ぎ止め。あえて、指先を強く握り込み、掌に爪を立てる。その痛みが、自分を「今、ここ」に引き戻してくれる。
落ち着け、落ち着けと何度もその言葉を繰り返し、エレンはゆっくりとその顔を上げ、堂々と正面から陛下の目線と交わらせた。
顎を引き、逃げ出したくなる本能を理性でねじ伏せ、再びその深淵のような瞳を真っ向から見据え返す。
こうして正面から向き合うのはいつ以来だろうか。
もしかしたら初めてなのかもしれない。ふとそんなことを思いながら陛下と目線を合わせ続ける。
「(⋯やはり面影がある⋯。)」
正面と向き合ったエレンとアンドラゴラス陛下。その彼女の背後に重なって幻のようにとある人物が映し出される。
そんなことを思われていることなど知るよしもなく。顔を上げろと言われその通りにしたのにそれから口を開くことのない陛下に緊張だけが続く。
「⋯エレオノールよ、予になんぞ話すことがあるのではないか。」
『―!⋯陛下に申し上げることなど⋯。私には恐れながら心当たりがございませぬ。』
「ほう⋯。ないと申すか⋯。」
『はい⋯。』
合わせた視線をもう一度離す。それはこの場から逃げたい意思を表しているようで。
ちゃんと会話が成立しているのかさえ、判断出来ない。
聞かれたことに対してい返答出来ているだろうか、とそんなことが頭の中でちらつく。
「なめられたものよ。予がなにも知らぬと思うてか。⋯のう?アルフィーネよ。」
――⋯っ!!
ビクンとつい身体が反応してしまう。
それはエレンのみならず、アルスラーンを初めダリューン、ナルサス、キシュワードといった彼女の正体を知る者すべてだ。
聞き間違いではない。
たしかに陛下はアルフィーネとその名を口にした。
突如聞かされた名に彼女の名はエレオノールでは?と口々に囁く諸卿ら。しかしその中でアルフィーネという名に覚えのある官吏が小さく呟いたのだ。
先王オスロエスの遺児 アルフィーネ王女殿下――。
と。
先王の名を聞いた者はようやくアルフィーネという名の人物が誰のことを指すのか理解し始める。そしてそれが目の前のエレンに向け告げられたことを。生きておられたのか⋯、と口々に囁く声が嫌でも耳に入ってしまう。
ざわつく周囲を他所に、エレンは必死に冷静になろうと務めた。
取り乱すな、陛下も知っているかもしれないという可能性を自分で考えたではないか。
大丈夫、大丈夫⋯。
自分の内でふと何かが弾けた感覚がした。 震えていた膝が止まり、俯いていた顔がゆっくりと上がる。これまでは「バレないように」、「存在を気づかれないように」と縮めていた背筋が、天を突くほどに真っ直ぐに伸びた。
そしてエレンはどこか懐かしむように、また諦めも含んだ顔で少しだけ表情を緩ませる。
『⋯。十七年前のあの日、ヴァフリーズ様が私を助けてくださいましたので、もしやご存知ではないかと薄々思うておりました。――叔父上様。』
その声は、もはや一人の騎士のものではなく。鈴の音のような清澄さと、聴く者を跪かせる圧を孕んだ、【王女】の声。
怯えていた瞳から恐怖が消え、代わりに冷徹な意志の光が宿り。その鋭い眼差しに、事の成り行きを見守る諸卿らの囁き合う声を黙らせる。
【叔父上】
十七年前、数回だけ陛下のことをそう呼んだ記憶がある。
その呼び方が決定付けられた。アンドラゴラス国王陛下とエレンの関係性を⋯。
「当然であろう。おまえを助けるようヴァフリーズに命令したのは予であるからな。」
『そうでございましたか⋯。では私は叔父上様に感謝申し上げねばなりませんね。』
「感謝か⋯。思うておらぬことを言うでない。おまえにはルシタニア軍を手引きした疑いがある。」
何を言い出すかと思えば。
このことを問い詰めたくて、こうしてエレンを前に呼んだようだ。
陛下からの言いがかりという名の濡れ衣。
『――っ!な、なぜそのようなこと!ありえませぬ!ルシタニアを手引きするなど!』
「父上!それは決してありえませぬ!彼女がルシタニアを手引きしたなどっ!」
黙って聞いていたアルスラーンもそれには聞き捨てならぬと抗議の声を上げた。信頼しているエレンがまさか敵を引き込んだなどありえない。
しかしアルスラーンの言葉など、雑音でしかない陛下は目線で彼を黙らせる。
「身に覚えがない、などは言わせぬぞ。」
『―⋯っ。』
「おまえには後ほど委細を問いただす。追って沙汰するゆえ、城の一室にひかえておれ。衛兵よ――『お断りいたします叔父上様。』――⋯なに?」
兵にエレンを連れて行くよう命を下す前に、彼女は膝をついてた体制から堂々と立ち上がる。
『恐れながら叔父上様。パルスの神々に誓って、私には後ろめたいことなど何一つございません。そして⋯、私を先王オスロエスの子、アルフィーネとお認めになられた今、私に叔父上の命を聞く義理はございません。』
「⋯。」
凄まじい形相でエレンを見下す陛下。
周囲の者は一体なにを言い出すのやらと、その気迫に生きた心地がしなかったという。
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