第29章
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ペシャワール城の平穏な日々は、突如訪れた馬の鳴き声と一台の荷車の車輪の音と共に遠くへ消え去った――。
朝早くから報告に来た兵士と共にエレンは西の城門の広場へと駆けつけ、ナルサスらに習うようにしてその膝を突いた。
その列の先頭にはアルスラーン殿下が筆頭に頭を垂れる。
その相手は――。
「
ちらりと荷馬車に視線を向けたアルスラーン。
聞けばアンドラゴラス陛下は囚われていた牢を自ら脱し、エクバターナから王妃タハミーネと共にここペシャワールへとやってきたという。
その荷馬車から少しだけ顔が見れた王妃だが息子であるアルスラーン殿下との感動の再会などなく。相変わらずその仮面のような表情を見せるだけ。
「⋯王妃は疲れておる。予もさすがに疲れた。寝所を用意せよ。委細は午後のこととしよう。」
「かしこまりました。―ルーシャン。父上たちの案内を。」
「ははっ。」
アルスラーン殿下からの命を受け取ったルーシャン。しかし殿下の動揺なさった表情をみて少し心配になる。
殿下の動揺は城内へと広がる様に伝染していき、諸卿らにもその動揺が見られた。ざわざわと不穏な雰囲気が城を包む。
アルスラーン殿下とアンドラゴラス国王陛下。
二人の存在がペシャワールで波紋を広げていく――。
* * *
昨日の事が夢のような出来事に思えてきたエレンは、信頼できるナルサスらと共に城の中の通路で話し合っていた。
「⋯となると国王と王太子とで二頭政治ということになるのか?」
「いや。そうはなるまい。」
ギーヴの考えに首を振ったのはダリューンだ。
「同格の王子が二人ならともかく。国王が他者と権勢を分け合うことはありえぬ。」
「ふん⋯。【地上に
そうギーヴが呟いた説は、英雄王カイ・ホスローの武勲詩抄の一つだ。
『天空に太陽はふたつなく、地上に
「⋯すると兵権もアルスラーン殿下は父王に返上することに?」とギーヴ。
『当然そうなるでしょうね。出戦となればダリューン様と同じ様に兵を率いて、参戦するよう命が下されるはずよ⋯。危険な先陣に。』
そんなことをさせたくはないし、しなくていいはずの御方なのに。
当然って⋯っと驚愕するアルフリードとエラム。
ギーヴもそのことには納得がいかぬ様子だ。
「これまで軍を率いて戦ってきたのはアルスラーン殿下であろう!それをいきなり現れて自分に軍隊をよこせとは⋯っ。狩りの獲物を横取りするようなものではないか。」
『それが許される御方なのよ。アンドラゴラス国王陛下という方は。』
「⋯恐らく多くの者が板挟みになるだろうな。――最悪の場合、パルスは分裂する。」
訪れるであろう未来を予想するダリューンの視線の先には先程の城門広場に注がれ、国王陛下が無事戻られて喜ぶ者と、いまだ動揺を抑えられない者とで別れていた。
いつも対策を講じてくれるナルサスもこれには予想が付かなかったらしく。ひとり考え込む様子をアルフリードとエラムは心配そうに見つめていた。
そしてその心配そうな視線をもう一人の人物へと送った。
廊下の通路に設けられた長椅子に力なく座り込むアルスラーン殿下だ。
ギーヴはファランギース殿の考えを聞きたい、と尋ねた。
「愚問じゃな。私はアルスラーン殿下にお仕えしたのじゃ。ここで殿下の元を去っては先代の
『私はそんなことをさらっと言ってしまうファランギースの方が恐ろしいわ。』
「なにか言ったかな?」
『別に?』
淡白な掛け合いのなか、アルフリードとエラムは⋯、
「(しおらしげな発言だけど⋯、)」
「(それってあの国王の怒りなど、恐れないってことだよな⋯。)」
年少者の二人から引かれていることも我関せずな顔のファランギース。唯一、ギーヴだけがその頼もしい女神官殿にはっはと笑い声をだしたのだった。
「私はただ自分の心に従うまでじゃ。おぬしこそどうする?」
「俺はアンドラゴラス王とやらになんの義理もない。もしアルスラーン殿下が国王とと決裂して兵を動かすことになれば、俺は一義なく殿下のもとに馳せ参じるぞ!」
『ギーヴ⋯。』
自信の籠もったギーヴのセリフはエレンにとっても嬉しく思った。
彼は宮廷だとか、そういったことと無縁のお人ゆえ言い切れる。ファランギースはやや呆れた表情を見せていたが。
「⋯まるで国王陛下と王太子殿下との決裂を望んでいるような。」
「おや?そう聞こえたか?」
⋯そうとしか聞こえない。
その場にいる者全員からそんなことを思われていることなどギーヴは知る由もなく。
ジャスワントも自分も殿下に尽くします!と同じ様に意気込みを見せるも、野郎の意気込みなど知ったことではないと言わんばかりにギーヴからあぁ、頑張ってくれ。とテキトーにあしらわれ落ち込んだ彼を必死に慰めるアルフリードとエラムであった。
その頃アルスラーンは⋯。
心配そうに鳴くアズライールが肩に止まって彼を励まそうとしているようで。
「(⋯なぜだろう。父上と母上にようやく再会できたというのに。心に弾むものが全く、ない。)」
私は子として、人間としてどこか欠けているのだろうか⋯⋯――。
『⋯ぃじょうぶですか、アルスラーン殿下?』
「――!⋯エレン⋯、」
意識が遠くへ行っていたのが現実に戻る。
ぱっと顔を上げるとその前で膝を着き、アルスラーンを下から見上げるようにして見つめるエレンがいた。その顔はとても心配そうにしていて。
「エレン、」
『はい。』
「私は⋯、どこか欠けているようだ。」
『⋯。』
小さく呟いた殿下の言葉を汲み取ろうと、耳を傾けるエレン。
「父上と母上にようやく再会できたのに⋯。心が弾まないのだ⋯。おぬしと再会できた時のほうがよっぽど嬉しかった⋯。」
『殿下⋯。ご安心くださいな。殿下ほどの御方の御心が欠けていらっしゃるのなら、あなたに付き従う我らはもっと欠けておりますよ。心配はいりません。』
「⋯エレン。」
自分たちの方がもっと欠けている、とエレンが自慢げにいうものだからついふっと笑みが溢れ緊張が解れた気がした。
『⋯殿下。』
「なんだ?」
冗談を言って笑わせてくれたかと思えば、今度は真面目な顔をしてアルスラーンを見つめるエレン。
『どうかお約束してください。⋯この先何が起きようとも、恐れずに立ち向かうことを。何があろうとも我らがアルスラーン殿下の味方です。あなたと共にあります。どうかそのことを忘れないでください。』
「⋯わかった。何が起きようとも、立ち向かうと約束する。⋯私にはおぬし達がいる⋯。私には過ぎたる者たちばかりだな⋯。」
そういって少しだけ元気を取り戻した笑顔で笑ってみせたアルスラーン殿下であった――。
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