第28話
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『も、申し訳ございません⋯。』
恥ずかしそうに縮こまるエレンに、咳払いをして間を持たす。
まだ戻らないと彼女は言ったがさて、この後をどうするかと思い悩んでいるとエレンの方からあの…。と言葉が出た。
『あの⋯、もしよろしければ、散歩に行きませんか⋯?』
「散歩⋯?」
言い慣れぬ単語ゆえ、彼が口にするとなんだか変な感じがした。
違和感というか。ついふふっと笑いが溢れた。
『えっと⋯、偵察?なんか違うな⋯、巡回?見回り、かな。』
「いいだろう。ちょうどアズライールを外に出してやる時間だ。」
絶妙にズレているエレンの説明につい、くっと笑いが込み上げる。
ちょうどアズライールの夜の狩りの時間らしく、食事を済ませたエレンとキシュワードは部屋を出た。その彼の肩にはかしこくアズライールが止まっており、それを羨ましそうに眺めるエレンであった。
散歩がしたいと言って彼を外へ連れ出したはいいが、さてどう話題を切り出そうか⋯。きっかけ、きっかけ⋯。と模索するもいい案が浮かんでこず。
城内ですれ違う兵士らに手を上げて挨拶を返すキシュワードをもう一度ちらりと盗み見る。
西の城壁まで登ると、彼は腕を振ってアズライールを漆黒の夜空へと羽ばたかせた。一瞬で闇に消えていったアズライール。それでもちゃんと飼い主を見つけて戻って来るのだから凄いの一言である。
「それで、俺になにか言いたいことがあるのではないか?」
『え!?』
ぼーっとアズライールが消えていった方向を眺めていると、まさかキシュワードから話を切り出され、不意打ちにドキッと肩が揺れた。
『あの⋯、その⋯。⋯私がなにか言いたそうだと、気づいておられたのですか⋯?』
あたふたするが観念したように、話したいことがあることを認めたエレンは恐る恐る、といったふうに彼を見上げた。
やはりな、と言わんばかりにキシュワードは優しい目をエレンに送った。
「百面相をしておったからな。」
『そっ、そんな顔してません!』
「冗談だ。」
真に受けたエレンがおかしかったのか、面白かったぞとさらりと言ってのける意地悪い彼がちょっと憎たらしい。クバードの方がさらにその上をいく憎たらしさがあるのだが。
『もう⋯。真面目な話でしたのに⋯。』
「すまん。それで、決心はついたのか?」
『えっと⋯。』
改めて言われると言葉がすんなり出てこない。
城壁をゆっくりと歩いていた足が、返事に悩むと同じ様につい止まってしまう。止まったエレンを振り返るようにキシュワードも足を止めた。
言わなければ。ちゃんと。ファランギースが導いてくれた答えを。
私自身を許せるように⋯。生きたいと思えるように⋯。
今、どうすべきか――。
『キシュワード様は⋯、その⋯、私の正体を知って上で、つ、妻にと仰ってくださるのですか⋯?』
「―!、⋯あぁ。おぬしが望むのならこの城で守りたいと、そう思っている。エレンとしてでも、アルフィーネ王女としてでも。」
『⋯。』
まっすぐにエレンを見つめるキシュワード。その迷いのない返事に彼らしさが滲み出る。きっと私がアルフィーネ王女だと知ったあの時も思い悩んでくださったのだろう。
もし私の正体が露見した場合でも妻として迎えたい望みを改めて考え直してくれた。シンドゥラへ遠征に行く前、そう話をしたあの時もその気持の整理が出来た事を含めて話されたのだろう。
私がアルフィーネ王女だと周りに知れ渡ったとしても、王女として守り尽くす、と――。
『正直に申し上げると、素直に嬉しかったです。⋯キシュワード様が私を妻にと望んでくださったこと⋯。』
「そう、か⋯。」
『ですが⋯。』
続きの言葉を言い悩み、開いた口を再び閉ざしてしまう。
⋯でもだめだ。ここで自分の気持ちを有耶無耶にしてしまっては彼に失礼だ。
もうどうにでもなれ、と言わんばかりの気持ちでエレンは勢い良く、キシュワードを見上げた。
『キシュワード様に偽りを言いたくはございません!⋯私は、ダリューン様を好いております。』
「⋯。」
エレンは自身の胸の内をさらけ出したがキシュワードは黙ってそれを聞き続けてくれた。
『でもキシュワード様に想いを告げられて、正直自分でも混乱してます。私がダリューン様に向ける感情とキシュワード様が私に向けてくださる感情が本当に同じかどうか⋯。心が迷っています⋯。』
私は一体誰のことを好いているのか⋯。
以前ほど、ダリューンに対して胸が高鳴ることは無くなったように思う。⋯最近まともに話せていないのであやふやなところもあるが。
ダリューンとの時間が減る一方でそれに比例するようにキシュワードと過ごす時間が増えていった。
一緒にいる時間が当たり前のようになってきていたのだ。
当たり前のように会話をし、当たり前のように剣の稽古をする。
とくになにか思うこともなく過ぎるその時間がいつか、愛おしいものへと変わる日がくるのだろうか。
『私は⋯誰かと添い遂げるとか、結婚するつもりはありませんでした。先の未来を望んではいなかったから⋯。アルスラーン殿下が御即位なさいましたら、それと同時にパルス王家も私も歴史の闇に消え去るのだと⋯。』
「それは⋯っ、」
わかっていたことだ。エレンがこの先も生きていくことを望んではいないことを。ことあるごとに希望を持ってもらえれば、と提案をし試みるも彼女は悲しそうに笑うだけ。しかしキシュワードがエレンを妻にと望んだことはそれとは無関係である。それは彼女が少女から女性へと成長していく様を見続け、思ったことだから。
『⋯でも。もうやめます。』
「⋯!やめるとは?」
悲しそうな表情から一変。どこか吹っ切れた様子に変わる。
てっきり未来を望んではいないから断られるのかも、と頭の隅にちらちらと浮かんでいたのだ。
『パルス王家のしがらみに囚われ続けるのはもうやめにします。』
「――!」
『キシュワード様。私は、私の人生を生きようと思います。これ以上王家に縛られるのは嫌なのです。⋯それは息苦しさから逃げたい切実な願いでもあるかも知れませんが⋯。責任とか、使命とか、そういう重たい鎖は全部捨ててしまいたいのです。』
それらはすべて自ら背負ったもの。
王女だから。パルス王家の人間だから。
私が責任を取らねばならない。亡くなった父や兄の代わりに。この国をより良いものへと変えなくては、と。
自らを鎖で縛り付けたのだ。
『エレオノールでもアルフィーネでもどちらでもいい。⋯ただ【私】でいたいだけ。』
「エレン⋯。」
『⋯ですので。その⋯、もうしばらくお時間をいただけますでしょうか?この先も生きていたいと自信をもって言えるように、自分の気持を整理して、区切りをつけたいのです。
その時はキシュワード様⋯、私をあなたの女性にしてくださいますか?』
「⋯!それは⋯、」
自分の女性に⋯。そうはっきりと告げたエレンの言葉にはっとさせられた。妻に望む気持ちはたしかに変わらない。けれど、少々順序を飛ばし過ぎたかもしれぬ。と少し後悔した。
キシュワードからの告白がエレンの気持ちを激しく揺さぶったのは確かだから。それでも悩みながらも逃げることなく、前向きに彼との気持ちに向き合おうとしてくれたエレンに背中が疼くような感覚がした。
少しだけ頬を染め、自分が言ったことにかなり勇気と恥ずかしさもあるのか。目線をつい反らすエレン。
「ほ、んとうに。それでよいのか?」
『はい。』
「ダリューンのことは⋯、」
『たしかに彼の人に心惹かれていることは事実ではありますが。添い遂げたいとまでは思っていないというか、思わなくて⋯。だから私のこの感情がどこからくるのか自分ではっきりとさせたいのです。』
「そうなのか⋯。では俺は期待してもよいのだろうか?」
『き、気長に待ってくださるとありがたい⋯です。どのみち今の状況ではそれどころではないかと存じます。エクバターナを奪取し、ルシタニアを追い返すのが先決ですから。それからでも遅くはないかと⋯。』
目の前のことに集中するのがお互いにとっていいだろう、と。
エレンもキシュワードも戦場で命を落とすような軟弱者ではない。
そう思うからこそ、二人のこのさきを考えるのはそれからでも遅くない。漠然とそう思うのだ。
私も、キシュワード様も。なにがあったとしてもまた生きて会える。
そんな自信が不思議と湧いてくる。
キシュワードは遠慮がちに手を伸ばし、顔が赤いエレンの頬にそっと優しく触れた。そんな風に触れられたことがないので、思わずドキッとする。
『⋯っ、』
「エクバターナを取り戻すまでは、
『〜〜〜っ。』
まるで割れ物を扱う時のような、触ると壊れてしまいそうなものにふれるように。
緊張のあまり、ぎゅっと視界を閉ざすように目をつむる。
あ⋯頭が爆発しそうだ。
顔だけでなく耳の裏や、首筋、背中までがカッと熱くなり、自分の血液が音を立てて流れているような感覚に陥った。この恥ずかしさが一生消えないのではないかと思うと胸が苦しくなった。
緊張が極限にまで達したエレンはそのまま立っていることができなくなり、糸がぷつんと切れたよう膝からカクンと崩れてしまう。突然倒れそうになるエレンをキシュワードは咄嗟に手を差し伸ばし支えた。
「だ、大丈夫か!?」
『も、申し訳、ございません⋯っ。足に力が入らなくて。⋯緊張のあまり胸が苦しくて⋯。あ、穴があったら入りたい⋯。』
「ははっ。残念ながら入る穴はここにはないぞ。」
面白いことを言う彼女にキシュワードもつい笑いが抑えきれなかった。崩れた体制を支えてくれている彼との距離の近さにさらに心臓が激しく脈を打ち、気まずくて目を合わせられず視線を彷徨わせた。
「立てるか?」
『む、無理そうです⋯。キシュワード様はさきにお戻りください。私はしばらくしてから――きゃ⋯っ、』
先に帰れと言われて行く男などおらぬ。キシュワードは文字通り腰を抜かしたエレンをその両腕で抱えた。一瞬で視界が高くなる。そういえばキシュワードはエレンがここに来た時にもこうして抱きかかえられた気がする。⋯正確には子供にする“高い高い”というやつだけれど。しかし今度はそのたくましい両腕で横抱きにされているのだと思うとどこかむず痒い。
こうして抱え上げられたのもずいぶん久しぶりだ。
昔一度、エクバターナの屋敷の中庭の木に咲く花を摘みたいと抱え上げてもらった記憶がある。その時は彼のことを兄のように思っていたのだと思う。
『あ、あの⋯降ろしてください⋯。自分で歩きますから⋯。』
「腰を抜かしたやつが歩けるわけなかろう。このまま部屋まで送るぞ。⋯多少俺にも責任があるからな。」
『それは⋯、そうかもしれません。』
「おまえというやつは⋯。」
やれやれ、と呆れているはずなのに、目は笑っているキシュワード。
たしかにその通りだと否定しないエレンの性格にどこかナルサスの要素が取り入れられつつあるのを感じた瞬間であった。
エレンを両腕を抱えながらゆっくりと城壁の階段を下っていく。
かなり遅い時間になったのだろう。城内の廊下を歩くものは減り、シン⋯と静まりかえる中、キシュワードのコツコツという靴の音だけがよく響いた。
大人しく黙り込むエレンにちらりと視線を送る。
耳まで赤くし、俯くその表情は可愛いらしいの一言。自分に身を委ねてくれているところも相まって独占欲が刺激された。
二十歳という年齢を重ねた彼女もこういう場面ではまだ幼さが感じられる。もし自分がサーム殿ならばエレンのような娘を嫁に出すのはさぞ心苦しいだろうな、と同情する。
『キシュワード様は⋯、』
「⋯?なんだ?」
ふと口を開いたエレン。
しかし恥ずかしさがまだ存在するのか依然として視線が合わさることはなく。
『私のことをずっと子供か妹、のように思っていらっしゃるのだと思っておりました⋯。』
「⋯。」
それは「家族」に近い、けれど血の繋がらない、絶対的な安全圏という名の付く関係だ。隣を歩く時は、いつものように私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き、私のくだらない世間話を「そうか。」と聞き流して。
私にとってキシュワード様は、転べば手を貸してくれ、泣けば頭を撫でてくれる、もう一人の頼れる“兄”そのもの。
そこは、エレンにとって世界で養父であるサームの次に二番目に安全な場所であるはずだったのだ。
彼から告げらた言葉は、私の中にあった“兄”という穏やかな偶像の存在を、容赦なく粉砕した。今でも思い出せるあの夜のこと。いつも温かく見守ってくれていた彼の瞳が、その時、熱を帯びた「一人の男」のものとして自分を射抜いていた。
その気持を知った途端、過去にキシュワードが見せた優しさや不意に触れた手の温もり、行動のすべてが別の意味を持って脳内で再生され始める。
そんな方からまさか求婚されるとは微塵も思っていなかった。
キシュワードはずっとキシュワードのままなのだと。
数日前まで“頼れる兄”のような人だと思っていた彼の存在が、今は“自分を揺さぶる一人の男性”として、エレンの視界に圧倒的な質量を持って入ってくる。
これは想像もつかなかった私の未来だ。
自分を抱きかかえるこの両腕を拒絶したいような。でも彼の腕の中の温もりが心地よくてこのままこの温もりを享受したい欲もあって。
心地よい彼の体温に少し目がとろん、と落ちてきているエレンは自分が今なにを喋っているのか自覚しているだろか。
エレンの部屋の前までたどり着くと、開けても良いか確認し頷いた彼女を見てゆっくりとドアを開けた。間借りしている部屋なので質素で物が何も無い部屋。
キシュワードはそっとベッドに彼女を下ろし、自分は目線を合わせるようにして膝を床に着きエレンを見上げた。
「遅くまで付き合わせて悪かった。もう休め。」
『いいえ。ちゃんとお話が出来て⋯良かったです。』
「そうか。」
名残惜しそうに部屋を出ようと踵を返すキシュワードの右手をそっと掴んだことで彼を驚かせたエレンはぎこちなく話す。
『あ⋯、』
「どうした?」
『お、おやすみなさい⋯。』
言いたかったことはそれだけなのだが。部屋を去る彼に寂しさを感じたのかつい引き止めてしまう。
エレンのその言葉に返すようにして「あぁ、おやすみ。」と短く、けれどエレンが名残惜しそうにしているのを感じながらキシュワードは静かに部屋を出ようとする。間際で彼が振り向いた。
「なぜだろうな⋯。エクバターナで会った頃の従順なおぬしも悪くなかったが⋯。今のうまく喋れないエレンの方がより近くに感じる気がするのは。」
『え――⋯、』
そう言い残して彼は扉の向こうに姿を消した。
一人になった部屋で、ぽすんとベッドに横たわる。
疲れた⋯、と独り言を溢しながらも、どこか心の中はすっきりとしてて。
今のうまく喋れないエレンの方がより近くに感じる気がする――。
『(これで良かった、のよね⋯。父上⋯。)』
父もきっとキシュワード様の元なら安心出来ると思ったから、彼に任せるという形で私を見守ってくださっていたはずだ。
安心、させてあげたいと思う。
身体を横たわらせたあとのことは記憶になかった。心身共に疲れ切った一日であったのでどうやらそのまま眠ってしまったようだ。一度も寝返りを打つことなく眠り続けたせいで翌朝、シーツのしわの跡がくっきりと頬についてしまったのを鏡で見て絶句するエレンであった。
シーツのしわが付いた頬をどうにか出来ないかと思い悩んでいたところに、突然兵士がエレンの部屋のドアを叩き、衝撃の事実を告げる――。
アンドラゴラス国王陛下がここ、ペシャワールへ
ご来着との由――、と。
第28章・完 2025/12/20.