第28話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『自分を⋯、許す⋯?』
「そうじゃ。」
言葉の意味がわかるようで、わかりたくないようで。
でも、本当は誰かにそれを言ってもらいたかった、のかもしれない⋯。
自分で自分を許す――。
「この世の誰も、生きてはいけない者などいないのじゃエレン。それはおぬしとて例外ではない。生きたいのならそうすればいい。皆も喜ぶであろう。ダリューン卿やキシュワード卿の気持ちに向き合うのはそれからでも遅くはないのでないかな?」
『ファランギース⋯。』
「本当は生きて、やりたいことがあるのではないか?」
ぽろり、とまた涙が溢れた。
やりたいことはたくさんある。⋯たくさんやりたいことが出来た。
アルスラーン殿下の奴隷解放令の後にやりたいことががたくさん浮かぶのだ。まず外国に行ってみたい⋯。港町ギランに行って船にも乗ってみたいのだ。エクバターナでは奴隷だった子ども達を保護する孤児院もたくさん作りたい。未亡人になった女性たちの支援が出来る働く場所と無償で提供出来る食事や医院の完備。どれもやりたいことだらけだ。
『ある⋯。やりたいことは、たくさんあるの。⋯ありすぎて生きてるうちに全部出来るかわからないくらいたくさん⋯。』
「では死んでいる場合ではないな。パルス王家におぬしの人生をくれてやる必要なはい。おぬしが望むままに生きれば良いのじゃ。それに、おぬしがいてもらはねば、わしはつまらぬからの。」
『なにそれっ。』
あはは、と泣きながらも笑顔が溢れたエレンにファランギースもその麗しい顔に笑みを浮かべた。
絶世の美女と称される彼女もなかなか苦労していたようで。
ミスラ神に仕えて、神殿で暮らしていた頃は知略・武勇とも優れていいたため、周りから妬みの対象となっていたファランギース。
本人は対して気に留めはしていなかったが、それでも気分の良いものではない。
一方でエレンやアルフリードは、そのような偏見を一切持たず、
なんならファランギース、ファランギースと後ろを付いてくるような可愛らしさもあってかどうも愛着が湧いてきて。
職種も生き方もまるで違うのに、どこか居心地が良いのは不思議なものである。
「どうじゃ。多少気分は落ち着いたか。」
『うん、落ち着いた。ありがとうファランギース。あなたがいてくれて本当に良かった。⋯焦っていたのかな。早く答えを出さなきゃいけないって。⋯でも、あなたの言う通りね。私の人生をパルス王家に振り回されたくはないわ⋯。生きたいと、素直に自分で思えるように、もう一度心の中を整理する。』
「そうか。」
『自分を、許す⋯か。考えたこともなかった⋯。出来るかしら⋯。』
奴隷から解放された自分を。
衣食住を与えられたこと、名を与えられたことを。
独りでは、ないこと。まわりに頼れる人たちがいること。
パルス王家の血を引いていながら、この先もずっと生きたいと望む自分を⋯。
『(許せる、ようになるかな⋯。)』
「もし、おぬしが生きることでパルス王家の血が残ったとしても、危惧していることがあるのならナルサス卿なり、周りを頼るとよかろう。皆喜んで力になってくれるじゃろう。アルスラーン殿下もしかり、な。一人で抱え込まずとも良い。」
『ファランギース⋯。どうして私の欲しい言葉ばかり言うの?もしかして心が読めるの?。』
「さて、なんのことやら。」
しれっと視線を外すファランギースにくすくすとエレンは笑う。
もう先程の泣き顔はしなくなっていた。
『ありがとうファランギース。』
* * *
自分を許す――。
その言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、エレンは再びナルサスの執務室に戻って仕事を再開した。先程のエレンの態度に怪しんでいるであろう彼も必要以上に追求することはなく。それをありがたく思いながら、せっせと書類をさばいていく。
彼のことだ。ダリューンから逃げるように部屋を退室したエレンになにかあったのだろうすでに感づいていることだろう。しかしこれはダリューンとエレン、二人の個人的な問題。そのことを十分理解しているナルサスは自分から間に入って、取り持つということはしない人だ。
それゆえ特に会話らしい会話は無く、必要最低限のこと以外はとくに話すこともなく、時折エレンがナルサスの使いで他の官吏のところや会計監のパティアス卿のところへ行ったりと。忙しくしていると気づけば昼を過ぎ、夕方になり陽が暮れようとしていた。
だいたいこの時間になるとエラムが食事をお持ちしますか?とナルサスの元を訪れる。それを合図に今日の仕事が一区切りになる。これが最近のルーティンだ。着実に次の出兵の準備が整いつつあるが、明日もまた同じような日を繰り返すだろう。
「ナルサス様。食事をお持ちしました。」
「エラムか。すまんな。」
実はエラムが食事を持ってくる時はいつもアルフリードと少々一悶着があることを主人であるナルサスは知らない。
温かい食事を机の上に並べてくれるエラムはエレンの方を見て、「エレン様も召し上がられますか?」と気遣ってくれた。
いつもなら、それに甘えてナルサスと共に食事を取ることが多いのだが。
うん、と頷きかけて、はっと思い出す。
『今日は大丈夫!私、行くところがあるから!ナルサス様、これで失礼します!』
「う、うむ⋯。ご苦労だった。」
鬼気迫る表情で失礼します、と慌ただしく出ていった弟子につい呆気に取られるナルサスだった。
慌てて部屋を出ていったエレンはキシュワードとの約束をすっかり忘れていたのを思い出す。沈みかけていた太陽がペシャワールの山脈に沈み、ゆっくりと城に
駆け足で城の廊下を駆け抜け、たどり着いた部屋の前で少し息を整える。
ふぅ、と一息吐いてドアをノックした。エレンです、と名乗るとしばらくしてドアから五十代くらいのご婦人の侍女が顔を出す。
来客が待ち人の彼女だとわかると嬉しそうに中へと案内した。
「どうぞ。キシュワード様がお待ちでございます。」
『あ、ありがとう、ございます。』
まさか出迎えられるとは、と少し緊張しながら部屋に入る。
以前訪れた時はこんなに緊張することはなかったのだが⋯。
視線を部屋の主に向けると、なにやら書類を手に睨み合っていた。
ぱっと顔を上げエレンが来たことに気づく。
「すまんな。誘っておいて⋯。領地内の報告書が一向に減らんくてな。」
『いいえ。トゥラーン軍との戦で、被害は甚大ですから。』
苦笑いするキシュワードについ同情する。自分もナルサスから渡された減らない書類に悲鳴を上げそうになったものだ。
エレンが来たことで一旦報告書は横に置いておき、食事を持ってくるよう侍女に頼んだ。
それまでの間、とりとめのない会話をする。
『トゥラーン軍の方はどうですか?動きはありませんか?』
「うむ。どうやら完全に撤退したとみていいだろう。偵察隊からも、あれから領内で一騎も見かけておらぬらしい。」
『そうですか。それなら安心しても良さそうですね。』
「うむ。警戒は続けるがな。」
そう時間も掛からずに部屋に食事が運び込まれる。
肉料理や野菜、果物も皿に並べられており、それらを見た途端に空腹感が押し寄せる。
『(そういえばお昼も少ししか食べてなかった⋯。)』
「何か欲しいものはあるか?」
『えっと、では⋯、そちらの皿の野菜が食べたいです。』
あと、果物も食べたいなぁと選り好みしていると、ふっと笑うキシュワード。
侍女に頼み料理を皿によそってもらいながら、受け取った皿をエレンに手渡す。
「相変わらず肉は食べぬのだな。エクバターナにいた頃と変わらぬ偏食ぶりだ。」
『へ、偏食⋯っ。そう、なのかな⋯。』
むむ、と悩むエレンを他所にキシュワードも食事を皿に取る。
その量を見るとさすが男性とも言える。父もよく食べたが年齢的にもキシュワードほどではない。
『キシュワード様もダリューン様と同じようなことを仰るのですね。』
「なにがだ?」
じとっと含みのある眼差しをキシュワードに送る。
騎士たるもの、もっと肉を食せと事あるごとに彼は言ってくるのだ。
その時は怪我を負っていたのもあってか、しょっちゅう言われた。
野菜や果物では治る怪我も治らぬ、と。
『選り好みするなど、十年早いと言われましたよ。騎士たるもの、もっと肉を食せと。』
「ははっ、たしかにな。体力をつけねば元も子もないぞ。」
『私だって好きなものを食べたいです。』
わかった、わかったとなだめるようにして好きなものを食べればよい。と言いながらキシュワードは苦笑いをする。
当たり障りない会話をしながら、時折葡萄酒を飲み、食事を取ったエレンとキシュワード。
『(先日の件の話をしないといけないのだけれど⋯。)』
きっかけが⋯。と切り出せずに悩むエレン。ちらりと彼を盗み見する。食事に誘ったのもたいした意味は無さそうだけど。さきほどの書庫でファランギースに話して決意した事を話そうと思ったのだけれど、どう話を持ち出そうか。口数が減ったエレンに不思議に思ったのかキシュワードと目が合う。
ただ、話の切り出し方を悩んでいただけなのだが、どうやら彼はエレンがそろそろ帰りたそうにしていると勘違いをし、それを違う意図で汲み取ってしまう。
「すまんな。そろそろ部屋に戻る時間か。遅くまで引き止めて悪かった。」
『あ、いえっ。そうではなく⋯、あ。』
違うのだと否定したかったのだが、言い換えればまだ戻りたくない、と言ったも同じ。思わず意表を突かれて目を丸くする。
.