第28話
夢小説設定
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「朝っぱらから騒々しいな。」
「クバード。」
『おはようございます、クバード様。珍しいですね、こんな朝早くに起きられるなんて。』
ちょっとだけ寝癖が付いた頭をぼりぼりと掻きながら、起きたばかりの顔で布を片手に広場へやってきたクバード。
先日、アルスラーン殿下への宣告どおり、酒をたっぷりと飲んで眠りこけていたのだ。ふと目が覚め、顔を洗いに城内をふらふらと歩いていたところ、広場にいたキシュワードとエレンを見つけた次第である。
「なんだ、キシュワード。お前、此奴を鍛えてやっているのか。」
『(こやつ⋯。)』
此奴呼ばわりされてことで冷ややかな視線をエレンがするものだからまごつくキシュワードとそんな視線を送られていることなど気にしないクバード。はたから見ればなんと面白い状況だろうか⋯。
気まずい雰囲気を感じながらもキシュワードはクバードの問いに、頷いてみせる。
「あ、あぁ。」
「どういう風の吹き回しだ?」
『私からお願いをしたのです。私が万騎長になるために鍛えてほしい、と。』
「なにっ?」
嘘は言っていない。
クバードの問いに言葉を詰まらせたキシュワードに迷惑かけれまい、と自ら理由を話したエレン。当然反応はこの通りだ。片方しかない目を見開かせるクバードは冗談だろ、と言わんばかりにまじまじとエレンをじっと見つめた。
「本気か⋯?」
『嘘を言ってどうするのです?私はいたって本気です。』
「⋯。だから先日の五百騎の先行部隊やらペシャワールの籠城戦やらを任されていたのか⋯。なるほど、合点がいったぞ。周りもどうやらそのつもりのようだな。」
ほう。と腕を組み顎に手を添えてエレンを見るクバード。
エクバターナで親父の後ろをついてまわっていた頃とはずいぶん成長したようだ。⋯いろんな意味で。
クバードは気づかれないようにちらっと視線をエレンの顔からすこし下に下げる。その視界に入った膨らみは麗しの女神官殿には程遠く、少々控えめではあるがこれはこれで目の保養になる。
そしてまた目線を上に戻し、エレンを見つめた。
怪訝そうな顔をするエレンに面白い、と思ったクバード。にぃ、と口角を上げると自身を親指で指し、こう言った。
「よし。久々にこのクバード様がお前の相手をしてやろう。」
『結構です。』
「なにぃ!?」
まさかの拒否にさすがのクバードもショックを受けたようだ。
彼の親切を堂々と断るエレンにキシュワードは堪えきれず、ふっと吹いてしまう。隠しきれない笑いがクバードをより惨めにさせた。
そしてなにより、自分とは相手をしてクバードの申し出を断るエレンに優越感が湧いてくる。
『キシュワード様で事足りておりますえゆえ。⋯だいたいあなたはいつも私を投げ飛ばすではありませんか!』
「な、投げ飛ばすっ!?」
聞き慣れない単語にキシュワードも驚く。
剣の稽古だというのに。
結局最後は腕を掴まれて遠くへ投げ飛ばされるのだ。
さすがにキシュワード様の前でそんな辱めは受けたくはないし、情けないところを見せたくない。
「ほう⋯。この俺の親切を断ろうというのか⋯。――いいだろう。その代わり、キシュワードにお前とシャプールの“いつぞやの話”を聞かせてやってもよいというのだな?」
『ひ、卑怯ですよ!?その話は持ち出さないと約束したではありませんか!』
「はっはっは!」
気が変わったと、ころりと約束を違えるクバード。
両腕を腰に当て、高らかに笑う彼が憎たらしい。何故こんな人が万騎長なのか不思議でしかない。
「シャプール殿となにかあったのか?」
『い、いえ!別に!取るに足らない話でございます!』
「そ、そうか⋯っ。」
鬼気迫るような表情のエレンに気にはなるがそれ以上は問い詰めては悪いだろう、察したキシュワードは聞き出すことを諦める。⋯本当は気になって仕方がないのだが。
相手をせねばキシュワードにバラすと言われ、仕方なくクバードと稽古をすることに決めたエレン。しぶしぶ剣を構える彼女に近寄ったキシュワードは耳元でこそっと助言を与えた。
助言を与えられたエレンはキシュワードと視線を交わし、嬉しそうにうんうん、と頷いた。さて、一体何を吹き込まれたのやら。
改めてもう一度剣を構えたエレンとキシュワードから借りた剣を手にするクバード。どこからでもかかってこい、と余裕綽々な彼にエレンは先制攻撃を仕掛ける。
『はぁ⋯っ!!』
「おっ?」
瞬きをした瞬間に目前にまで迫り、喉元を狙って突きを放つエレンの剣を簡単にいなすクバード。その後はクバードの隻眼の弱点である左側を常に狙って攻撃を繰り返した。
「(さっきの耳打ちはこれか⋯。)」
キシュワードの助言の内容がこれだとわかると、さてどの辺りで投げ飛ばしてやろうかと模索する。
だが、その隙がまったく見えない。⋯キシュワードに鍛えられているのはまんざらではなさそうだ、とクバードは実感する。
王宮で何度か相手をしてやった時より動きに無駄がないのだ。
その辺の兵士よりは腕が立つが所詮は女。てっきりエレンの腕前はここまでだろうとどこか思っていた。
「やるじゃねぇか。」
『⋯っ。』
褒めてはいるが、どこか本気ではないと理解できる戦いにだんだん腹が立ってくる。⋯正直いうと、キシュワード様も自分の腕前に合わせて稽古をしてくれているとわかってはいた。
そろそろ終いだな、と少し力を込めてエレンの剣を弾き飛ばしたクバード。手から離れた剣に愕然とする彼女にとどめの一突きを繰り出そうとした瞬間。
驚愕した表情から一変、ふっと笑みを浮かべてクバードの右手首を両手で掴むと彼を背負うようにして引っ張り、クバードの巨体が宙を浮かんだ。
「な――っ、」
『せーの⋯っ!やぁ!!』
ドシーン――⋯、と広場に響いた音はまるで象が転んだかのよう。
まさか逆に投げ飛ばされると思ってもみなかったクバードは瞬きを数回し、助言をしたキシュワードもまさか本当に投げ飛ばしてしまうエレンに驚きを隠せずにいた。
そして投げ飛ばした本人はしてやったりな顔でクバードを見下ろす。
『私の勝ち、でいいですよねクバード様!』
「⋯おう。」
さっきの生き生きとした表情からふてくされた顔になる。
しかしそんな彼のことなど気にせず、勝利の嬉しさをキシュワードに伝えるエレンであった。
『見ましたかキシュワード様!?“逆に投げ飛ばして”やりました!』
「あぁ。まさかクバードが投げ飛ばされるところを見る日が本当にくるとはな。城内で噂になりそうだ。」
言葉どおり、エレンが万騎長クバードの巨体を投げ飛ばしという噂は火のように広がっていたのだった。
その噂は数日間かけて城内の者をずいぶん楽しませたそうな。
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