第27章
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『何故アルスラーン殿下は突然、私を千騎長格に任命されたのでしょう。私なんかよりも、トゥース卿の他にザラーヴァント卿やイスファーン卿といった優秀な方がいらっしゃるのに⋯。』
「すくなくとも女性であるおぬしを千騎長格にすることに意味があったのだと俺は思う。ルーシャン殿を
『⋯つまり、私が“女”であるからこそ、得られた地位だということですね。』
そう言われてキシュワードは気まずそうな顔をする。
つい先日も同じようなことで悩んでいた彼女を励ましたところだというのに。今度は自分が同じことを言ってしまったことに後悔した。
「すまん。」
『いいえ。謝らないでください。“万騎長サームの娘”で“女”ということは私の“才能”の一つですから。でも⋯、』
「でも⋯なんだ?」
その言葉に以前のような迷いや不安は感じなかった。
万騎長を目指すと豪語したあの時のように⋯。決意に満ちたその瞳を見ると背中がぞくぞくとなにかが走るような、胸が熱くなる感覚におそわれる。
その熱は逆流するように、胸の奥を熱く焦がし始める。 彼女の瞳に宿る意志の強さが、言葉を介さずにキシュワードの心臓へと直接流れ込んできた。
『それだけでは終わらせる気はありません。私のことを生まれや性別で判断する者に見せつけてやります。とびきりいい仕事をして、ここだけじゃなくパルス全土に私の名を知らせてやるんです!絶対に、誰もが認める⋯そんな騎士になってみせます。』
「⋯。」
『⋯。キシュワード様?』
目を開かせ、瞬く彼が言葉を発することはなく。だたじっとエレンの方を見つめるばかり。
“必ずやり遂げる”
エレンの瞳が雄弁にそう物語る。
それは眠っていた何かが音を立てて目を覚ます感覚だった。熱い塊が喉元までせり上がり、涙とも高揚感ともつかない震えが指先まで伝わっていく。
「(随分強く、なったものだな⋯。)」
父に習って立派な騎士になろうと奮起していた頃とは違う。
自信に溢れ、周りから慕われる彼女は誰がなんと言おうと立派な千騎長だ。ひょっとすると万騎長に任命されるのも時間の問題かもしれない。
エレンは腰掛けていた噴水の縁から腰を上げ、キシュワードの前に立つ。その動作はゆっくりと、優雅に裾をなびかせて。
『もしかしたら⋯。キシュワード様が、私が千騎長格になるのは早すぎるんじゃないかと心配されてるのでは、と思っていました。』
「――それは違う。おぬしに俺の同情や心配は必要ではない。」
『――!』
それは偽りのない言葉だった。
心配などしていない。不安がっているのでは、と気にはかけたが。
エレンが千騎長格に任命されたことに対しては少しも疑念は沸かなかった。
「おぬしは堂々とし、機知に富み、頼りになる女性だ。それに誰よりも情が深く、周りの者を大切にする。そんなおぬしだからこそ⋯――、」
俺は⋯――、
言おうか、言うまいか。何度自問自答したことか。
まだその時ではない、と。
ふと思い出す数々の思い出。
笑ったり、落ち込んだり。時には戦場で馬で駆け剣を振るう勇ましい姿に釘付けになったり。
ふいに見せる目尻を下げた慈愛のある笑みも。
無防備に眠りこける顔を見た時は『見ないでください。』と恥ずかしそうに顔を赤くしたこともあった。自分にしか見せない隙を見つけたとき、とてつもない優越感が湧き起こるのだ。
言葉を切ったキシュワードを不思議そうに見つめるエレン。
そんな仕草でさえ胸をざわつかせる彼女の右手をそっと掴んだ。
「俺は、⋯おぬしを妻に迎えたいと、そう思っている。」
『――⋯⋯ぇ。』
いつもと変わらない夜のはずだった。
最初は理解が出来ず、何かの冗談だと思った。⋯もしくは聞き間違いか⋯。それか酔っ払っているんではないだろうか。⋯キシュワード様が。
言われた言葉をもう一度頭の中で繰り返した。
今、なんと言った⋯、?
キシュワード様、が⋯、私を妻に⋯、?
心臓が跳ねるというより、一瞬止まったような感覚だった。 脳が状況を処理しきれず、目の前でまっすぐに見つめてくる彼の姿をただの静止画として眺めてしまう。そんな、真っ白な空白の時間が数秒間続いた。
それはつまり⋯―、
『え⋯、えぇー!? こ、この、タイミングで言いますか!?』
突然の求婚に首元から熱が上がり、顔が火のように熱い。
心臓がドクドクと脈打ち、身体が震えた。
突然の告白に逃げ出したくとも掴まれた手が振りほどけない。
「すまない。⋯言うつもりではなかったのだが⋯、今のエレンを見てつい言いたくなったのだ。」
『は⋯っ、えっと⋯、私⋯、⋯い、つからそのように、お考えだったのですか⋯。』
声を出すのも精一杯な状況で、なんとか現状を把握しよと頭をフル回転させる。⋯まともな言葉になっているのかさえ、もうわからない。
「エレンが、十四歳くらいの時、からだな。サーム殿が婿選びに頭を悩ませていた時だ。」
『え⋯、む、婿選びだなんてそんなこと私まったく聞いてません。⋯父が、私の嫁ぎ先を悩まれていたなんて⋯。』
てっきり父が選んだ相手と結婚するのだとぼんやり思っていたから。
それでも結婚しなくて済むのならずっと父と二人で暮らしていたかった。
一度だけそう言ったことがある。父は悲しそうに笑っていたっけ⋯。
「サーム殿に申したことがある。エレンを我が妻に、と。」
『⋯父は、なんと?』
「エレンが受け入れるなら喜んで娘を嫁に出そう、と。ただしサーム殿からは伝えることはしない。エレンからの信頼を得た後に本人に直接言うといい、とそう言われた。」
『そ、そうだったのですか⋯。』
「何度も屋敷に足を運んだのはそれも理由の一つなのだ。」
実際本当に用がある時もあった。だがサーム殿に用事がある、となにかと理由をつけてはエレンがいる屋敷に何度も訪れては会話を交わし、共に過ごす時間を重ねていった。
少しずつ信頼を得た男になれるように⋯。
そうとは知らずに呑気に父以外の話相手に喜んでいた自分がだんだん恥ずかしくなってくる。
父とは違う武勇やペシャワールでの話、隣国のシンドゥラ、チュルク、トゥラーン国の話にいつもきらきらと目を輝かせて聞かせてもらっていた。時には先程のようにエレンが好む星々の本を読んでいるところを聞いて(キシュワードが勝手に盗み聞きしていた。)いたり。
『す、すぐには、お返事は出来ません⋯。私⋯、』
「分かっている。返事は待つから⋯、考えておいてくれぬか?」
『は、い⋯。』
出た声が、まだ震えていた。
そっと手を離したキシュワード。
私が、この方の妻、に⋯?
その言葉を頭の中で繰り返す。ドクドクと脈打つ心臓がさらに激しさを増し。
キシュワード様のことは嫌いではない。
むしろ好ましい人だと思う。優しいし。⋯時々私をからかったりはするけれど。
それでも信頼出来る、頼れる人だと思っている。
ペシャワールで暮らさないか、と提案してくれたことも正直に言えばそうしたい、と素直に思えた。
キシュワード様にとって私は彼の人生の中のただの登場人物程度の人なのだと思っていた。その彼が私をパートナーにと求めてくれているてん。
武人のようにごつごつとした手に掴まれた右手はまだ熱を帯びていて。その名残を噛みしめるように自身の左手で右手を握りしめた。
まだドキドキが収まらない。まさか親しくしてくださっていた人がずっと自分を妻にしたいと望んでくれていたなんて。
今夜はいろんな意味で眠れそうにないな、と心のなかで呟いた⋯。
キシュワードからの突然の告白に頭を悩ませたは翌日、エレンは知恵熱を出し寝込む羽目になる――。
そこまではいたって平穏な日々だった。
これからキシュワードとどう接しよう、とか。アルスラーン殿下の元へ任命の件の礼を伝えに行かなければ、とかなんでもない平凡な日常を過ごせるのだと思っていた。
次のエクバターナへの出兵のための準備をまた始めようと、ペシャワールの者は皆そう思っていた⋯。
⋯しかし、ペシャワール城は“とある人物”の登場によって嵐のような波乱が起きることとなる。
それはアルスラーン殿下にとっても、またエレンにとっても。
この先の訪れる選択を迫られることになる――⋯。
第27章・完 2025/12/06.